第七十四話
凌馬に懇切丁寧に説明してやったにも関わらず、忠告の言葉を歯牙にも掛けない様子に頭を押さえるウィリック。
「凌馬、確かにお前が強いことは俺たちは知っている。だが、少し慢心が過ぎないか? 相手が自分の想定以上の存在だったことを考えていないのか?」
「・・・・・・。」
ポン!
凌馬は、突然に手を打ってウィリックの言葉に頷いていた。
「あー、その可能性は失念していた。すまないウィリック。そうだったな、同じ過ちを繰り返すなどバカのやることだったな。」
「まさか本当に考えていなかったとは・・・。だが、これでお前も───。」
「そうだよな。この世界には、誰にも知られていない強者の存在が居ることを知っていたというのに、クロのような存在が相手の方にいることを想定していなかった。確かに慢心し過ぎだったな。しかし、そうなると・・・。」
凌馬は、ウィリックの言葉に納得してそう言うと考え込んでしまった。
やがて、凌馬は皆に告げる。
「すまん、前言撤回だ。相手にクロのような別格がいた場合は、俺は全く加減ができなくなる。最悪、向こうの戦力を殲滅してしまうことになるかもしれん。悪いがそこは諦めてくれ。」
『はっ?』
凌馬の言葉に付いていけない皆が、声を揃えていた。
凌馬がこちらがやられる心配をまったくしてないどころか、相手を殲滅してしまうことに対しての謝罪をしていたのだから。
「いや、俺も人を殺すことは極力避けたいと思っているんだが、もしミウやナディに危害を加える恐れのある奴が相手にいた場合は、正直俺自身自分を止められる自信が全くない。その場合───。」
凌馬にその場面が頭をよぎった瞬間、一呼吸置くと目付きが別人になり殺気を撒き散らしながら宣言した。
「俺の前に立ち塞がった奴等は、この地上から塵も残さず消し去ってしまうと思う。すまんがその場合は許してくれ。」
あまりの威圧感に反応できなかった一同の中で、唯一ウィリックだけがなんとか聞き返した。
「クロ? 一体なんのことだ?」
「ああ、俺が全力で戦っても勝てるかわからん相手だ。まあ、負けるつもりはないが、形振りも構っていられないから、周囲の被害は正直どの程度になるか全くわからん。そちらも一応対策はしておくとするよ。」
「お、お前が全力で勝てないだと・・・。」
その衝撃的な発言に、凍り付く周囲。
「凌馬様の他にも同じ力を持った人が居るのですか?」
「もしかすると複数かもな。ただ、もし向こうにそんな奴がいたとして、魔族程度に操られるとは到底思えないから、最悪の場合として考えるだけだ。あのハルファス程度の雑魚が幹部扱いされているから、その可能性は相当低いがな。」
あの強敵であったヴァンパイアが雑魚呼ばわりされ、あれを遥かに凌ぐ相手がいることにも驚愕してしまうウィリックたち。
「だが、ウィリックの言うとおり可能性はゼロではない。正直、伝説の魔物やらヴァンパイア最強やら肩書きだけの奴等ばかりだったから、危機感が薄れていたよ。反省せんとな。」
凌馬は一人でなにか納得していた。
しかし、凌馬の呟いた単語に反応を示した人物がいた。
「伝説の魔物・・・、凌馬殿、ひとつ尋ねたいのだがシュリオン聖教皇国での騒動について何か知っていることはないか? 噂話で封印された魔物が甦ったという話があるのだ。何分証拠もない話で、皇国側にもその事実を問い合わせたのだがはっきりとした返答がないのだ。だが、市井の間ではまことしやかに噂されているようでな。」
コーネストは凌馬に問い掛けた。
「ああ、ヤマタノオロチだろ。それは事実だぞ。あのタヌキ国王、周辺の国にはすっとぼけることにしたのか。まあ、被害も殆どないし、証拠となる死体も塵も残さず消滅させたからな。あいつにとっては都合がよかったようだな。さすがは一国の国王だ。なかなか腹黒いやつだ。」
凌馬は一人感心していたが、周りの人間たちはそれどころではなかった。
「ヤマタノオロチ、まさかあの話は本当だったのか?」
