第六十六話
「おい、首尾はどうだ?」
「問題はないですぜ。避難民はこの先に居ます。」
「討伐隊の奴らはどうしたんだ? もうとっくに追い付いても良い頃じゃないか。」
少し離れた森の中から、避難民を監視している男たちがいた。
「それが数名が討伐隊の足止めに残っているという報告がありました。」
「たかが数人で討伐隊の足止めなど出来るわけないだろ。ちっ、早くしないとやつらに逃げられちまう。折角の稼ぎ時だっていうのに。」
リーダーの男は愚痴を溢していた。
彼らは普段は盗賊業を生業としていたが、今回ヴァレール家の粛清の情報を掴むと大儲けのチャンスと考えた。
粛清される人間がどうなろうと国は関知しない。
それならば、女・子どもなどは奴隷にして好きに出来る上、殺されたやつらの所持品も奪い放題であった。
兵士たちと戦う危険な役目は討伐隊にやってもらい、自分達はハゲ鷹のように美味しいとこだけ貰っていこうという算段であった。
「お前たちは一旦戻って討伐隊を監視している仲間の所へ行ってこい。こんなチャンスみすみす逃せるかっていうんだ。」
「分かりました。」
数名の男たちが、討伐隊の偵察している仲間の元に戻ることになった。
─ウィリック─
「たしかこの辺りのはずだ。おーい、リリア。居たら返事をしろ!」
しかし、いくら呼び掛けても返事が帰ってくることはなかった。
ウィリックは森の方を見て思案していた。
(まさか、この森に入っていったんじゃないだろうな・・・。)
ウィリックは僅かに躊躇ったが、馬から降りると森の中へと走り出していった。
「リリアー! リリアー!」
しばらく森の中を捜索していたウィリック。
すると遠くから微かに人の声が聞こえた気がした。
「──マ~、ママ~。」
ウィリックが耳を澄ませると、遠くの方から子どもの叫んでいる声が聞こえてきた。
(向こうか!)
ウィリックが一目散に駆け出していく。
ガサガサガサ──────。
「きゃっ!」
茂みをかき分けて進んだその先には、捜していた少女の姿があった。
「おまえ、こんなところでなにやってんだ! 討伐隊のやつらがこっちに向かってきてみんな避難したんだぞ。お前の母親も心配して必死に捜していたっていうのに。」
「ひっく、ごめんなさい。」
ウィリックが声を荒げて責めたことで、少女がたまらず泣き出してしまった。
「はあー、まあいい。取り敢えず直ぐに戻るぞ。いつ討伐隊のやつらが来てもおかしくないんだからな。」
ため息をこぼしたウィリックであったが、とにかく早くこの場を離れなくてはと思いリリアにそう声をかける。
ガサガサガサ。
しかし、ウィリックがリリアに近付こうとしたとき、邪魔者が間に入ってきてしまう。
「ちっ、何だ。ガキどもだけかよ。折角の獲物だと思ったのに。」
「まあ良いじゃねえか。男には用はないが、こっちのガキなら変態の金持ちに高く買って貰えるかもかも知れねえ。」
現れたのは、柄の悪そうな二人組の男たちであった。
「いや、はなして!」
彼らはリリアを捕らえると、ウィリックの方を見る。
「なんだお前たちは? その子を放せ!」
「お、お兄ちゃん───。」
リリアは恐怖で体がすくんでしまっていた。
「あー? このガキ。俺たちに逆らおうってのか。」
「お前たちはヴァレール家の領民どもだろうが。お前たちはもう国から見捨てられた存在なんだよ。ならば、俺たちがお前らを活用してやろうっていうんだ。感謝くらいはしてもらわんとな?」
男たちはウィリックにそう告げた。
「ふざけるな! そんな横暴が許されると思っているのか!」
ウィリックは剣を抜くと、男たちに向けて突き付ける。
「ほう、その剣はなかなか高そうな良い剣じゃないか。」
「お前には勿体ないものだな。おまえを殺して俺が有効利用してやるよ。」
にやにやと笑いながら、ウィリックを見ている男たち。
ガブ!
