第九十四話
凌馬は目の前の光景を静かに見守っていた。
確かに、凌馬であればこの現状を覆すことが可能ではあったのだ。
皇帝の傷を癒して命を救うことが──────。
だが、それを行うことが正しいことなのかと考えると凌馬には頷くことは出来なかった。
それは、今ここで彼を助けることは皇帝が命を懸けて下した決断に水を差すことになってしまうから。
この国に対する懺悔とウィリックの・・・我が子が歩むだろう苦難の道を考えて為した行動を。
仮に皇帝が生き長らえた場合、それが元でウィリックによるこの国の治世に困難と苦渋の決断を迫る場面が訪れるかもしれない。
唯でさえ若すぎる皇帝の存在は周辺国に甘く見られ、さらには配下たちにさえ利用されかねないのだ。
この国の未来を、リリアたちの安全を考えるのならばここでただ感情のみで動くことは決して賢い選択とは言えないのだ。
そう考えるのならば、彼をこのまま死なせてやることは正しい判断だと言えるだろう。
感情の一切排除して、一人の命とこの国を天秤に掛けることができるのならば。
「ウィリックさん、退いてください!」
「ナディ?」
「インテリジェンスヒール!」
ナディは倒れている皇帝のもとに駆け寄ると、傷を癒すため魔法を使用していた。
「───凌馬さん。私は貴方の考えていることは分かっているつもりです。だがら今回の事にも口を挟む気はありませんでした。」
「・・・・・・」
ナディとて子どもではない。凌馬が何を考えてウィリックに父親と戦わせていたのかその意味を理解していた。
自分が惚れた相手なのだ。
行動や思考を、その全てを理解したいと思うのは普通の事だろう。だからこれまで凌馬の行うことを黙って見守っていたのだから。
しかし、そんな彼女にも容認できないことはある。
「多数のために少数を切り捨てる。人間を集団として考えるのなら、この人を救うことは間違っている。それも理解しているつもりです。」
それはかつての彼女が陥っていた状況であり、凌馬が認められずにその全てを覆したのだった。
「それでも、私たち一人一人にはそれぞれの人生があって、大切な人がいる人間なんです。家族が、その想いを理解して漸く一つになれるところだったのに、こんな形で引き離されるなんて私は認めない。」
「お姉ちゃん・・・」
「ナディ・・・」
それはナディが初めて見せた感情を爆発させた怒り。残酷な運命に抗う姿であった。
そう、家族を失った悲しみも一人残される者の辛さも誰より知っていたから。
その怒りはきっと、そんな運命を用意した天に対する反逆心だったのかもしれない。
(そうだったよな・・・。知ったようなことを言って全てを悟った風に考えていたが、大切なことを忘れていた───。俺たちは機械でもコンピューターでもない。意思を持った人間だ。ただ合理性や効率性だけで動くのならばそれはもう人間ですらなかったな・・・。どうやらこの国に対する責任を意識するあまりナーバスになりすぎていたのか。)
凌馬は思い出した。それがどんなに困難で愚かな行いだったとしても、自分の認められない現実ならばそんなものは
ウィリックの今後と成長を考えての事ではあったが、彼のその甘さも凌馬を説得させてみせた彼の一部だったのだ。
ならば、その欠点も武器に変えるほどの強さを持てば良い。目の前の不条理という壁をぶち破れるほどの強さを───。
凌馬のこの世界で初めてできた友なのだ。たかだか人間が考える
「うぐぅ・・・。」
「父上!」
「くっ、死なせない・・・絶対に死なせない!」
ナディの必死の魔法も、傷の治療は出来てもすでに致死量に達する大量の血を失ってしまった者を救うことは容易ではなかった。
(やはり今のナディには荷が重すぎるか───。能力が上がってきているとはいえ、つい最近までは普通の少女だったのだ。仕方がない。ナディの決意に邪魔をしてしまうのは本意ではないが、このままでは皇帝が死んでしまう。)
凌馬は決意を固めると、一歩足を踏み出そうとした。
ピカーー!
その瞬間、謁見の間を眩い光が包み込む。
その光はナディの体とウィリックの持つペンダントから放たれていた。
「何だ・・・、一体何が?」
さしもの凌馬も驚きを隠せなかった。
それは果たして幻だったのか。ナディとウィリックの周囲に光の影が集まっていくと、一人の人間の形を作っていた。
「姉・・・さん?」
ウィリックが感じ取った気配は、今はもう決して感じとることの出来ない人物のものであった。
その光の影は、ウィリックの方を向き微笑みかけたかのように一瞬思えたが、次の瞬間にはその影は必死に魔法を使用しているナディの体に重なるように吸収されていく。
「ナディ!」
その光に、悪意や害意を感じ取れなかったため凌馬は手出しが出来なかった。むしろ、そこから感じたのは優しく暖かな力であった。
それでも思わず声をあげた凌馬だったがその言葉にも反応しないナディは、意識がここには無いような目をして新たな魔法を行使し始める。
「レナトゥス!」
キィィィーーーーーン!
その魔法は凌馬ですら驚愕させるほどの効果を見せる。
土気色をした皇帝の顔色はみるみる血色を取り戻していくと、まるで何事もなかったかのように静かな呼吸を取り戻していた。
凌馬が能力を使ったとしても、ここまでの劇的な回復など無理であった。
それは、この世には存在しない蘇生魔法と言っても良いほどの効果だった。
「ハァハァ・・・。」
魔力のほとんどを使い果たしたのか、ナディは意識を失い床へと倒れようとしていた。
ガシッ!
「───よく頑張ったな、ナディ。今はゆっくりと休むんだ。」
凌馬はナディに微笑みかけながら抱き抱えると、ミウたちのいる場所まで運んでいく。
「お姉ちゃん! パパ、お姉ちゃん大丈夫なの?」
ミウが心配そうにナディの体に触れると、凌馬にそう尋ねてくる。
「ああ、心配ないよミウ。ナディは少し魔力を使いすぎただけだ。しばらく休ませれば直ぐ意識を取り戻すさ。」
床にクッションを敷くと、その上にナディの体を横たえらせた凌馬はミウの頭を撫でて落ち着かせる。
ミウはカイとソラと共にナディの近くで手を繋ぐと、心配そうに見守っていた。
「父上───、良かった・・・・・・良かった・・・。」
ウィリックは父親の体を抱き締めると、この奇跡を起こしたナディ、そしてシンディに感謝をしていた。
「姉さん・・・ずっと、見守っていてくれていたんだな。」
ペンダントを握りしめながらそう呟いたウィリック。
『ありがとう、ウィリック。それなら私はずっとウィリックの側にいて、どんなことがあっても貴方を支えていくね。約束よ!』
それは、子どものときに交わした二人の約束。
この奇跡はきっとシンディの想いと、ナディの諦めない心が生み出したものなのだろう。
奇跡などと言葉にすると安っぽく感じる者もいるかもしれないが、それは決して受け身の言葉などではないのだ。
何故なら、奇跡ってヤツはなにもしない者たちに訪れることは決してない・・・。
それはどんなにみっともなくとも、最後まで諦めずに運命なんて言葉すら否定し足掻き続けた者たちの元へと訪れる女神からの祝福なのだから───。
ナディ
聖女(生け贄)
○能力値
力 200
魔力 4000
素早さ 200
生命力 150
魔法抵抗 6000
○インテリジェンスヒール
↓
ナディ
○能力値(限界突破)
力 800
魔力 14000
素早さ 700
生命力 1000
魔法抵抗 20000
○レナトゥス・・・蘇生さえ可能とされる神話級の魔法
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