第六十七話

「俺はなんて大バカ野郎なんだ・・・。こんな大事なことを今の今まで忘れていたなんて・・・。これじゃあ父上や母上に見限られてもしょうがないだろうが───。」

 ウィリックは己の愚かさに、自分自身に対して憤慨していた。


「ウィリック様っ!」

 そんな状況に、飛び込んできたのはルドレアであった。


「これは・・・、貴様ら! よくも───。」

 その光景を見て何があったのかを悟ると、ルドレアは剣を抜きながら男たちへと斬りかかろうとする。


「止めろルドレア!」

 ウィリックは怒鳴るようにしてそう叫ぶ。

「ウィリック様?」

 ルドレアは、なぜ止められたのか分からなかったがウィリックの指示に従うように動きを止める。


「ルドレア、この子の事を頼む。」

「はっ、はい。」

 ルドレアは、ウィリックから傷に障らぬよう慎重にリリアのことを託されると介抱を始める。


 リリアを預けたウィリックは、ゆっくりと歩きながら男たちに問い掛けていた。

「お前ら、なぜこんなことをする? 罪のない者を傷付けて、何も感じないのか?」


「ぎゃははははは。なんだそれは。正義の味方気取りか? バカが。」

「別に何も感じないなぁ。それと罪がないと言ったが、お前らは国に捨てられた存在だ。国に楯突いたお前らは、罪人なんだよ。それをどうしようが俺らの勝手だ。恨みごとを言うならここの領主にするんだな。平民は黙って、国の言うとおりに従うのが役割なんだからな。」

 男の言葉にハッとするウィリック。


 それはかつて、自分が凌馬に対して言い放った言葉と同じであった。

 ウィリックは、まるで過去の自分が写し出された鏡を見ているような錯覚に落ちていった。


(そうか。俺もこいつらと同類だったんだな。)

 ドゴッ!

 ウィリックは己の額を拳で打ち付けると、血を流しながら男たちを睨み付けていた。


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『ねえウィリック、貴方にお願いがあるの。この先、私にもしものことがあったら、お父様のことを支えてあげてほしいの。そして、一緒にこの国の誰もが理不尽に苦しむことのない、みんなが笑いながら幸せに暮らせるそんな国を作っていってほしいの。お願い───。』


『俺には無理だよ姉さん。才能もなんの力もない俺なんかより、姉さんの方がずっと向いてるじゃないか。みんなもそれを望んでいる・・・。それに、父上は強い人だし俺なんか居なくたって大丈夫だよ。』


 ウィリックがそう答えるが、シンディは静かに首を振っていた。

『ウィリック、こっちにいらっしゃい。』

 シンディの手招きに、おずおずとした様子で近付いていくウィリック。


 ギュッ!

 シンディはウィリックをベッドへと座るように促すと、抱きしめながら頭を撫でていた。


『貴方はきっと他のだれよりも、お父様よりも皇帝に、人々を導くことに向いているわ。貴方には、その才能がある。今はまだ気付けていないだけ。』

 シンディの言葉に何も答えられなかったウィリック。


『それに、お父様は本当は弱い人だから。私がいなくなったあとが心配なの。』

『いなくなるとかそんなこと言うなよ。大丈夫だよ、もうすぐ薬も用意されて姉さんの体だって良くなるさ。』


 シンディはウィリックのおでこにキスをすると、微笑みかけていた。

『お願いね、ウィリック。』


 結局、ウィリックはシンディの願いに答えることが出来なかった。


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 ・

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「確かに俺はバカ野郎だったよ。大切な人との約束すら忘れ、姉さんの最期の願いにすら答えられず、自分自身に悲観してただ逃げ回るだけの卑怯ものだった。」

 ウィリックは剣を拾うと、男たちへと向ける。


「俺はいつも気が付くのが遅すぎる。分かっているさ・・・。本当は姉さんが俺を励ますために、才能があるなどと嘘をついていたことくらい───。俺が歴代の皇帝となる者たちの中で最低の落ちこぼれだってことくらいな。それでも───、だからこそ! 姉さんとの最初で最後のこの約束だけは破るわけにはいかないんだ。もう二度と何人にも、俺の守るべき無辜の民を傷付けさせはしない。この花に誓ってな!」


(姉さん、今度こそ約束するよ。俺はもう逃げない。この国の人々からも、そして父上の暴走は俺が止めてみせる!)

