第七十五話
─ヴァレール家領地、領主の街まで二十キロ地点─
「やれやれ、ようやくここまで来れたか。全く、たかが国内のゴタゴタごときに俺様が出張らにゃならんとはな。しかも、いち領地を潰すためにとは、俺は強敵と戦いたいだけなんだがな。」
「そんなに不満なら、今のうちに引き返してもいいんだぜ。この程度の相手、俺一人で十分だとは思っていたんだ。」
彼らは、今回の討伐隊を任された
本来、冒険者が軍隊を指揮することなど異例だったのだが、上層部が認めた特例により実現していた。
「ふんっ! そんなこと言って、一人だけあのお方に良いところを見せようって算段なんだろうが。そうはさせんぞ。あのお方の心を射止めるのは俺様だ。」
「そいつはどうかな? 戦いだけしか興味のない奴に、あの方が靡くとは思えんがな。女性を射止めるのは、力だけじゃなく容姿や頭、気遣いが重要なんだよ。」
「なに言ってやがる。女は力こそが全てなんだよ。結局、強い男に惹かれるものなのさ。お前のような戯れ言は力のない男の逃げ口上なんだよ。その証拠に女たちは皆、俺の戦いの話に釘付けだぜ。」
「あー、はいはい。頭も尻も軽い女どもの話な。それなら納得だが、あのお方をそんな安い女たちと一緒にするんじゃねえよ。」
「ちっ!」
流石にそう言われては、その言葉を否定することの出来ないアルノルトであった。
「あのー、お二人ともあまり喧嘩は・・・。」
「ああ? こんなもん別に喧嘩じゃねえよ。」
「そうそう、これはいわゆるコミュニケーションの一環だ。」
彼らの言い争いに口を挟んだAランク冒険者。
「はぁ。それにしても彼らはあれで良かったんですか? 一応この国の兵士たちなんですが・・・。」
彼は途中で遭遇した、先遣部隊の三千の兵士たちの処遇について尋ねていた。
「ふん、そんなもの気にする必要はねえよ。あの方の期待にも応えられずに、むざむざやられた上に見逃されるような情けないやつらなんぞ。」
「そうそう、役立たずならばせめて俺たちの邪魔をしないことが唯一出来ることだ。それに、一応治療はしてやったんだ。帰還ぐらい自分達でやってもらわないと。」
アルノルトとヨルクは容赦なくそう答えた。
「全くだぜ。余計な時間をとらされた上に、尻拭いも俺たちがやるんだ。俺だったら情けなくて自殺を選ぶね。」
「そう言ってやるなよ。やつらの相手をした奴は、かなりの実力者らしいしな。それに、なにやら面白い能力も持っているようだし。彼らには荷が勝ち過ぎたってことだろうよ。」
Aランク冒険者はもうなにも言えなかった。
「それにしても、件の男はどうする? 俺様が担当してもいいんだが・・・。」
「いや、ユニークな能力のようだし、素早く片付けるなら俺の方が適任だろ?」
アルノルトとヨルクの間で、視線がぶつかり合う。
そして二人は徐に向き合うと、手を出し合った。
「イエーイ、俺の勝ちー!」
「汚ねえ。今まで右手だったのに、左手に変えたな!」
「はんっ! お前が俺の手の動きで、出すものを予測していたことくらい想定済みだ。頭を使ったんだよ、お前の言うようにな。」
「ぐぬぬぬぬ!」
じゃんけんの結果、勝者はアルノルトとなり先遣隊を倒した男の相手は彼がすることとなった。
「あの~、手強そうな相手なら全員で掛かれば・・・。」
その発言の瞬間、空気が凍り付く。
「すみません、アルノルトさん、ヨルクさん。こいつまだ昇格したばかりでなにもわかってなくて。」
「全く、Aランクにもなってその様とはな。いいか、俺たち最高峰の冒険者が複数で一人の男をボコるなんてそんなみっともない真似が出来ると思うか? お前もランクAにまでなったんなら、戦いかたというやつも少しは考えろ。」
「すみませんでした。」
アルノルトとヨルクはやれやれといったように、首を振っていた。
「まあいい、とっとと今回の仕事を片付けるぞお前ら!」
「そうだ、あのお方のために!」
『あのお方のために!』
