第百四話
(これは一体? いったい何が起こっているというの?)
ヴィネは突然動きを止めた暗闇から逃げるように距離を取ると、助かったのかという安堵と訪れた静寂の不気味さに眼が離せずに自身が金縛りにでも合っているように動くことが出来なかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォ──────バーーーン!
だが、そんな束の間の平穏も長くは続かなかった。
突如地響きが起こると目の前の暗闇から亀裂が発生していき、中から目も眩むような光が溢れだすと暗闇を吹き飛ばし、ソレに取り込まれた筈の凌馬が姿を現す。
《ディレイマジック『リワインドソウル』発動》
ガクン!
「はぁはぁはぁ・・・」
凌馬は自身を襲っている疲労と虚脱感に耐えながら、頭の中の靄を振り払うように記憶を手繰り寄せる。
(何か・・・いや、誰かに大切ななにかを託されたような・・・ダメだ、ヤツの術に落ちたところからの記憶が曖昧で───。)
しかし、凌馬には断片的な記憶しかなくそれ以上思い出すことは出来なかった。まるで、脳へのアクセスを拒絶されているそんなもどかしい感覚。
ただ、ひとつだけ分かっていることがある。
凌馬は己の拳を睨み付けると、手の色が変わるほどの力で握り締めていた。
光が収まり一時的に視界を奪われたヴィネは凌馬の姿を認識する。今の凌馬からは、先程の暗闇から感じた隔絶された力を感じることはなかった。
「何なんだお前は? 貴様は一体何者だ!」
ヴィネはそんな凌馬に問わずにはいられなかった。アレは世界に有ってはならない存在。生命を持つもの全ての敵。
そんな本能的に理解させられる存在が、人間の姿をして今自分の目の前にいる。
許容できる筈がなかったのだ。魔王様よりも
「何者か・・・。まったく、どいつもこいつも始めから言っているだろうが。俺はミウの父親、それ以上でもそれ以下でもない。だというのに・・・情けねぇ、娘のことを信じられずに取り乱した挙げ句、俺のせいで娘に約束を破らせてしまうとは。」
ひとつだけはっきりしていることがあった。あの時、暗闇の中で苦しんでいた自分を救うために差し伸べられた光。本能的にそれがミウの力であると悟った凌馬。
それはミウに、そしてナディに自分の不始末を負わせてしまったことを意味していた。
自分が大失態を犯したということだけは理解させられた。
(まったく、
これ以上の失態は許されない凌馬は、冷静さを取り戻すように一呼吸置くとヴィネを見る。静かに怒りを抑え込むように。
「この期に及んで何を言っている。父親? 取り乱しただと? 何時までしらを切るつもり?」
凌馬の白々しい回答に、ヴィネは自身が犯した醜態を思い出して苛立ちを隠せない。だが、歴然とした力の差を見せられては彼女にはどうすることもできなかった。
(こいつあくまでも正体を明かさないつもりなのか・・・。 いや───、それともまさかこいつ本当に
ヴィネは凌馬の正体を推察しようとして、ひとつの可能性に辿り着いた。そして、それが間違いないと確信することになる。
そもそも、アレがなんであれ生命を持つもの全ての敵となる存在。ならば、自分はいうに及ばずこの皇都の人質たち、いやそれどころかやつの仲間すらも本来ならば敵対関係となるはずである。
だが、この凌馬という男は少なくとも人間たちを守るために行動している。あれほどの力を持つものがわざわざ小細工などする必要もないだろう。
それにあの暗闇が自分に告げた言葉。明らかに今の状態が不本意なものであることを示唆していた。
であるならば、考えられる可能性はひとつ。何らかの理由でこいつの中にあの化け物を封じ込めた者がいる。
しかも、本人には自覚させないように。
そんなことができる者がもし居るのならば、そいつはあの化け物と同程度の力を持っていると推察できる。
不味いことになった。そんな存在がアレ以外にもまだ居るというのならば、魔王様がまだ復活していない
(どうすれば・・・だがしかしこの男に自覚がないというのはある意味で幸運だといえよう。こうなれば仕方がない。サキュバスとしては不本意ではあるが、こやつを永遠に夢の世界に留めておくしかない。
ヴィネは問題を先送りにすることにした。どの道自分には手に負えない事態なのだ。ならば、この男をここで足止めをすることが自分に課せられた使命であると考えた。
幸い、今の凌馬ならば自分の術の中にいる状態では力を使うことは出来ない無力な人間、どうとでも対処は可能であった。
ヴィネは冷静さを取り戻すと凌馬へと対峙する。
「まあ良いわ。そこまで言うのならばこれ以上問答しても意味はないわね。私の夢から抜け出したことは大したものと誉めてあげたいところだけれども、事情が少し変わったの。貴方にはこの世界で永遠に過ごしてもらうことにするわ。でも安心して? 今度の夢は貴方が望む幸福の世界を見させてあげるから。サキュバスとしては人間に対してこんなサービスあり得ないのよ。」
ヴィネは凌馬にそう告げると再び夢の世界に落とすために新たに魔法を発動させる。
しかし、凌馬はそんなヴィネを見ているだけでなんの抵抗もしようとはしなかった。それもそうだろう。いくら凌馬といえども、武器も能力も封じられ純粋な身体能力だけでは、相手がサキュバスという直接戦闘能力が低い魔族であっても太刀打ちできるものではない──────そうヴィネは考えていた。
『マルムノクス!』
勝ち誇るように魔法を発動させるヴィネ。
・・・・・・しかし、何時までたっても新たな夢の世界が生成されることはなかった。
「ど、どういうこと? 何故魔法が発動しない? 『マルムノクス!』『マルムノクス!』『マルムノクス!』」
何度呪文を唱えようとも、なんの変化も起こらない事態にヴィネは混乱を極める。
そんな異常な状態で、凌馬だけは涼しい顔をしてヴィネの様子を観察していた。
ヴィネも凌馬がなんの反応も示さないことが却って不気味に思ったのか、距離を取るように後ろに下がる。
「な、何で私の魔法が発動しない・・・、お前一体何をした?」
「・・・・・・」
ザッ!
凌馬は無言のままにヴィネに一歩近付いていく。
「ひぃ───」
今の凌馬はただの人間。その筈なのに何故かヴィネには不気味なオーラを纏っているように見えた。
「あり得ない・・・ここでは私が絶対の存在のはず・・・なのに何で・・・・・・何でただの人間ごときが私に歯向かう!」
最早意味が分からずに、癇癪を起こしたように叫ぶヴィネ。
今まで絶対的に優位な立場で敵を屠ってきたのだ。だというのに、あの暗闇といい今のこの状態といい経験したことのない不安がヴィネを襲っていた。
「ふざけるなっ! ここは私の世界、ただの人間に私が負ける筈がない!」
優位性を失ったヴィネは既に冷静さを無くしていた。
「何時から───」
そんなヴィネに対して、凌馬は淡々と告げる。
「何時からここがお前の世界だと
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