 ウィリックの表情は、これまでとは打って変わって覚悟を決めた者の強い決意を表していた。


(シンディ、見ている? 貴女の言った通り、ウィリック様が帰ってきたよ。貴女がずっと信じていた、あの優しかったウィリック様が───。)

 ルドレアは込み上げてくる涙をこらえながら、ウィリックのその後ろ姿を見つめていた。


 親友のシンディがいつも嬉しそうに語って聞かせてくれたウィリックの話。

 シンディは、成長するにつれてウィリックが自分の才能を悲観して、また姉である自分にコンプレックスを感じて疎遠になっていることを悲しんでいた。


 だが、シンディは信じていた。弟の事を。自分には才能がないとシンディより劣っていると思っているようだったが、そんな事はなかった。


 シンディは知っていたのだ。彼には、そんなものよりももっと大切なものを持っていることを。

 それこそが、人を導く上で大切なものであることを───。



「さっきから何を訳の分からないことを言っている。」

「俺たち二人に、貴様ごときが勝てるとでも思っているのか?」

 二人組の男たちは、ウィリックに剣を向けると見下すように語っていた。


「確かに俺の剣の腕は平凡だよ。おまけに稽古も真剣に受けていなかったからな。だがそれがなんだというんだ? お前らのような卑怯者のクズ野郎どもの相手には、俺のようななまくらな腕が相応しいだろう?」

 ウィリックは剣を構える。


「ほざいたな小僧!」

「なら望み通りにしてやろうぜ。」

 男たちはウィリックを挟み込むように移動する。


「いくぞ!」

 ウィリックは、挟み込まれる前に片方の男の方へと斬りかかる。


「ちぃ!」

 ウィリックの攻撃を受け止めた男は、フェイントを入れてウィリックを翻弄しようとする。


「はぁー!」

 しかし、ウィリックは相手のフェイントの一切を無視をして、斬られても構わないというように突進する。


 ザシュッ!

「ぐわあああー!」

 ウィリックに腕を斬られた男は剣を取り落としてしまう。


「バカな! お前には恐怖というものがないのか?」

 ウィリックの捨て身ともいえる攻撃を見て、もう一方の男が問い掛けていた。


「恐怖か・・・、そうだな。今の俺がもっとも恐れているのは、今までのような死んだように生きていた過去の自分に戻ることだろうな。それに比べたら、剣で斬られて死ぬぐらいなんてことないだろう?」

 ウィリックの言葉が本心であると、男は理解させられてしまう。


「お、おまえ、狂ってやがる───。」

 たかが、十数年しか生きていない少年に男たちはその狂気に触れて恐れを感じてしまう。


「どうした、俺を殺すんじゃないのか? 俺は構わないぞ。 但し、死んでも貴様らだけは確実に殺してやる。お前らにはもうだれも傷付けさせはしない。」

「うっ。」


 ウィリックの威圧感に、体が勝手に後ろへ下がってしまう。

「うおおおおお!」

「や、止めろ! もうおまえたちからは手を引く。」

 ガンガン!ガンガン!ザシュッ!


「ぎゃあああああ! 痛え、痛えよぉ!」

 地面に転がり、痛みに悶えている二人の男。


「そんなに痛いか? だがな、リリアの方がもっと痛かったぞ!」

 ウィリックは剣で狙いを定めると、男の心臓目掛けて振り下ろす。


 ガシッ!

 しかし、すんでのところで腕を捕まれて動きを止められてしまう。


「もういい。こんなやつらにおまえの手を汚す価値すらない。」

 その場に現れたのは、討伐隊を蹂躙し終えた凌馬であった。

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