「いってー、このくそガキが噛みやがったな!」
「っ!」
リリアは、ウィリックを守ろうと捕らえていた男の腕に噛みついていた。
「よっ、よせ!」
ドスッ!
たまらずリリアを離した男は、苛立たしげに蹴り飛ばすとリリアの体は宙を舞っていた。
ガシッ!
地面に叩きつけられる前にリリアの体を受け止めたウィリック。
「おいっ! しっかりしろ! くそっ、なんでこんな無茶な真似をしたんだ。」
「ごほっ・・・、お、お兄ちゃん。」
「よせ、しゃべるんじゃない。」
ウィリックが制止するが、リリアは震える手でそれをウィリックに見せる。
「こ・・・これ。」
それはリリアが森の中を探し回り、今まで決して手放さない様にしていた一輪の白い花であった。
「この花は───。」
リリアの手から花を受け取ったウィリック。
その花は、シンディから譲り受けたペンダントに付いている花の飾りと同じものであった。
「わたし・・・、お兄ちゃんに・・・何も返せるもの・・・ないから・・・これ・・・お兄ちゃんにあげようと思って・・・。」
「おまえ・・・、そんなことのために───。」
その花を見たウィリックの脳裏には、ずっと昔の出来事がフラッシュバックのように甦ってくる。
・
・
・
『お姉ちゃーん、待ってよー!』
『もう、しょうがないなーウィリックは。ほら、こっちにいらっしゃい。』
それはまだ小さかった頃。
ウィリックとシンディが、皇族のみに立ち入りを許されている自然に囲まれた一画に遊びに行ったときのことであった。
『お姉ちゃん、何処にいくの?』
『うふふ、私だけの秘密の場所よ。ウィリックにだけは特別に教えて上げる。』
シンディはウィリックと手を繋ぐと森の中を歩いていく。
しばらくすると、森の木々が無くなり空からは太陽の光が降り注いでその空間を照らし出している場所が現れる。
そこには様々な草花が咲き乱れており、中央の一帯には白い花が咲き誇っていた。
『うわあ、すごく綺麗なところだねお姉ちゃん。』
『そうでしょう。ウィリックにも見せて上げたいと思ってつれてきたのよ。私一人じゃ勿体ないもの。』
そこはまるで楽園のような場所であった。
天国があるとするならば、こんなところだろうと思わせるほどの。
『ほら、ウィリック。こっちに来て。』
『なに、お姉ちゃん。』
ウィリックは姉に促されるように中央に咲く白い花の場所に案内をされる。
『この白い花よ。』
『この花がどうしたの?』
シンディはその花を宝物のように見つめていた。
『この花の名前知ってる?』
『んーん、知らない。』
ウィリックは首を振ってそう姉に答えた。
『これはね、リュミエという名前の花よ。』
『リュミエ。』
姉にそう説明をされたウィリックは、リュミエの花を見る。
『花にはそれぞれ花言葉というものがあるんだけど、リュミエの花の花言葉は─
シンディはウィリックに自分の夢を語っていた。
『じゃあ、僕が皇帝になったら国中にこの花を咲かせるよ。それで、みんなが幸せになれる国にしてみせる。』
『本当!』
『うん。お姉ちゃんの願いは僕が叶えて上げる。』
ウィリックはそう姉に笑顔で答えていた。
『ありがとう、ウィリック。それなら私はずっとウィリックの側にいて、どんなことがあっても貴方を支えていくね。約束よ!』
『うん、約束。』
二人は指切りをすると、シンディはウィリックに抱き付いておでこにキスをしていた。
『ふふふ。』
『えへへ。』
二人はそうして時間の経つのを忘れるように、リュミエの花をずっと見つめていたのだった。
・
・
・
(そうだ・・・、なんで今まで忘れていたんだ? このペンダント───。もしかして姉さんはずっと覚えていたのか? あんな子どもの頃の他愛もない約束のことを。だから、このペンダントを俺に託したっていうのか───。)
ウィリックはようやく思い出したのだった。
過去に交わしたシンディとの、決して違えることの出来ないその約束を───。
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