第30話
凌馬の発言に、その場の緊張が高まっていた。
「言わせておけば・・・。」
「止めろ! 凌馬と言ったな。確かに、お前の言わんとすることも分かるが、こちらとしても教会の命を受けている。はいそれではと言うわけにもいかない。それは、分かってもらえるかな。」
ギルが周りを落ち着かせると、凌馬にそう語りかけてきた。
「まあ、そうだろうな。それで、そこのお前。お前はナディの顔を知っていたようだが、護衛をしていた一人と言うわけか?」
凌馬が、ナディの面通しをした兵士の一人に話し掛ける。
「あ、ああ。」
兵士は、動揺しながらも頷いて答えた。
「お前は護衛対象を見捨てて、一人で逃げ帰ったわけか。ナディは、魔物の群れに囲まれていてあのままではとても助からなかっただろう。それは理解しているな。」
凌馬の目が厳しいそれに変わっていく。
兵士が答え辛そうに頷いていた。
「そうか、理解しているか。それじゃあ、お前の命と引き換えにするなら考えても良いぞ。」
凌馬が大したこと無い風に、とんでもないことを告げてきた。
「えっ?」
「どうした? 命に報いるには命しかないだろう。自分でできないのならば俺が手伝ってやろうか?」
凌馬は日本刀を抜き放つと、兵士に近づいていく。
「な、何を・・・。」
兵士が凌馬から離れるように後退る。
「おい、止めろ。」
ギルが慌てて凌馬の前に立ち塞がる。
カチャ、シュッ!
瞬間、凌馬の刀がギルの首筋に当てられて止まっていた。
あまりの早さに、誰も動くどころか認識すら出来ていなかった。
「りょ、凌馬さん!」
ナディが凌馬の行動を止めようとするが、凌馬はギルを睨み付けたまま刀を引くことはなかった。
やがて、後ろにいた兵士たちも凌馬に対して対処しようと剣を抜こうとする。
「この程度、俺一人で十秒も掛からん。カイとソラは馬車に下がっていてくれ。」
凌馬が突然声を上げると、兵士たちの後ろには三メートルを越えるオオカミたちが『グルルルルル!』と唸り声をあげて、今にも飛び掛かろうとしていたのに気付き後退りする。
「ひぃぃぃ!」
兵士たちがカイとソラに剣を向けるも、ふたりは意に介した様子もなく凌馬の方へと戻っていく。
カイとソラは、馬車の近くに戻るも眼光は鋭く兵士たちを捉えて何時でも襲い掛かれるように身構えていた。
「さてと、まさか手加減した刀にすら反応できないとはいささか予定外だったが、しかしこの程度の腕であんな大言壮語を語れるとは尊敬するよ。」
ギルは反論しようにも、いつその刀で首を切られるか分からないため反応できなかった。
凌馬は刀を鞘に納めるとギルへと告げる。
「ナディは、俺たちが責任をもって皇都に連れていく。お前たちは、雇い主にそう伝えておけ。」
凌馬は、ナディを連れて馬車へと戻る。
「貴様、教会に対してこのような事をしてただで済むと思っているのか?」
「実力で勝てないから今度は教会の力でか? 面白い。ランクS冒険者、如月凌馬に対して敵対するというのだな。お前たちの宣言は、教会が俺の敵に回ると受け取って良いのだな。了解した。」
凌馬はギルにそう告げて、ギルたちを無視すると馬車へと乗り込んだ。
「ラ、ランクS冒険者・・・。」
兵士たちは、凌馬が世界に二十人も居ないとされるランクSの冒険者だと知り、どうすれば良いのかと頭を抱えていた。
「退くぞ!」
ギルは兵士たちに告げると、馬たちを走らせて皇都へと引き返していった。
ランクSとなると自分達では手に負えない。どころか、下手に手を出して教会に不利益を与えては自分達の身が危なくなってくる。
一旦退いて、教会からの指示を仰ぐ事にしたのだった。
「ナディ、ごめんな。教会に対してあんな態度取ってしまって。ナディには迷惑をかけてしまったな。」
凌馬がナディに謝罪する。
「いえ、私も凌馬さんと皇都に行きたいと思っていましたから。一度見捨てられた人たちを、直ぐに信じることは私も出来ませんでしたし。それに、ミウちゃんとももう少し一緒に居たかったので。」
ナディが笑顔でそう答えてくれて、凌馬も少し罪悪感が消えていった。
「まあ、これでもう邪魔は入らないだろう。ムラサキ、一応警戒レベルは高めておいてくれ。無いとは思うが、暴走しないとも限らないからな。」
「了解しました。」
ムラサキがそう答えて、『ワン!』とカイとソラも返事をしてくれたので「ふたりも頼むな。」と言って頭を撫でる。
そうして、馬車は再び走り出した。
