第27話 旅立ち。
「いっでえぇぇええぇええええ!!!!!」
手の傷の治療は、そりゃもう叫ばずには居られないほど痛かった。というか今も痛い。今は手のひら全体を包帯でぐるぐる巻きにされて傷口が開かないように固定されてはいるけど、何かの拍子で手が動いてしまうと傷口が開いてめちゃくちゃ痛い。
「アルケイド、大丈夫?」
「こ…こんなのへっちゃらだ!」
心配するエリーには、多少無理をしてでも平気な振りをする。泣きつけるのは今のところ先生だけだ。
あとで聞いた話だけど、デュミオスにあんな事をするようお願いしたのは母さん本人だった。母さんは俺の手のケガを見てすごく後悔していたけど、俺はこれも母さんの優しさだと気付いてたから、「全然気にしてないよ。」と言った。
「…もっと強くならないとな。」
あれから数週間が経ち、俺は焼け焦げた森の小道に再び足を踏み入れる。包帯を巻いている間は片手が自由に使えないおかげでかなり苦労した。荷物を運ぶ時なんかも両手が使えなくて大変だったし、日課になった剣の修行も両手持ちが出来なくて思うように剣を振れなかった。けど、おかげで隻腕の大英雄アレクス・ダスカルの苦労を少しだけ実感することが出来たかもしれない。
包帯をほどいたばかりの左手はまだまだ少しだけ痛むけど、傷口はしっかりと塞がってるし、剣の柄も握れるから問題ない。これから先、俺はきっと国を変える英雄になる。それならせめて、歴代の英雄に負けないくらいの努力をしよう。そんな決心を胸に秘めながら、俺は剣の素振りを開始した。
*
「さあエリー、剣の魔術を。」
「うん。」
私は右手に魔力を蓄え、デュミオスの目の前であの時と同じ白銀の剣を生成します。私は長い間この術を土属性だと思い込んでいましたが、どうやらこの術は土属性とは少し違う特殊な魔術だったようです。「じゃあどんな魔術なの?」と私が聞くと、デュミオスは剣の魔術の歴史を少しだけ教えてくれました。
「だいぶ古い時代に、天成戦争と呼ばれる人と神との戦争があったのは知ってるよね。まあ無茶な戦いだった訳だけど、あの時代に使われていた武器がこの剣の魔術なんだ。」
「そうなの!?」
私は驚きました。天成戦争と言えばアルケイド君の憧れる大英雄アレクスダスカルが大活躍した時代です。そう言えば、彼の持っていた円錐剣【ルルコピア】は、本の中では確かに魔術の剣と呼ばれていました。
「だったらこの剣も、すごく強いのかな?」
私は尾を振りながらデュミオスに尋ねます。するとデュミオスは言います。
「それはきっと君の心次第だ。剣の魔術は持ち主の影響を強く受けるから、優しさを込めれば誰も傷つけないなまくらの剣となり、怒りを込めれば全てを傷つける諸刃の剣となる。」
「なんだか不思議な剣だね。」
「そりゃ、魔術だからね。」
デュミオスは笑い、私の頭と、それから角を撫でました。
「同じ角をもつ、本当の両親を探しに行くんだってね。」
デュミオスは言います。でも、それはきっとデュミオスにとってはとても寂しい事です。なぜなら、もしも本当の両親と再開することが出来たら、私はもうデュミオスの子供ではなくなってしまうからです。
「…ごめん。デュミオス。」
「大丈夫だよエリー。きっと会える。」
デュミオスは私を励まします。悲しい別れになるかもしれないのに、彼は泣きません。私も大きくなれば、デュミオスのように強くなれるでしょうか。
そして、数年の月日が流れました。
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両手を広げて大きく息を吸い、村外れの小高い丘の上でとびきり豪華な朝を独占する。眩しい朝日が全身を覆い、澄んだ風が全身を吹き抜ける。この村で一番最初の朝を迎え入れるのは、いつだってこの俺だ。
「アルケイドー!」
日課の素振りをしていると、いつものようにエリーが駆けつけてくる。優しい性格は相変わらずだけど、この4年間で彼女は見違えるほどに成長した。身長はきうきう一匹分も伸びたし、角も髪の毛もすごい伸びた。おかげで帽子はもうすっかり被らなくなったし、それになんだか女性っぽさも増してる気がする。
