第九十五話
「はぁー、全くつくづくこちらの予定を邪魔してくれるわね。折角親子で素敵な殺し合いの機会を用意してあげたというのに、こんなつまらない結末を見せられるなんてね。」
そう言って姿を現したのは、件の黒幕であるヴィネであった。
「お前の仲間は全員地獄に送っておいたぞ。それで、お前一人でこの俺の相手をするつもりか?」
「それも良いけれど少しお話しをしない?」
「この期に及んで何を話すという? 仲間を殺された事についてお前はなんとも思わないのか?」
「あんな役立たずの弱者などに興味はないわ。魔族にとっては力こそが正義。人間に殺される程度の奴らなど気に掛ける必要もないでしょう?」
ヴィネの言葉に凌馬は嫌悪感を露にしていた。例え敵とはいえ自分の仲間を蔑ろにするようなやつは、凌馬が一番認められない存在であった。
「貴女はフォスター家のパティシー様・・・何故ここに?」
そう声をあげたのはルドレアであった。
「簡単な話だ。こいつこそが今回の計画を画策していた張本人だよ。フォスター家の人間に成り済ましてな。」
「ご明察。」
ヴィネは笑いながら凌馬にそう答えた。
「ふんっ、よく言う。端から隠すつもりなどなかっただろうが。こんな分かりやすい構図などガキでも分かる。大方、俺ら人間になど正体がバレたところで権力使って消せば問題はない。ちょっとしたお遊び程度にしか思っていなかったんだろうが? それで本人であるパティシーってヤツはどうした?」
「勿論生きているわよ。この体だけはね?」
その言葉でヴィネの正体に感づいた凌馬は一言「サキュバスか・・・。」と告げていた。
人間に成り済ます魔物自体はそれほど珍しいものではない。
だが、本人の体をその精神ごと乗っ取るようなヤツは限られてくる。それも女性の体を狙い、それなりの知性があるヤツに当たりをつけた凌馬はヴィネの正体を看破していた。
「流石はSランク冒険者。その洞察力は大したものだけれども、ひとつだけ勘違いを訂正しておきましょう。我が名はヴィネ。サキュバスの女王にして魔王様の妃。そこらのアバズレと一緒にすることは許さないわよ。」
ヴィネは凌馬を睨み付けてそう宣言していた。
「魔王の妃だと・・・・・・。」
ヴィネの衝撃の告白により、凌馬は驚愕の表情を浮かべると今までの余裕の表情は一変していた。
「ふふふ、随分と驚いているようだけれども、漸く貴方が相手をしているのがどれ程強大なものか理解したのかしら?」
ヴィネは勝ち誇ったように凌馬へと告げていた。
凌馬はそんなヴィネの言葉も耳に入らないように、体を震わせながら自身の顔を右手で押さえていた。
「バカなっ・・・魔王とは世界を混沌に陥れる恐怖の代名詞にしてロンリーウルフな存在のはずだろ・・・? 自分以外の全てを虫けら扱いをするような、そんな斜め下から世界を眺めて中二病を拗らせてるヤツが魔王のはずだ・・・。それが姑息にもてめえの身分を利用して部下に手を出した挙げ句、妻に娶るなど───この卑怯者のリア充野郎が! 魔王をなめてんのか? お前だけはと信じていたのに・・・お前だけはこっち側の存在だと思っていたのに! この裏切り者がぁーー!」
凌馬は、怒りの籠った拳を床に叩き付けて怒髪天になっていた。
《お前の魔王に対する認識を一度問い質したいのだが?》
「お前は一体何を────。」
「黙らっしゃい!」
一方的に切れている凌馬はヴィネの発言を許さない。
凌馬はすべてに裏切られたような絶望の表情を浮かべて天を仰ぎ見ていた。
「───ああ、知っている、知っていたさ・・・。
なんか、天井を見上げて遠い目をしなが語り始めていた。
「俺は、初恋の女の子を追い掛けるように同じ高校に進学していた。彼女が薄汚い男どもの毒牙にかからないように、そっと見守るためにな《それってストーカー・・・》。彼女が入部したのはテニス部、そうリア充が蔓延るとされる魔の巣窟だったのだ。非リア充の俺にはそんな部に入る勇気も度胸もなかった。それでも、少しでも彼女に近付こうとテーブルテニスを始めることにしたんだ《いや、それ卓球・・・》。そんなある日のことだった。彼女の僅かな変化に気が付いたのは。それまでの明るい笑顔から、時折見せる彼女の何か思い詰めているような表情。そんな彼女の視線の先には、一年の頃からレギュラーを張っていたテニス部二年にしてエースの男の姿が写っていたんだ。」
古い傷に耐えるように、過去を振り返る凌馬。
「俺の嫌な予感は的中してしまった。テニス部は、去年の県大会では決勝まで進出しながらあと一歩のところで全国に手が届かなかった。それに責任を感じたその男は、女子生徒たちからの告白も断り続けてひたすら練習に明け暮れていたんだ。日が暮れて誰もいなくなった後もずっとな。そんな彼を彼女は何時までも木陰から見守り続けていたんだ・・・。何故知っていたかだって? 勿論、その男を見守る彼女を陰から見守り続けていたからさ《あっ、マジでガチなヤツだ・・・》。そして、彼女もまたやつの卑劣な魔の手にかかりそいつに告白することになってしまった。だが、それまで数多の告白を断り続けていたその男は、彼女の告白を受け入れてしまったのだった───。何故ヤツは彼女を受け入れたんだ? 部活で甲斐甲斐しく彼の世話をしていたからか? 彼女の可憐な笑顔に何時しか牽かれてしまったというのか? 否、断じて否だ! 俺は知っているぞ、彼女の告白を受けているときのヤツの視線がそのEカップに注がれていたことを!」
凌馬は魂の絶叫を上げていた。
「俺にはその男の魔の手から彼女を救うことが出来なかった───。俺に出来るのは彼女を何時までも陰から見守り続けることだけだった。」
やがて凌馬の頬を一筋の水滴が流れていた。
「パパ・・・。」『クゥーン。』『凌馬さま。』
ミウは凌馬の話がよく分からなかったのだが悲しみに浸る凌馬を慰めるように手を握り、カイとソラ、クレナイも主人の傷ついた心に同調するように声を掛けていた。
「───ありがとう、ミウ。皆も心配を掛けてしまったな。」
凌馬は少し無理をしているような笑顔をみんなに見せていた。
ナンダコレ?
