第97話 マキハラ・ユタカはヒトの頭上に何かが見える。

「さて、本講義は皆さんお待ちかねの魔術演習です。」

「っしゃあー!!バトルの時間だァ!!」

 二時限目。エミリア教授に案内され、真っ白な壁に囲まれた巨大な魔術演習場へやってきた俺たち。入学試験でも訪れた事のある記憶に新しい場所だ。持ち前の魔術を実際に使う演習なので、闘争本能の激しいライカは腕をぶんぶん振り回してやたらと張り切っている。

「クククッ…ついに我が魔眼を開放する刻が訪れたか。」

「ヒヒヒッ……。疼ク……。疼クヨォ……。」

「フフフッ…。魔法と校則さえ守れば、後は何やってもいいんだよね?」

 もちろん彼女以外にも暴れたい系の奴らはけっこういる。むしろ実践魔術研究学科に入るヤツの八割がこんな感じだ。


「そういやエミリア教授って魔術演習の講師だったんだな…。」

 ハチスが意外そうな顔をして呟く。確かにその通りだ。あの教授はバシバシ演習というよりもコツコツ研究に没頭するようなイメージがある。見た目に反してバシバシ魔術を使うタイプなのだろうか。…いや。

「てか、教授の魔術適性って何属性だ?」

「わかんね。」

 そもそも教授の属性って何なんだろう。追っかけのハチス君に聞いてもさっぱり分からない。…だが、これは魔術を扱う演習だ。今はまだ謎のままでも、そのうち講義中に自然と分かるだろう。


「教授。さっそく今日の演習の内容を教えてください。」

 ネギシが質問する。すると教授は答える。

「まずはー…、そうですね。入試でも経験したと思いますが……。今日は演習を始める前に皆さんの実力をもう一度確認させて頂きます。これは入試から今日までの間に皆さんがどれだけ実力を上げてきたのかを確かめる為であって、誰がどの属性を使うのか忘れてしまった訳ではありませんよ。」

 …なるほど。忘れてしまったんだな。

「………。」

 あまりの心の声のダダ漏れっぷりにアンセルメアも沈黙する。元から無口なキャラだが、今までの沈黙すらも超越する勢いで沈黙している。


「つまり。魔術師なりの自己紹介か。」

 フウカが言う。なるほど確かにその通りだ。魔術師にとって属性は重要なステータス。これはお互いの属性を確かめ合ういい機会になるかもしれない。

「では、アンセルメアさん。こちらへどうぞ。」

「……はい!」

 最初に指名されたのはアンセルメア。彼女はエミリア教授に案内されて演習場の中央へと向かい、演習用の杖を手渡される。


「あ、あの……教授。この魔道具は……。」

「遠慮する事はありません。あなたの最も得意とする魔術を使いなさい。」

「…………いきます!」

 アンセルメアは目を瞑り、杖を地面に突き立てて自身の魔力と杖の魔力を融合させる。すると、彼女の周囲を円形に沿うようにして幾つもの巨岩がドゴンドゴンと生成されていく。

 土属性の魔術だ。しかも巨岩を周囲に生成して自分の姿を隠すなんて実にアンセルメアらしい。


「次、アルクさん。こちらへ。」

 二番手は俺だった。名前順的には妥当だ。大勢の前で魔術を披露するのは少しだけ緊張するが、これは入試でも通った道。いまさら狼狽える必要は無い。

「…………。」

 入れ替わりの際にアンセルメアから無言で杖を渡される。

「……。」

 何か言おうと思ったが、何も言えなかった。



 俺は後悔した。

 あの時、ちゃんと話しかけておけば。

 こんな最期には。ならなかったのかもしれないのに。


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「では、どうぞ。」

「はい!」

 演習場の中央。交差する線のちょうど中心に立った俺は、エミリア教授の指示に従って杖を握り、自身の魔力と魔道具の魔力を少しずつ反応させていく。…俺の魔力属性は炎属性。得意な魔術も当然炎術だ。


「……。」

 杖を握る手が熱い。反発し合う魔力が杖の先端に蓄積されていくのを感じる。いい調子だ。あとはこのまま魔道具の許容限界まで魔力を蓄積し、それを放てばいい訳だが………どうも何かがおかしい。

 この魔道具…いったいどこまで魔力を蓄積すれば上限に達するんだ!?