「それにしても、凌馬さんってランクSの冒険者だったんですね。なんかあまりそんな風に見えなくって、いろいろと失礼をしてしまいました。」
「気にしなくて良いですよ。俺も言わなかったですし、それに、なったのはつい最近の事なんですよ。」
ナディが謝ってきたが、凌馬は元々冒険者ランクにはあまり興味がなかったのでそう告げていた。
(まあ、今回のようなやつらを引き下がらせるのには使えたからな。ギルド長には感謝だな。)
ようやく、ギルド長の努力が認められた瞬間であった。
「ところでナディの用事って教会関係だったんだな。もしかして、シスターにでもなるのか?」
凌馬は気にしていたナディの皇都での事について、折角なので聞くことにした。
「ええ、まあ教会での仕事みたいなものです。」
「なるほど・・・。」
(シスターって結婚とか出来るんだっけか? いや、ナディのような可愛い子が恋愛もできないなんて間違っている。きっと大丈夫だ。)
何が大丈夫なのか分からなかったが、凌馬はなにやら将来の計画を立てているようだった。
そんな話をしていると、ミウが退屈だったのかコクリコクリとしながら、ナディに体を預けるようにして寝入ってしまった。
「退屈させちゃったかな。ミウちゃんには悪いことをしましたね。」
そう言って、ナディはミウに膝枕をして頭を撫で始めていた。
その光景を、誰かさんが羨ましそうに見ていたことは内緒であった。
凌馬はミウのことをナディに任せると、馬車の屋根に上り煩悩を払うように頭を冷やすことにした。
(はぁ、しかし、どうやら聖教教会とやらもあまり良いところだとは思えないな。ああいった輩を取り締まれないようでは、組織として終わっている。ミウの母親を見つけたら、教会からナディを連れ出せないかな?)
凌馬は、教会関係者が聞いたら間違いなく激怒しそうなことを考えながら、ゆっくりと流れていく景色を見ていた。
凌馬としては、ミウもナディになついているので出来ればこのまま一緒に旅を続けたかった。
(宗教ってのは厄介だからな。信仰心を変えることは、生半可なことでは出来ないし・・・。)
地球にいた頃から凌馬は、宗教というものにあまり良い印象は持っていなかった。
もちろん、個人の信仰についてとやかく言うことはなかったが、知り合いに宗教勧誘をしつこくされて辟易としていた時期があった。
その上、宗教間の戦争をネットやテレビで毎日のように目にして、正義という名目で人殺しをさせるために教義を利用する指導者たちにも疑問を持っていた。
凌馬にとって、教義に人の意思が僅かでも介在してしまったらそれはもう別の何かだとの考えを持っている。
結局は、善悪を自分で考えて判断を出来なければそれは誰かにただ流されているに過ぎないのだと。
(そういえば、神様ってのは意外と気さくなじいちゃんだったな。折角だから、地球の宗教についてどう思っているかなにか聞いてみればよかったな。)
凌馬は、今更ながらにちょっとだけ後悔をしていた。
「ミウ、夕飯出来たぞ。」
「ふぁーー。あれナディお姉ちゃん?」
「おはようミウちゃん。」
ナディはそんなミウを微笑みながら見ていた。
あのあと、野営場所に着くまでずっとナディの膝で寝ていたミウ(べ、別に羨ましくなんかないぞ。)。凌馬が夕食の支度が終わるまでそのままでいさせて上げたいとナディにお願いしたのだった。
ナディも快く引き受けてくれ、今まで馬車の中でミウの頭を撫でながらカイとソラと共に見守っていたのだった。
まるで、本当の親子のような絵がそこにはあった。
「ナディもありがとうな。ミウ?」
「ナディお姉ちゃんありがとう。」
凌馬の言葉に、ミウはきちんとナディにお礼をしていた。
凌馬もミウを甘やかすだけではなく、そこら辺のしつけについてはきちんと行っていた。
《まあ、100対1の割合のような気もするが?》
何処かのツッコミには当然気付かない凌馬。
「どういたしまして。それじゃあご飯にしましょうか?」
「うん!」
ナディとミウは手を繋ぎながら馬車を降りるのだった。
皆で食べる食事の時間やテントでの団欒の時間。そうした何気ない凌馬たちとの一緒の時を噛み締めるように過ごしていくナディ。
それはまるで──────。
そして、二日が過ぎ凌馬たちはシュリオン聖教皇国の皇都へとたどり着いたのだった。
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