第128話 病室(4)
「そう……。嫌いになったの」
私は繰り返す。
「私は、大好きだよ」
総君に告げる。
「ふわふわの髪も、鳶色の瞳も、落ち着いた声も、全部……」
好きだよ。
そう言おうとしたのに、総君の爆ぜたような笑い声に消された。
いきなり笑い出した総君は、ベッドに体を倒し、上半身を捩じって、うつ伏せになって笑い続ける。幾度か、声が出ないほど笑いこけると、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら私に尋ねた。
「片腕が無くても? 片足が無くても? 仕事が無くても? お金が無くても?」
総君は顔を伏せ、長い前髪の隙間から私を覗き見る。
「『恋愛ごっこ』が終わっても?」
総君はまた笑い声を立てる。
「馬鹿じゃないの、コトちゃん。お人よしにもほどがある」
はっきりと言い切った後、総君は唐突に笑いを消す。
「あの日、バス停であやめに会った時、母さんが倒れたんだと思ったんだ」
まだ呼吸が整わないまま、総君は私に話し出した。
「母さんの家系、祖父ちゃんもそうだったけど、脳こうそくが多くて……。リハビリセンターって言ってたし、入院セットっぽいの持ってたし。ひょっとして、脳こうそくを起こして、麻痺とか残ったんだろうかと思って。悩んだけど、どうせ僕の姿は見えないだろうから、次の日、病院に行ってみたら」
総君はまた、発作のように笑いを起こす。
ベッドに横向けに寝そべったまま、げらげらと笑った。
「僕が入院してるんだよ。片腕、片足が無くて……。ベッドに寝てるんだ、驚いたよ」
笑い声を喉の奥でかみ殺しながら続ける。
「母さんとあやめが交代で僕の世話をしに病室に来てくれてて……。話の内容とか看護師の打ち込む電子カルテの内容とか読んでだんだん理解してきて……」
総君は、「はぁーあ」と、大きく一つ息をついた。
「僕、あの駅前で鏡に映らない自分の姿を見て、てっきり死んだと思ってたから」
力のない声で続ける。
「怖くて、実家には近づけなかった。僕が死んだあとの、母さんを見るのが怖かった。母さんが脳梗塞になったのかも、って分かって、ようやく会いに行こうとおもったぐらいで……」
横を向いたままの総君の顔は、長く、ふわふわの前髪が目元を覆い、苦く笑う口元しか私には見えない。
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