彼ら冒険者たちは、誰一人として気付いていなかった。
自分達の思考も、善悪も、行動すら全てたったひとりに操られたものであるなどと。
そして、これから自らに降りかかる悪夢のような時間が待っていることには。
彼らの運命は、既にこの時には決定していたというのに───。
─ヴァレール家、領主の街─
「うん? なんだあれは?」
「おい、この街の壁はこんなに高かったか?」
遠くに見え始めた街の外観を見て、違和感を覚えたアルノルトとヨルク。
「い、いえ、この街にこんな高い壁はなかったはずです。それにあの高さは帝都と同じくらいありますよ。そんなのあり得ません。」
二人に問い掛けられた兵士は、驚愕をしながらもそう答えた。
「ふん、どうやら随分と多芸な奴みたいだな。」
「やはり件の男の仕業か。油断するなよアルノルト。他にどんな能力を隠しているかわからんぞ。」
「分かっている。だがな、喰らわなければどうということもあるまい?」
アルノルトは不敵にそう答えた。
「アルノルトさん、ヨルクさん。何かが街の周りで待ち構えています。あれは───。」
「人間? なのか・・・。何やら珍妙な格好をした者たちです。」
冒険者たちの報告に、アルノルトとヨルクは目を凝らしてそちらを見る。
すると、報告通りなにやら全身が黒く染まった服を着たものたちが、こちらの数と同等数待ち構えていた。
「なんだありゃ? 人間にしては妙な感じだ。」
「ああ、なにか違和感がある。ちっ、だがあの数はめんどくさそうだな。」
ヨルクは舌打ちをしながらそう言った。
「あの程度敵じゃねえよ。俺は男を、お前は他の冒険者たちと共にあいつらの相手をしてくれ。兵士どもは街を落としたあとに色々必要になる。なるべく数は減したくねぇ。」
アルノルトは街を落としたあとの事後処理を考えて、兵士たちには待機を命令した。
街の近くまで近付いたアルノルトたちは、その珍妙な集団を見て少し引いていた。
「なんだやつらの格好は? 変態どもか?」
「良くわからん。良くわからんのだがあまり近付きたくはない奴等だな。」
なにか本能的に、近寄りがたい雰囲気を放っている集団で何やら『イー、イー。』と口にしていた。
「しかし、やつらの頭の姿が見えないな。隠れているのか?」
「もしかしたら俺たちに気が付いて、こいつらを囮に逃げたのかもな。しょうがない、先にこいつらを片付けるか。」
「隠れていたなら何れ見つかるか。それじゃあ、俺とお前で三千ほど担当するか。お前たち十人で二千だ。一人頭二百、行けるな?」
『任せてください。楽勝ですよ。』
アルノルトたちは、黒ずくめの者たちに攻撃を開始しようとする。
「それは困るな。こいつらには兵士たちの相手をしてもらう予定なんでな。お前らは俺が相手をしよう。」
突然にそう声をかけられた冒険者たち。
その瞬間、黒ずくめの者たちは左右に別れ道が出来ると、そこから一人の男が歩きながらこちらに向かってきた。
「何だ。逃げたんじゃなかったのか? お前が先遣隊をやった男だな? 雰囲気でわかるぞ。なかなかの腕を持っていそうだな。」
舌舐めずりをするアルノルト。
この男を見た瞬間に、ただ者ではない気配を感じ取っていた。
どうやら退屈をしなくて済みそうだと、上機嫌になっていたアルノルトだった。
凌馬はアルノルトの問には答えずに、上空を偵察していた使い魔を見て不敵に笑っていた。
─帝都─
ガタッ!
ひとりしかいないその部屋で、椅子の鳴る音が響いていた。
「あの男は・・・シュリオン聖教皇国から来たランクS冒険者の男! 奴がこの街にいるはずは───。」
ヴィネは直ぐにやつを見張っているはずの使い魔と接続する。
しかし、その街に彼の姿はなく、使い魔はただ宿の方を見ているだけだった。
「お、おのれ~、人間風情がこの私を謀ったのか!」
ヴィネは凌馬の姿を見て、激昂していた。
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