第101話 運命の針は23時59分59秒を刻み続ける。

「おいアルクぅ!!きうきう!きうきう落ちてっぞ!!」

「あ、おう。」

 大学本館の前できうきう──丸っこくて人懐こい動物と戯れるライカ。同族同士は惹かれ合うというやつだろう。

「待たせたね。さあ往こう。」

 学部長は俺たちを大学本館の中央エレベーターに乗せ、途中にある何重ものセキュリティを通過してタイムマシンの在処へと繋がる長い地下通路を案内する。薄暗い通路は少し埃っぽいが、壁沿いに青白く点灯する非常照明はまるで秘密基地のようだ。

「オイ……、おいおい……っ。これマジなふいんきだよなコレ…。オレ何だか…武者震いしてきたぜ…。」

 最初のうちは疑っていたのに、今じゃすっかりワクワクが収まらないライカ。言葉に出してもらわなくても尻尾の揺れを見ればモロバレだ。…学部長からあれだけ大真面目な話を聞かされた上に、「タイムマシンの実物を見せる」とまで言われてこんな秘密の地下通路を案内させたらそりゃ誰だって高揚する。もちろん俺も同じ気持ちだ。

「……タイムマシン。」

 俺は長い通路を渡りながら考える。長らく空想の産物とされてきたモノが、もうじき現実の産物となる。……そんな実感が沸くうちに、俺はだんだんとこの世界が恐ろしくなった。なんせタイムマシンだぞ。使いようによっては世界征服も出来るだろうし、人類の歴史をまるごと消滅させる事だって可能じゃないか。


 もしかしたら今。この瞬間にも。

 この世界が書き換えられている可能性だって──。


「そういやよぉー、学部長。」

「何かね?」

 ぼーっと考え事をしていると、不意にライカの声が耳に入った。彼女は両手を頭の後ろに回しながら気安い感じで学部長に質問を投げかけている。

「もしもの話だけどよ、オレらがこの…タイムマシンの事を外にバラしたら、あんたらはどうすんだ?」

「ほう?…そんな事が出来るのかね?」

「は……?」

 学部長の不穏な言葉にライカは一瞬身を竦める。彼女を睨む目は…殺気だ。

「……!?」

「…はっはっは。心配はいらんよ。私は小賢しい大人なのでな、言い訳なぞいくらでも考えてある。」

 目を細め、感情のない声で大いに笑う学部長。…茶化されたって分かる。この人は…本気だ。敵に回さなくて本当に良かった。


「やあ。」

 味方にすら回したくないやつの声が聞こえる。…マキハラだ。通路の半ばにある休憩室らしき場所にコイツは座っている。

「…何でいるんだよ。」

「いるよ。もちろん僕も時間留学生だからね。」

 マキハラは哀しそうに言う。ともあれこれで時間留学生の候補は三人になった。炎、氷、雷と属性のバランスは良いが、バランス以前に問題が大アリだ。仮にこのメンバーで時間留学をしたとして、クレイジーサイコレズのライカがフウカと離れ離れになってどんな禁断症状を起こすのか想像したくもないし、クレイジーサイコホモのマキハラはいつも何考えてるのか分からないし、分かりたくもない。


「おいテメエ…!!テメエが大学最強って噂の氷術使い…ハラマキだな!?」

「…マキハラ。」

「んなこたぁどうでもいい!ハラマキ!!最強の座をかけてオレと勝負しやがれ!!」

「………マキハラね。あと、着いたよ。」


 二人が不毛な会話を続けているうちに、一行は通路の最奥。シェルターのような形状をした巨大な円形の扉の前にたどり着く。扉の上部に刻まれている文字は……【イルムの王】。イルムは神話上の都市の名だ。これがタイムマシンの名称だろうか。

 学部長が扉の前の装置に手をかざすと、部屋の中央にある円形の扉がゴォォ……という音と共に動き出し、内部の照明装置が起動すると共にタイムマシンと思わしき巨大なシルエットが部屋の中央に浮かび上がる。


「なっ………。」

 その異様な外見に、俺たちは息を飲み込んだ。…部屋の中心に聳え立つのは直立した巨大なディスクオルゴールと、乱雑な座標を刻む羅針盤。左右には無数の金管が伸び、ディスクに刻まれた円陣に沿って一定の周期で低い音を響かせている。…装置を構成するこれらは、決して純粋な機械などではない。


 魔道具の銘は、時摺り羅針【インキュナブラ】。


 機械技術に見放されたはずの古臭い魔術が、機械技術では成し得なかった技術を実現する。…出来過ぎた皮肉だ。


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「これが……、タイムマシン…?」

「はっはっは。そう言う呼び方でも構わんが、これは一種の魔道具だ。マシンと呼ぶにはあまりにも突拍子すぎるよ。」

 学部長は笑い、それから装置の正面に俺たちを案内する。巨大なディスクの真下には鍵盤ともタイプライターとも似つかない真鍮製のキーボードが何段も重ねて存在しており、装置の内部には数人の人間が入れるサイズの砂時計型の台座が確認出来る。

