第91話 アルク・マックィーンは物語の主人公に憧れる。


 気付けば今日から高校最後の夏休み。

 この俺、アルク・マックイーンは弱冠18歳にして「時がたつのは早いものだ」とかオッサンめいたことを思いつつ、友達の家でだらだらとゲームをしていた。


「いやいや月の裏側に宇宙人の基地……って。今時そんなオカルトを信じる奴が居ると思うか?」

「はぁ~。お前なら信じると思ったんだけどなぁ。」

 相変わらず使い古しのオカルト話で人類滅亡説を唱えようとしてくるこいつの名はハチス。緑髪でツーブロの天パ野郎だ。地味に俺より背が高いのが腹立つ。そもそも月の裏側がどうとか…、完全に俺を馬鹿にしている。まあコイツとは随分長い付き合いなので今に始まった事ではないが。


「……ねぇ、二人とも進路はもう決まってる感じ?」

「いや全然。」

「あんまり考えてないです。」

 ぼーっとして無駄に時間を浪費してそうな俺たちに喝を入れてくれたのはネギシ。彼女は女友達の少ない俺でも気軽に会話が出来る幼馴染の一人だ。金色の髪はおなじみのショートボブ。前のセミロングも結構似合ってたけど、それを言うと怒られるからやめておこう。

「ハチス君は~……。どうせコネでいいとこ入るんでしょ!この御曹司!!」

「やっぱ分かる!?」

 ちなみにハチスの家はとんでもない大富豪だ。今俺たちがお邪魔しているこの屋敷も別荘の一つらしい。

 「まぁ俺はー…。アレだなぁ。…イービストルム大学の実践魔術研究学科に入ろうかなーとは思ってる。」

「え?魔術研究?ハチス君が?」

「うむ!実は昔から興味あったんだよなぁ~。」

 イービストルム大学。ここプオリジア大陸でもっとも有名な魔術大学だ。大昔の魔術はそれなりに便利なものだったらしいが、今じゃ機械に取って代わられている可愛そうな技術の一つだ。

 だが、まさかあのハチスが魔術に興味を持っていたとは正直驚いた。だってコイツ、魔術みたいなローテクノロジーに興味を持つようなキャラじゃないし。

「へ~。お前魔術の研究するのか。」

「おうよ!…で、アルクは?」

「………。」

 ……聞かれても答えようがない。正直何も考えていないし、そもそも来年には卒業するっていう実感がない。なにせ今日まであっという間だったから。

「そう!それよりもアルク君!問題なのはあなたの方!!もう少し真剣に悩みなさい!」

「あ、はい。」

「…それじゃ私帰る。」

「お~う…ってもうこんな時間かよ!じゃあな~。」


 結局ネギシは帰ってしまった。唐突に帰る様はもはやネギシのお家芸だ。残っているのは野郎が二人。当然何も起きない。

「で、アルクは今日泊まってくんだっけ?」

「いや、片づけたら帰る。」

 そういって俺はゲーム機の電源を落とす。コントローラーを片づける。そしてテレビのチャンネルを戻す。


『先ほどテオス上空に発生した巨大な光の柱は────』

「……?」

 ふと、目線を移したテレビの画面。

 そこには、巨大な閃光が夜の摩天楼を覆う光景が映し出されていた。

『専門家の見解ではスーパーセルの一種ではないかと───』

「テオス?…ってお前の家があるとこだろ?なんかやばくねえかこれ!?」

「…………剣だ。」

「剣…!?」

 剣だ。どうしてそう思ったのかは分からないが、あれは間違いなく剣だ。

 天成剣。なぜだか、聞き覚えのない単語が脳裏をよぎる。

「……行かないと。」

「行くっておい…まさか…。」

 壊れた時計がようやく動き出す。そんな予感がした。


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 完全に出遅れている。せっかくあれだけ張り切って急いだのに、目の当たりに出来たのはすっかり静まり返った夜空と、一時の祭りを終えて帰路に着く人々の影だけ。そりゃ、ここまで来るのに30分も掛かったんだから当たり前だ。

