第93話 赤い髪の少年はその手に紅蓮を宿す。
「着いたぁあああ~~~!!!!」
空の旅を終え、ようやくイービストルム大学に到着した俺たち。目の前には魔術学者たちの凱旋門とも呼ばれる有名なイービストルム大学の正面門が聳え立っている。
「では、我々は外でお待ちしております。」
ロミューさんと別れ、俺たちはとうとう校内に足を踏み入れた。途中で渡されたパンフレットも読み、さっそく魔術適性診断の実験室へと向かう。
……はずだったのに。
「……なんだここ。本当に大学……なのか?」
「お、落ち着けアルク……!大学だろ…多分!」
「いやいやあり得ないでしょ…!どうして魔術学部棟だけこんなに……。」
こんなに……不気味な造りにする必要があったのだろうか。…魔術学部棟のデザインは言うなれば魔王城。内装はほぼ暗色で統一されており、正面の大きな階段を登った先の廊下には得体の知れないオーパーツや何やら魔術に関係がありそうなものが多々展示されている。
「まさかコレ本物じゃねーだろうな……?」
廊下の片隅に展示された古い剣をじーっと見つめるハチス。火砕織り【パイロサージャー】と呼ばれるこの幅広の剣にはある種の魔力が込められており、持ち主の意思に応じて刀身がフライパンになったりホットプレートになったりするそうだ。展示品の説明によると、この剣で焼いたステーキはとても美味しかったらしい。
「これ…、剣にする意味あるか?」
「私に聞いてどうするのよ…。」
ハチスに話を振られて困惑するネギシ。こんなもの眺めてても仕方がないので俺たちは早急に廊下を通り過ぎた。
チッ…チッ…チッ…。
ゴーン…。
道なりしばらく進むと、廊下の突き当りにある部屋から沢山の時計の音が聞こえてくる。パンフレットを見返すとここが実験室のようだ。
「お邪魔しまーっす。」
実験室にお邪魔する俺たち。他に来ている人は誰も居ない。そんなに人気がないのだろうか?広い実験室を見渡すと、そこには柱時計や置時計。デジタルからアナログまでいろんな国の奇妙な時計が所狭しと並んで時を刻んでいる。
…いや、時を刻むとは少し違うかもしれない。ここにある時計はどれも指す時間がバラバラなうえ、通常より早く秒針が進むものや、ほとんど進まないもの。さらには針が巻き戻るものまで様々だ。
「……なんだこれ。」
俺はネギシの方を向いて呟く。当然ネギシも困惑する。
「知らないわよ……。」
まさか場所や時間を間違えてしまったのだろうか?…俺はもう一度パンフレットを確認する。…が、どこにもおかしな点は無い。
「きみたち見学かね?」
俺たちがうろうろしていると、通りがかりの初老の紳士から声を掛けられる。この人もイービストルム大学の教授だろうか。俺たちは彼に魔術適性診断の担当教授がどこにも居ない事を伝えた。すると初老の紳士は笑いながらこう答える。
「はっはっは…!そうかエミリアの奴はまた寝坊か。…全く、彼女の身の回りの時計は全てこうなるがゆえ、体内時計しか信じぬと抜かしておったが……。彼女の体内時計に目覚まし機能は無かろうて。」
「ね、寝坊なんですか……。」
「うむ。そう心配するでない。何も今に始まった事では無いのでな。…あと数分もすれば慌ててやって来るだろう。…さて、それまでお茶でも如何かね?」
誘われるがままに紅茶を振る舞われた俺たち。しばらく待っていると紳士の予想通り、銀髪長身の美人教授がゆっくりと扉を開けてやってくる。
「あらあら…。お客さんがもうこんなに……。」
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「それに学部長まで……?」
「はっはっは…!つい通りかかったのでな。…さて、私も残った仕事を片付けねば。」
そう言うと初老の紳士は立ち上がり、エミリア教授と入れ違うようにして部屋を後にする。
「あぁそうそうエミリア君。そこの……ジョ茶という紅茶はなかなかの美味だったよ。」
「はぁ…それはどうも。……ところで。」
「エミリアさんですよね!俺たちテオスの高校から来ました!魔術適性診断を受ける為に!」
訊ねられるよりも先にハチスが張り切って答える。無論目線は胸元だが。
「……貴方達、魔術の経験は?」
「ないです。」
三人とも答えは同じ。何せ俺たちは数日前まで魔術に興味の欠片も無かったのだから仕方ない。
「とすると……よほどの事がない限り入学は厳しいでしょうね。」
案の定、予想した通りの答えが返ってくる。普通に考えても当然だ。魔術を勉強してイービストルムを目指す者と俺達とではスタートラインからして明らかに違う。今から半年間勉強したところで彼らに追いつけるはずがない。……コネでどうにでもなるハチスは論外だが。
「それでも、この大学に来てくれたという事は魔術に興味を持ってもらえたという事。魔術を志す者として私は貴方達を歓迎しましょう。」
無論。ハチスは例外だが。