「お弁当作ってきたよ!マルイモサンド!」
「おっ、いつもありがとな!」
二人分の弁当を切り株の上に置き、俺は日課の素振りを再開する。当然だが、4年間で成長したのは彼女だけじゃない。この俺だってもちろん成長している。剣の腕前ならデュミオス先生はおろか、この村一番の力自慢、オレイン家の長男にだって負けはしない。
「その素振り、昔からずっとやってるよね。」
「…日課にしてたからな。今日で終わりだと思うと、なんだか寂しい。」
「……今日、だね。」
「だな。」
俺は頷く。前々から決めていた通り出発は今日の朝だ。この素振りを終えたらすぐに出発する。村の皆には何も伝えていないし、デュミオス先生も朝は弱いから、見送りにやって来る人はおそらく誰も居ないだろう。
「アルケイド、今日で16歳になるんだっけ。」
「そうだな。あれから…、もう4年か。」
この4年間。思い返してみると、彼女と出会ってから今日まで本当に色んな出来事があった。畑を荒らすがうがうを退治した事もあったし、行方不明のキラキウ探しに付き合わされたこともあった。楽しい時間ってのは、何度素振りを続けてもあっという間に過ぎていく。
「ずるいなぁ…。アルケイドはすぐ年上になっちゃう。私だって同い年になりたいのに。」
「なれるわけねーだろ。誰だって一年に一回、必ず年を取るんだし。」
エリーのバカな発想に俺は笑った。だが彼女の気持ちも少しだけ分かる。時間の流れってのは本当に冷酷だ。どうしてこうも融通を効かせてくれないのだろうか。
「……っと。」
素振りを終え、エリーと一緒に朝食のマルイモサンドを食う。荷物はまとめてあるのでそのまま出発するつもりだったが、エリーに汗臭いと言われてしまったので止む無く川で水浴びをしてくる羽目になった。
「……ん。」
しばらくして水浴びから戻ってくると、今度はエリーの姿がどこにも見当たらない。まさか唐突に薬草でも漁り始めたのではないかと周囲を散策し、大声で彼女の名前を呼んでみるが返事はない。もしかしたら忘れ物でもして村へ戻ったのだろうか。俺は素早く服を着替え直し、濡れた尾を振って村へと急いだ。
*
アルケイドが水浴びに行っている間に作戦を決行する。まずは朝に弱いデュミオスを叩き起こす事から始める。
「んあぁ…。おはよう。」
「おはようじゃないよデュミオス!今日が何の日か覚えてるでしょ!?」
「……もちろん。」
マウントを取ってからの八連続往復ビンタでデュミオスは意識を取り戻した。次は見張りの確認だ。
「オレインさ~ん!!」
「あいよっ!こっちは任せとけ!」
物見やぐらの上にいるオレインさんに声を掛ける。彼はアルケイドが戻ってきたら鐘を鳴らして合図を出す役割だ。
「クプリナさ~ん!!クレスティアさ~ん!!」
「出来てるわ~!!」
クプリナさん達にはアルケイドを出迎える為の横断幕を作ってもらった。私も手伝うつもりだったけど、指に穴が開く気がしたのでやめた。
「それにしても。この村の皆と随分仲良しになったよね、エリー。」
「そう言うデュミオスだって馴染んでるじゃん。昔はあんなに嫌われてたのにさ。」
「まぁ、この村に英雄が誕生する訳だからね。僕も当然再評価されるよ。」
デュミオスと会話をしながら、村の中央通りでアルケイドの帰りを待つ。時間が経つたびにアルケイドが私を置いて出発したんじゃないかと少し不安になったけど、そんな事は有りえないとクレスティアさんが言い切ってくれた。
ゴーン。ゴーン。
鐘の音が鳴る。いよいよアルケイドが帰って来た。私は皆より一足お先に駆け出して、アルケイドの元へと向かった。駆けながら私は精一杯に考える。どうやって彼の手を引っ張ろうか。それからどんな言葉で彼の誕生日を祝おうか。
「え、エリー?」
「誕生日おめでとう!アルケイド!」
私は出会い頭にアルケイドの手を引っ張り、精一杯の気持ちを込めて彼を祝福した。
これから始まる英雄の物語なんだ。せめて、一生みんなの記憶に残るほどの大歓迎をしよう。
そして、長き英雄譚の始まりを祝おう。
おめでとう。アルケイド。
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