「最大の出力で構いません。心配しなくても大丈夫です。私がいますから。」

 焦る俺の顔を見てエミリア教授が微笑む。……いやいやそういう問題じゃない。この魔道具って本当に演習用なのか!?いくら蓄積しても上限に達する気がしないぞ!?

「っっ……!!」

 なんだかんだ考えているうちに蓄積された魔力の余波が腕を伝って俺の身体にのしかかってくる。もう限界だ。俺は杖を床に突き立て、全身全霊を込めて魔術を発動した。

「……いきます!!!」

 魔道具を経由して全ての魔力を床に流し込む。すると、杖を突いた座標を中心にして魔道具に由来した三重円の円陣が生成される。古典的なモノダイソン型魔法陣だ。

 放出された魔力は陣の縁を沿って外へと流れていき、根を張るようにして幾何学的な炎術の術式を生成する。そして、枝分かれした根が複数の円陣を生成する事で魔術発動までの一連の流れが完了する。


 完璧だ。無数の円陣から吹き上がる火柱は、研究室よりもはるかに高い演習場の天井をも焼き尽くすほどの勢いで高く伸びていく。正直言ってここまでうまく決まるとは思わなかった。自分でも怖いくらいだ。

 ちなみに演習場の白い壁は魔力によって生成されているらしく、同じく魔力で生成された炎なら燃え広がる事もなく静かに鎮火するようだ。


「では次、フウタロウさん。」

「うん。」

 俺の次はフウ…タロウか。一瞬見ただけだが、彼女は以前足に纏うタイプ風術を使っていた。とすると彼女の属性は風で間違いない。今度はどんな風術を披露してくれるんだろうか。俺はフウカに杖を渡して静かに演習場の端へと向かった。


「見せてもらったよ。君の力。」

 なんかいきなり知らない奴に話しかけられた。銀縁のメガネをかけた如何にも賢そうな青い髪の男だ。しかもやけに美形で腹が立つ。赤髪と青髪で俺と因縁のライバル同士にでもなるつもりか?

「僕はユタカ。マキハラユタカだ。……訳あって君に聞きたいことがある。……あ、でもここじゃ言えないような話なんだ。だから場所を変えたいんだけど…いいかな?」


……何だよコイツ。言えないような話ってなんだよ。怖いだろ。やめろよ。



「………。」

 ……という訳で人の頼みを断れない俺は、ユタカに案内されるがまま誰もいない男子トイレへとやって来てしまったのだ。

「……で、聞きたい事って何だ?」

 俺は出入り口のドアに背を向け、恐る恐るユタカに尋ねる。するとユタカはメガネをくいっと上げて俺の顔──よりもわずかに上に目線を移してから質問を投げかける。

「ああ…うん。時間も惜しいから単刀直入に聞かせてもらうけど。」


「──もしかして、君が『エデンの園のグライダー』?」


「…………いや!?違うけど!?」

 俺はとっさに否定した。全力で否定した。なんの事だかさっぱりな単語の羅列だが、多分これって分かる人には分かるタイプのアレだ。場所と状況から察するにこれは分かっちゃいけないタイプのアレだ。

 俺は全力疾走でその場から逃げ出した。



「あの反応。やはり違うようですね。」

「だね。レベルと能力値は確認したけど……符号が無いのはただの偶然みたいだ。……それにしても彼、すごい怯えようだったけど。僕ってそんなに怖い顔してたかい?」

 角張ったメガネを掛けた青い髪の男が、洗面台の鏡越しに独り言を呟く。すると鏡の向こう側に帽子を被る白い影が現れる。

「いいえ。相変わらず男前な顔です。」

 幼い少女の声をした白い影は、感情のない声で男の顔を称賛する。

「とすると……声か?」

「いいえ。場所と言動が問題だと思われます。」

「え…?あっ………。」

 指摘を受けて辺りを見回し、男はようやく意味を察する。


「もう時間がありませんね。」

 鏡の向こう側に佇む影が寂しげに呟く。

「そうだね。ここには時間なんていくらでもあるはずなのに。……僕らにはもう時間がない。」

 青い髪の男は掛けていたメガネを制服の胸ポケットにしまい、赤色の瞳で鏡の奥の遥か彼方を見据える。

 そして彼は充血した瞳に目薬を差しはじめた。

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