第103話 やさしいウソつきのパラドックス。

「やれやれ。最近の若者の冗談は少しも笑えんな。」

「ええ、全くですね。」

 呆れる学部長と、相槌を打つ教授。口では普段通りを装ってはいるが、武器を構えて魔術を詠唱する様子を見る限り、二人は少しも冗談とは思っていないようだ。

「ここまでやって、それでも冗談と言ってくださるんですか。」

 マキハラが凍り付いた壁に触れて言う。部屋を凍らせたのはやはりコイツだ。氷柱まみれの空間で、唯一タイムマシンの周囲だけが凍り付いていないのは、おそらく教授か学部長が何らかの魔術で凍結を防いだからだろう。


「おいおいおい……、何言ってやがんだよハラマキの奴…。」

 入り口の陰から三人の様子を探るライカと俺。全くもって彼女の言う通りだ。マキハラの事は以前から訳の分からない奴だとは思っていたが、今回の行動は本当に訳が分からない。タイムマシンを破壊すると言っていたが…、アイツは歴史の改変を許さない時間警察的な何かなのか?

「…止めるか?」

「たりめぇだろ……。おいッ…!ハラマキッッ!!」

 威勢よく飛び出して三人の間に割って入るライカ。両手の拳は既に電気を帯びており、話し合いよりも殴り合いを好む彼女の性格が見て取れる。

「ま、待てよライカ!!」

 もう少し様子を見るべきだと思い、俺は真っ先に飛び出したライカを呼び止めようとするが、あの狂犬に「待て」と言う言葉は通じない。

「あの馬鹿…!」

 俺は頭を抱え、迷いを振り切ってからライカを追いかける。こうなりゃもう、マキハラの言い分を聞くなりして場を収めるしかない。


「ハラマキッ!!」

「ハラ、マキハラ…!」

「ハラマキ。いや、うん。…そうか。エミリア教授が来たって事は、当然君たちも追って来るわけだよね。」

 俺たちの到着に微かな動揺を見せるマキハラ。普段から表情の読めない奴だが、今日の動揺はなんとなく分かる。なんせコイツ、今まさに自分の名前間違えてるし。


「はっはっは。私の目の前で堂々と喧嘩か。」

「笑える状況ではありませんよ、学部長。外部への通信手段が完全に破壊されています。これでは第二フェイズへ移行することが出来ません。」

 マキハラと対面する最中、不意に学部長たちの会話が耳に入る。第二フェイズとは一体何の事だろうか。そんな事をいちいち考える余裕もなく、マキハラは俺たちに支離滅裂な提案を持ち出してくる。

「丁度いいや。二人とも人質になってよ。僕がタイムマシンを破壊するまでの人質にさ。」

「人質だって…?」

「テメェ何様のつもりだァ?」

 尻尾を逆立て、ライカが逆上する。呆れた俺がマキハラにタイムマシンを破壊する理由について尋ねても、コイツは「タイムマシンに乗って本当に過去へ飛べるとは限らない」とか、「僕たちが過去へ飛ぶ必要はない」とか、「そもそも未来で世界が滅ぶなんて事自体有りえない」とか、そういう具体性のない消極的な意見ばかりをべらべらと述べるばかりだ。


「お前…そんな馬鹿げた考えだけでタイムマシンを壊そうとしてるのかよ。」

「じゃあ何?もっと真面目で最もらしい理由を答えれば人質になってくれるのかな?それならこうしよう。あのタイムマシンに乗った瞬間君は死ぬ。どうして死ぬかは僕が知ってる。なぜなら僕は何でも知ってる未来人なのだから。」

 軽い口調で説得力のない理由を語るマキハラ。半年前の俺なら笑って聞き流せたかもしれないが、学部長からあんな話を聞かされた今じゃ、未来人と言うあり得ない言葉にも信憑性を見出してしまいそうになる。

「おいアルク…!テメェ死ぬのか…!?」

「死ぬかよ!…仮に本当の事だとしても、俺が乗らなきゃいいだけの話だろ。」

「それもそうだね。じゃあ、あれに乗って歴史を変えたら世界の因果律がねじれて、最悪世界が滅ぶという設定にしよう。」

「あのなマキハラ。お前、自分で設定って言ってるぞ。」

「……。」


 凍り付く空間。マキハラのアホらしさに冷えているのか、氷のせいで冷えているのか、どっちでもいいくらい寒い。いい加減うんざりだ。マキハラの最後の発言で全てがでっち上げだと判明した以上、もうコイツの時間警察ごっこに付き合う理由はない。


「えーーっとよぉ。もうコイツぶん殴っていいんだよな?」

「いや、殴るより手短に済む方法がある。」

 俺はライカにこっそりと指示を出し、ベルトに引っ掛けた魔道具…信号灯【ブリンガー】を手に取る。形状はアイドルのライブとかで振り回すあの棒によく似ているが、これもれっきとした魔道具だ。


 さあ来いマキハラ。俺の炎とお前の氷、どちらが上か勝負で決めようぜ。


 もちろん。素直にタイマンを張るつもりなんて少しも無いけどな。


-----------------------


 両手で蛍光色のブリンガーを握り、マキハラを正面に見据えて真剣に構える。正直言って滅茶苦茶恥ずかしいが、自分の才能をフルで発揮する為にはこの構えが必須だ。

「…へぇ。君って意外と好戦的なんだね。」

 マキハラは眼鏡の縁をくいっと上げ、意外そうに俺を見る。

「考えてみろよマキハラ。お互い存分に戦えるだけの才能を持て余し、同等の実力を持つ好敵手に巡り合い、そして二人の間に戦う理由があるのなら、そりゃ誰だって戦わずには居られないだろ?」