「伝説の魔物が復活したら街一つくらい消し飛んでいると言われたら、その通りだと納得するしかなかったし、冒険者ギルドからも功績を称えるような出来事もなかったから、てっきり只の噂話にしか過ぎないと思っていたのだが。」
「というか、凌馬様が倒したのですか?」
コーネスト、ジュリクス、アメリーナがそれぞれに声を上げる。
ブライアスたち流星旅団もその魔物の名前は知っていた。
何故なら、奴はもともと海の向こうにあるジャーポという島国から海を渡ってきて、ヘブリッジ連邦が誕生する前の小さな国々はやつによって滅ぼされたと伝えられていたのだから。
戦いには、聖女ミネルバのほか、ジャーポや滅ぼされた国々からも人々が集まって共闘したという話はヘブリッジでも語られていた。
「凌馬、お前がその手の嘘をいう奴ではないことは知っているが、それでも俄には信じられない。」
「別に信じてもらわなくても構わん。俺はただナディを救いたかっただけだからな。それに、あの教会の腐った連中も許せなかったし。今頃はあの世で反省しているかな。」
凌馬の不吉な台詞に、ウィリックが聞く。
「お前まさか、教会の人たちを───。」
皆殺しにしてきたのかと続けようとしたところ、凌馬が先に答える。
「俺じゃなくクロがやったんだがな。それでも、俺も正直奴の行動が間違いだとは言うことは出来ないが。」
またしても、クロという名が登場してウィリックは尋ねた。
「そもそも、そのクロって奴とお前どういう関係なんだよ。」
「さあな、俺にも良くわからん。だが、アイツだけは認めるわけにはいかないんだ。奴とは、いずれ何処かで決着を着けることになるだろう。出来れば周辺に影響が出ないような場所で戦いたいと思っている。ヤマタノオロチの時とは比較にならん被害が出るのは確実だしな。」
国を容易く滅ぼす魔物との戦いよりも、遥かに被害が大きくなるなど、そんな戦いをこの国でやられてはどれだけの犠牲者が出るかわからない事態であった。
ゴクリ───。
皆が唾を飲み込む音だけが響く。
「だが、さっきも言ったようにあくまでも最悪な可能性の場合だ。ヤツすら操る力がある者がいるなら、こそこそ隠れて画策する必要なんてないだろうしな。それに、そんな奴が本当にいたら・・・・・・、この世界はいつ滅んでもおかしくない状況だ。そんな化物を止められる者がこの世界に居るとは考えにくいし・・・俺も含めてな。」
凌馬はそう結論付けた。
だが、凌馬はこの時知る由もなかった。
その最悪の可能性の存在を───。
取り敢えず一通りの話を聞いた凌馬とウィリックたちは、ジュリクスの館から出るとミウたちの待つテントへと帰っていった。
アメリーナたち帝国の重要人物たちは残って協議をしていた。
「彼の話は本当なのでしょうか。」
コーネストがそう溢す。
「確かに俄には信じられないのも無理はありません。凌馬様の力を前にした私でも、信じられない・・・いえ、信じたくないと言うのが本音でしょうね。それでも、私たちは常に最悪を想定して行動をしなくてはなりません。」
「そうですね、アメリーナ様。幸いなことに、凌馬殿の話では今回その手練れの存在の可能性は低いようですし、それにしても彼の力はどうやらわれわれの想像を凌駕しているようですね。敵でなくて本当に良かった。」
ジュリクスが心底そう感じていた。
彼が敵側にいたならば、どんなことをしても到底抗えそうになかった。
「ええ、それは本当に幸運でした。元はユーフィーと彼の娘であるミウちゃんが知り合ったのが切っ掛けのようでしたし。ブライアスには本当に感謝しています。」
「いえ、私たちの力が及ばないばかりに申し訳ありません。」
ブライアスはアメリーナに頭を下げていた。
「頭を上げて、ブライアス。あなたの責ではありません。誰も、このような人外同士の戦いになるなどと思ってもいなかったのですから。」
アメリーナの言葉に、誰も答えることができなかった。
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