第566話 かの青年は世界を救う最後の希望となる。
天井の染みをエルシェンバラの星々に喩えて眺めている。
眺めたくてここにいる訳ではない。
実験の最中に気絶してしまった私は、気付けばいつもの独房に連れ戻されていた。
頭がズキズキする。椅子に座った後の事を思い出そうにも、これが邪魔をして思い出せない。無理して思い出そうとしても、思い出すどころか逆に見覚えのない記憶がどんどん浮かび上がってくる。例えば木々の生い茂る森で緑色のスライムをひたすら狩り続けるだけの記憶だとか。あるいは色とりどりの連中と一緒に龍の背に乗って、黒雲に覆われた城を目指す記憶だとか。
頭の中が混濁する。…あの時器には持ち主に幻覚を見せる作用でもあるのだろうか。
私は二度寝を決め込んだ。丸くて茶色いきうきうは相変わらず寝具の下に潜り込んでいる。いきなり引っ張り出して枕にするのもかわいそうなので、そのまま寝る事にした。
このまま寝て待とう。白い服の彼らは私を使って時器の適合テストをしているのだから、それが終わり次第派手に暴れて脱走すればいい。マシンゴーレムでも出されない限り大丈夫だ。
*
「先輩、見えますか?…あれが私たちルーンゼロの本部です。」
白い服の女性は複座式のマシンゴーレムを操縦しながら、後ろの席に座る青年に話しかける。二人の乗るマシンゴーレムは、海上に浮かぶ要塞よりも少し小高い丘の上に立ち止まっている。
「おおーっ!すごい建物だ!!聞いていた以上に大きいね!!」
青年は身を乗り出し、目をキラキラさせながら正面のモニターに顔を近づける。すると白い服の女性はさりげなく要塞の詳細マップを表示し、内部構造の補足をしてくれる。
「あれでも表に見えている部分は要塞全体の四分の一くらいです。時器を収容しているのは、赤い海に沈んでいる…この辺りですね。」
「あれで四分の一…!? 待って、君たちルーンゼロの構成員って……今何人くらいいるんだっけ?」
「私を含めて…156名ですね。先輩も含めれば157名です。…レプリカも含めましょうか?」
「いや、いいよ。」
レプリカと聞いて青年は話を止める。少し深刻そうな顔をしたが、すぐに以前の明るい表情に戻った。
「…ところで、まだ行かないの?…あの本部に。」
青年は問いかける。その素振りからは早く本部に向かいたい一心が伝わってくる。
「見境のない自動防衛システムが作動してますからね。本部に連絡して解除してもらわないと。」
白服の女性は真面目に答える。すると青年は首をかしげてこう言う。
「君の操縦テクニックなら防衛システムくらい強引に突破出来ると思うんだけどなぁ…。」
「先輩!!それは非常にまずいです。」
「いやー、冗談。」
*
眠れない。
眠れないからエルシェンバラの星々に新しい星座を考えてみた。きうきう座だ。天井に散らばる染みを丸く繋いだだけの簡単な星座だ。私は星座を眺めながら考える。もしも脱出するときにマシンゴーレムが出てきたらどう対処するべきか……。
……眠れない。
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