 使い方は何となく察した。おそらくあのキーボードで行き先を設定し、それから砂のない砂時計に入ってタイムトラベルを行うのだろう。


「なあなあ学部長!実践してくれよ!実践!」

「ああ構わんよライカ君。いつでも入りたまえ。行き先は──」

「……ちょ!?い、いきなり飛べってマジかよ!!?」

 尻尾を逆立てて驚くライカ。こっちはまだ半信半疑の状態なのに、いきなり生身の人間を飛ばそうとするなんて相変わらず恐ろしい人だ。彼女の身に何かあったら大学はどう責任とる気だよ。


「とりあえず、何か道具を──。例えば学部長が身に付けているその腕時計などを装置で数分後の未来に飛ばしてみるとかは…どうです?それなら俺は納得出来ますけど…。」

「これかね?」

「それです。」

「困るよアルク君。これは世界に7つしか存在しない希少なモデルだ。何かあったら私はどうかしてしまうかもしれない。」

「………。」

「冗談はさておき、結論から答えよう。この装置で魔術師以外の物質を転送する事は不可能だ。魔道具の性質をよく思い返してみたまえ。」


 なんか腹立つが、俺は言われるがままに魔道具の性質を思い返す。魔道具は魔術師の魔力に反応して魔術を発動する。…言うなれば魔道具はスキルを習得する為の装備だ。魔術師の魔力が欠けても、魔道具のスキルが欠けても、どちらの場合も魔術は成立しない。

 もしかしたらこの魔道具は、"転送者自身"が"魔術師"である必要があるのだろうか。…魔道具を発動する為には魔術師の魔力が必要不可欠だ。魔力の供給源が転送者のみに縛られているのだとしたら、魔術師が飛べて腕時計が飛べない理由にも説明がつく。

 しかし気になるのは魔力属性だ。第五次魔術で規定されている六属性のうち、一体どの属性を使ってタイムトラベルを実現させたのだろうか。俺はそのへんを改めて学部長に伺ってみた。


「六属性?そんなもので時間旅行は成し得んよ。時間旅行が可能なのは『時術適正』を持つ魔術師に限られておる。」

「時術…?」

 その言葉には聞き覚えがあった。"時術"とは、第五次魔術の系統分類が完成する以前にごく少数の魔術師が保有していたとされる希少な魔術属性だ。魔術史は苦手ではないので、そのあたりの事情はしっかりと覚えている。

 …だとしても、ここにいる俺達は時術の適正なんて持っていないはずだぞ。やっぱり飛べないじゃないか。


「無論。100%の時術適正を持つ魔術師はこの世に存在せん。だが、100%の炎術適正を持つ魔術師も同様に存在せんだろう?魔力などという曖昧模糊な概念を属性に分類する事自体おこがましい行為なのだよ。」

 学部長は言う。彼の言葉が正しければ、0%の時術適正を持つ魔術師は存在しないという事になる。どうやら俺たちは常人よりも高い3、4%程度の時術適正を保有し、かつ装置を起動する上で必要となる魔力量の条件を全て満たしているそうだ。きっと俺が大学に進学出来たのも、八割くらいこれが理由なんだろうな……。


「さてライカ君。早速タイムトラベルを体験するかね?」

 説明を終え、学部長がライカに尋ねる。すると彼女は威勢よくタイムトラベルを承諾した。

「おうよっ!!魔術師しか飛べねえ事情はよーく分かった!!さっそくオレ様を飛ばしてくれ!!」

「おい本気かライカ!?」

「ライカ君。僕も時間旅行には懐疑的なんだ。冷静になって考え直した方がいいと思う。」

「アホかテメェラ!!そうネチネチと心配するばかりじゃちっとも前に進めねえだろが!!」

 そう言ってライカは装置の段差を登り、砂時計の中央に立った。いつも前向き過ぎて前しか見えない彼女には、俺たちの忠告なんて少しも届いちゃいないだろう。だったらもう、余計な心配をするだけ無駄だ。彼女のタイムトラベルが成功する事を祈ろう。


「行き先は──。五分後で良いかね?」

「おう!!」

「では未来で会おう。ライカ君。」

「未来で待ってるぜ!みんな!」



地下室に響く振動音。タイムマシンから発せられるものではない。…スマホのバイブレーション機能だろうか。

「ち、ちょっと待てちょっと待て学部長!!!フウカから通知来た!!」

 慌ててスマホを確認するライカ。画面を見るなり装置から飛び降りて出口へ走り去る。


「わりぃ学部長!!オレのフーカに呼ばれちまった!!タイムトラベルはまた今度にしてくれねーか!?」

 相変わらずの溺愛っぷりだ。タイムトラベルよりもそっちが優先とはたまげたな。


 …それにしてもおかしい。こんな地下でどうして電波が届くんだ。俺のスマホはとっくに圏外だぞ。

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