 …正直言うと、ちょっぴり期待はしていた。もしかしたらあの光が俺の平凡な人生を変えてくれるんじゃないか…、とか。誰とも違う、世界でたった一人の俺になれるんじゃないか…、とか思っていた。本当にバカみたいな妄想だ。結局電車賃と睡眠時間が無駄になっただけじゃないか。

 大人しく帰ろう。俺はがっかりしたまま、先ほど出てきたばかりの地下鉄の入り口へと向かう。同じテオス市内でもここは俺の家とは真逆の方向。帰るならまた地下鉄に乗らなきゃならない。


「………。」

 改札へと通じる長いエスカレーターを降りながら、スマホで光の柱に関する話題を流し読みする。ここを通りかかった他の人々も今頃俺と似たような事をしているに違いない。周りと同じことをするだけの平凡な俺。これじゃ世界でたった一人の俺という妄想には程遠い。

「………剣か。」

 そういえば光の柱をニュースで見たあの時、どうしてあれが剣だと確信出来たのだろうか。

 何かの本やアニメで似たようなものを見たからだろうか。……いや、もうやめよう。考えるだけ無駄だ。


「……あの!ちょっといい?」

「は、はい?」

 隣のエスカレーターからフードを被った女性に話しかけられる。褐色の肌に金髪。いわゆる黒ギャルだ。それによく見るとこの人、登りのエスカレーターを全力で逆走している……。

「ここってテオス中央駅で合ってる?」

「あ、はい。そうですけど。」

「ありがとね!私、この辺のこと全然詳しくないから…。」

「ちなみにどちらまで?」

「えーと…、ムラ駅!」

「じゃあ途中までは一緒ですね。」

 ムラ駅。街なのに村…と紛らわしい名称だが、俺の家があるのもこっち方面だ。

「……へぇ。君も光の柱を見るためにここへ?」

「はい。…もしかして貴方もですか?」

「うん。私もだよ。」

 人影のまばらな最後尾の車両に乗り込む俺たち。たった今出会ったばかりなのに、二人の会話はどんどん弾んでいく。

「俺、本物見れませんでしたよ…。」

「そっか。……それは惜しかったね。」

「……すっかり冷めちゃいました。ニュースで光の柱を見た時は、今すぐあの場所へ行かなくちゃいけない感覚がしたのに……。」

 例えるならばそう…。これは『選ばれしもの』になり損ねた感覚。

もしかしたら俺は、あの時主人公になるせっかくのチャンスを失ってしまったのかもしれない。

「何かがあるから行かなくちゃいけない。……かぁ。私と似てるようで全然違うね。」

「似てるようで違う?」

「うん。……私はさ、あの光の柱には何の意味があったのか……。ってのをずっと考えてるんだ。」


『──ムラ駅。ムラ駅です。』

「あ、着きましたよ。」

「本当だ!…今日は色々とありがとね!」

 慌ててプラットホームへと降りる彼女。短い間だったが、もうお別れだ。

「そうだ!自己紹介忘れてた!…私はエリー!君は?」

「え!?」

「名前だよ!君の名前!」

「俺は……。」


「俺は…アル───。」

「そっか!…やっと分かったよ!アルク!!」


 まだ名前を言いきらないうちに、彼女は俺の名前をぴったりと当てて見せた。偶然だろうか? …いや違う。


「光の柱が落ちた理由、分かった!」

「私たちは今日、ここで出会う運命だったんだよ!!」

 ガタンとドアが閉まり、ゆっくりと列車が動き出す。プラットホームを吹き荒れる風。被っていたフードが外れ、金色の長髪が風に靡く。


「……!」

 無人のホーム上。彼女の頭部に生えた二対の角に気付く者はいない。


 ……車内に残された俺一人を除いては。

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