「…さて、適性診断の合間に少しだけ魔術の仕組みを説明しておきましょうか。」
エミリア教授は奥の部屋から円陣の描かれた数枚の紙切れを持ってくると、それをテーブルに置き、円陣に手を触れるよう俺たちに指示を出した。どうやらこれで属性を診断するらしい。
「まず、魔術とは自己エネルギーと他のエネルギーの反発によって発生する様々な現象の事を指します。この二つのエネルギーは魔力と呼ばれ、魔術を使う上で絶対に欠かせないエネルギーとなっています。」
「魔力……。」
俺たちは円陣に手のひらを当てる。が、最初のうちは何も起こらない。
「そして魔術は魔力量や魔力属性、魔力反発係数や魔力拡散度数等によって様々な姿形に変化します。これを魔術属性と呼びます。」
「魔術属性…。」
エミリア教授が言うには、この魔術属性診断で魔力属性を診断する事ができ、診断結果によって魔術の得手不得手が決まるそうだ。
「魔術属性の系統分類は古来より幾度となく検討が繰り返され、現在の第五次魔術フィフスフィアにおける基本魔術属性は6種類。炎、氷、雷、風、樹、土のどれかに適するよう分類がなされています。」
「六種類ね……。私の属性は何なのかしら。」
「俺は光とか闇の方がいいけどな。」
「そこ!……円陣に意識を集中しなさい。」
叱られるハチス。だが、実は俺も同じ事を考えていた。やっぱり他人とは違う…自分だけのオンリーワンな力というものには誰でも強い憧れを抱いてしまうものだ。
「魔力量や魔力反発係数を人力で調整し、任意の魔術を発動させる事は熟練の魔術師でも非常に難しい技術です。魔術式はこれらを規則化し、細かな調整をしなくても任意の魔術を発動出来るよう開発された技術です。この円陣もその一種です。」
「……。」
エミリア教授曰く、この円陣は触れたものの魔力属性に反応してその属性の魔術が自動的に発動するようになっているらしい。かみ砕いて言えば、紙に触れると自分の属性がぼあーっと出てくる。たとえばネギシの場合はあんな風に紙から植物がぼあーっと。ハチスの場合もこんな風に植物がぼあーっと。…なんてこった。こいつら属性が被ってやがる。
三人とも樹属性は嫌だなと思いつつ、自分の紙を見つめ直す俺。……だがこちらは未だに何も出てこない。なおさら嫌な予感がする。
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「最悪よ……。よりにもよって樹属性で、そのうえハチスと被るなんて……。」
「そりゃこっちのセリフだ…。」
樹属性に適正ありと診断され、落胆する二人。まだ属性が判明していないのは俺だけだから、当然二人は俺を注目する。
「アルク!早く属性見せなさいよ!」
「出せっ……!!お前も樹属性を出せっ……!!」
「ちょっと待てって!!」
急かされて紙を見つめるが、こちらは未だに何も変化なし。診断にかかる時間には個人差があるのだろうか。……いや。
俺はふと、実験室に並べられた大量の時計に目を移す。まともな時間を指すこともせず自分勝手な時を刻む時計たち。その中には壊れて動けない時計もある。壊れた時計に時は刻めない。…そりゃ当たり前だ。
「……そう珍しい事ではありません。」
「え…?」
教授はホワイトボードに順々と図式を書き示す。
「魔術が発動しない原因は大きく分けて三つあります。」
「一つ目は属性消滅。炎と氷など、お互いに相殺しあう魔力属性を持っていた場合に起こる現象です。」
「二つ目は属性欠損。先天的、あるいは後天的に魔力を失っている場合に当てはまります。」
「そして属性異常。こちらは第五次幻想魔術で定義された六属性に相当しない特異な属性を持っていた場合
の可能性です。」
「いずれに当てはまる人の総数は世界人口の約30%。…3人に1人が魔術を使えないという計算になります。」
「じゃあ、俺は……。」
俺たちは三人でここへ来た。そのうち二人が属性を確認した。最後に残ったのは俺一人。……3人に1人が使えないのなら。……俺は俯き、恐る恐る教授に尋ねる。
「いいえ。不可能と決めつけるのはまだ早いでしょう。」
教授は言う。
「不可能を証明するほど難しいものはありません。」
「………!」
俺は教授の言葉を受け止める。そしてようやく気付く。俺は魔術が使える事も、使えない事も、どちらも運命か何かで決まっているものだと勘違いしていた。だがそれは違う。固定された運命の中でも自分の意志で変える事の出来る分岐点がある。たった一つの簡単な選択肢がある。
諦めるか、諦めないかを選ぶのは。
俺自身だという事だ。
「アルク…!!?」
「お前それまさか…!!?」
俺の掌を中心に、天井を焼き焦がすほど伸びる巨大な火柱。紙切れは微塵も残さず灰になり、炎はハチスとネギシの植物にまで燃え移る。
その炎は、俺の髪と同じ紅蓮の色をしていた。
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