「なるほど。」

 俺の言葉に納得するマキハラ。同等の実力かは知らないが、俺はブリンガーに有り余る天賦の魔力を蓄え、棒の先端から延長線上に無数の円陣を展開する。炎術の才能を見出してから半年。俺はこういう日の為に自分の才能をフルで発揮する方法を幾度と模索してきた。そして編み出したのがこの技だ。ブリンガーの先端から無数の細い火柱を重ねて放出し、触れるもの全てを焼き尽くす。


「さあ、とくと目に焼き付けろ。紅蓮螺龍──【グライフ──】」


「ッヒャッハーーー!!!戦わずには居られねェぜーーー!!」

 突如、雷鳴と共にライカが俺の真横を通り過ぎる。…あれれおかしいぞ。彼女には合図があるまで待機してくれと頼んだはずなのに。いや、おかしいのは俺か。彼女が俺の作戦を素直に聞き入れるわけ無いもんな。


「──凍結断層【リフリジェレイター】。」

「んなもん効くかよ!!!」

 眼鏡の縁をキラリと輝かせ、ライカの目の前に無数の氷壁を出現させるマキハラ。それに対して無数の氷壁を拳の一撃で粉砕するライカ。割っても割ってもマキハラの氷壁は尽きず、砕いても砕いてもライカの勢いは止まらない。

「……。」

 奮戦する二人を見て、俺はため息をつく。活躍の機会を奪われた上に、攻撃を防がれる事を見越して練っておいた作戦も全部パーになった。せっかく考えた技名を最後まで言えなかったのも悔しい。


「君の魔道具、確か…金星輪【リトルカーリー】って言うブレスレットだよね。初級魔道具のはずなのに、どうしてこんなに高い出力を発揮出来るんだい?」

「んなこたぁ…知らねぇ!!」

 マキハラの放つ氷柱の矢を問答無用にブチ砕いていくライカ。一点を守る氷壁とは違い、砕けて無差別に飛び散る氷柱は俺の方にまで被害が及ぶので、身を守る事を考えれば丁度いい炎術の練習対象になるかもしれない。

「……信号灯【ブリンガー】。」

 棒を振り回し、飛んでくる氷の破片を片っ端から燃やしてみる。すると、予想した以上にあっさりと破片が蒸発した。これならいくら飛んできても問題ないと安心した束の間、俺はマキハラの無差別氷柱攻撃にある別の目標がある事に気付いてしまった。

 そもそも、マキハラの狙いはタイムマシンの破壊だ。今更ライカと真剣に勝負する意味なんてあるはずがない。前線で戦う彼女には気付けないかもしれないが、後方から見ればアイツの狙いはあからさまだ。

「ライカ!!タイムマシンに背を向けるな!!マキハラの狙いはお前じゃない!!」

「はァ…???」

「さすがはアルク君だ。でも気付くのが遅すぎたね。」

 マキハラはニヤリ笑い、空いた右手に氷柱を生成したかと思うと、それに周囲を飛ぶ無数の氷柱をねじ込ませ、物理的に再現不可能なレベルの装飾が施された氷細工の槍を一瞬にして創造する。

「エミリア君、まさかとは思うが。あれは天成剣かね?」

「いえ。ですが…あの槍はナンバーズに匹敵する量の定在魔力数値を有しているように思えます。」

 こんな状況でも冷静な解説をする教授達。言葉の意味はさっぱり分からなくても、あの槍がとんでもない代物だという事は見るだけで分かる。少なくとも俺の炎だけじゃアレには太刀打ち出来ないだろう。

 …にしても教授達は不気味なくらい冷静だ。今まさにタイムマシンが壊されようとしているのに、まるで他人事のような無関心っぷり。こういう様子を見ると、エミリア教授の時間停止魔術は本当にとんでもない魔術だなと感心してしまう。


「…さあ、白き波動よ。我らが忌むべき装置を穿て。女帝の極光【ゴーディアス・リヒトカイゼリン】。」

 マキハラの手元から放たれる極光が、タイムマシンを貫く。当然教授達がそれを許すはずもなく、槍は寸前の所で静止する。時間を止めている間に何があったのかは知らないが、槍を止めたのは教授本人ではなく、双剣を持つ学部長だ。


「………あの、学部長。それ…人間が止める氷術では無いと思いますけど。」

 無言で槍を押し留める学部長にドン引きするマキハラ。

「ん…。あぁ…そうかもしれんな。おかげさまで三人の私が犠牲になってしまったよ。」

 学部長は交差した双剣を左右に切り払い、亜音速で氷の槍を切り刻んでシャーベット状に変えてしまった。三人がどうとか…言ってることは意味不明だが、やってることも人外すぎて意味不明だ。もしかして、俺たちを吹き飛ばした爆風の原因も彼だったりするのだろうか……。


「おいアルクぅ!!!テメェの言ってた作戦!この水たまりに電気流しゃあいいんだな!!?」

「作戦って…、今更かよ!?」

 是非も聞かず、足元の水たまりに電気を帯びた拳をぶち込むライカ。作戦の為に俺も慌てて火柱を詠唱する。炎はマキハラの氷壁で完全に防がれてしまうが、ここまでは作戦通りだ。それにしても猪突猛進な彼女が俺の回りくどい作戦に乗ってくれるとは思わなかった。唐突すぎるタイミングには驚いたが、作戦を確実に成功させる為にマキハラが大技を使った直後のスキを狙っていたのだとしたら、彼女は見た目以上に頭の冴える人物なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る