あれ、こっちがおかしいのかな? 今の話に同情できるところが欠片も見つからないのだが・・・。
そもそも、さっきの話彼女視点で見れば青春イチャコララブストーリーであって、結果的にストーカー被害から免れたハッピーエンドじゃん。
つか、
「だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった・・・。いや、それも当然の報いか。大切な人一人守れなかった非力な男だったのだから・・・。」
《えっ、これまだ続けるの?》
「俺は何のために生きているんだ、そう自問自答を繰り返していた。失意のどん底に落ちた俺は、その後の高校生活になんの希望も持てなくなりただ虚しく時間だけが過ぎ去っていった。」
・・・まだ続いていた。
「三年間という無為な時を過ごした俺は、大学に進学することなく就職する道を選んだ。これ以上リア充が蔓延る場所にいることには耐えられなかった。親の反対も押し切り、社会人として新生活を迎えることになった俺の心は期待と不安に揺れ動いていた。」
凌馬は虚空を見つめる。
「新居への引っ越しの準備を終えた俺は、住み慣れた我が家に最後の別れを告げに向かったんだ。そこに待ち受ける悲劇など知る由もなく・・・。」
・
・
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「ただいま~。はぁー、やっと引っ越しが終わったよ。母さん、昼飯は~?」
凌馬は玄関を開けると、靴を脱ぎ居間へと向かっていく。
玄関にあった見慣れない女性の靴を見て少し怪訝に思ったが、誰か来客でも来ているのかとあまり気にした様子もなかった。
凌馬が居間へと入ると若い男の声が迎えた。
「兄さんお帰り。引っ越しご苦労様。」
そう言ったのは凌馬の唯一の兄弟である、弟の
「・・・・・・。」
凌馬は、弟のほうを見たまま時が止まったように動かなくなってしまった。
いや、弟が家に居ること自体は別段驚くことではない。
今年中学を卒業して、来年は凌馬の卒業した高校に入れ違いで入学する三つ年下の弟なのだ。
今は春休みで、同じ中学の同級生たちと旅行や遊びに行ったりと交友関係の広い弟を少し羨ましくも思っていたが、それでも凌馬にとっては大切な弟なのだ。
「・・・・・・。」
「こら、ちゃんと挨拶しなさい凌馬。ごめんなさいね、これがさっき話していたうちの長男の凌馬です。」
母親にそう窘められた凌馬。
「いえ、そんな・・・。お兄さん、初めまして。亮二さんとお付き合いさせていただいている
その女性は、凌馬に頭を下げながら自己紹介をする。
(お兄さん? はて、俺に妹は居なかったはずだが? おつきあい? あ~、弟はフェンシングでも始めたのか、相変わらず多趣味なやつだなぁ・・・そうかそうか、それなら納得──────)
「出来るかぁーーー!」
弟思いの凌馬にも譲れないものがあった。それは、人として───兄として───男としての矜持。それゆえ決して認めることなど出来なかったのだ。
何故なら・・・何故なら、弟の彼女は・・・・・・
「どちきしょー!!」
「兄さーーーん!」
それが、生前の凌馬が生まれ育った家に踏み入れた最後であった。
家を飛び出した凌馬はこの日を境に家族と疎遠になってしまい、その後不慮の事故で亡くなり葬式が行われるまで二度とその家を訪れることはなかったのだから。
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遂に明かされた凌馬の隠されし過去。それは、想像を絶する程の涙無しでは語られぬ哀しみに溢れた物語であった───。
《何だこの茶番?》
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