世界一面倒な仕事

昔から勝手な人だとは思っていた。人の話を聞かず逃げる人だった

私が虐待されても家庭は家庭、俺は仕事をして金を稼ぐから任せる

そんな人だった。巧妙に隠された虐待に私の脳は今も怯えている

今も後ろに立たれている


でも祖母を無理やり施設に入れた時、祖父の余命が分かった時

私の頭は混乱した

碌な事をしてこなかった人の『死』が辛く感じるとは思いもしない出来事だった

ざまあ、という声も聞こえない

その前に死んだらどうしようか、と目の前のパソコンで軽く調べる

ああ、なんて多さなんだろう

こんなに面倒なんて知りもしなかった

たった一人死ぬのに、そのたった一人が祖父のせいで不安がぶり返される


もっと、もっと優しい病名で死んでほしかった

老衰とか、そんなことで済むと思っていたのに


痛みは分かる。味わったことがあるから

生きてほしい、選択肢が狭すぎる

そして私が口を出すこともできない

「生きてほしい」その言葉が出てこない

セカンドオピニオンも駄目なの? ここでいいの?

そうだよな、帰れても寝たきりだ

祖母は認知症で帰れても酷いことにしかならないだろう、分かる


分かるから選んだのだろう。分かる分かるよ、分かりたくない


人の『死』に立ち会うのは二回目だ

どちらも現実味がなかった

ああでもさ、明日も家の掃除をしなければ色々なものを片付けて処分する

その作業をしている時、私は虚無になる

心に蓋をしなければ、作業と感じなければおかしくなりそうで

幼い頃から暮らしていた家が空っぽになっていく

何もなくなってしまう

ああ、あの人は死ぬのだ。死んでしまうのだ。今から治療をしてください、なんて言えない

祖父の意思を変えることができない。その資格が私にはない


そうあとは病院に届けた衣服を取りに行こう

そして……世界一面倒な仕事をしよう

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