白壁の枯れ紅葉
秋の終わりになる頃に、いつも外に出たいと言われる。
一人部屋から車椅子に乗せて、
中庭の赤々と色付いてはいるが、
枯れているように見える紅葉が好きなのだと言う。
枝垂れた紅葉の枝の下に君が入り込む。
紅葉も覆い隠すように君を受け入れる。
その行為に対して「なぜ」と言ったことがない。
ない、というよりも枯れてきた紅葉の葉の隙間から、
病棟を見る鋭い目が言葉をつっかえさせる。
睨んでいる、と言ってもいい。
この行為で何かを安定させているのであれば、それでいい。
文句なんてない。
今日で何日目で、何年目の枯れ
そして、どうしても怖くて君と同じ目線になれない。
ただ座ればいいだけのことなのに。
皺くちゃになった葉の間から何が見えるのだろう。
紅葉には遅すぎる、この時期に、君は何を見ているのだろう。
今年も共有できなかった。
今年は五分、いや三十分くらいだったろうか。
「もういいよ」と声をかけられるまで後ろで情けなく佇んでいた。
大きいタイヤの歯車、ハンドルは大きく、軋む椅子。
随分と使い込まれた道具は人のようにギィギィ鳴いた。
「……今年も聞かなかったね」
「……」
「知りたくはない?」
「……」
「怖がりだなあ、負の感情とかじゃないよ」
「……」
「ただね、枯れたころの紅葉の間から見る病院の壁は病院らしくて好きだから」
「……」
「……落ち着くんだ」
「ああ」
「外観があんな綺麗ですって顔しながら中身は人間みたく赤くてぐちゃぐちゃなくせに。お高くしてさ。入院しているとね、お見舞いでくる面会人がいるじゃん。だいたいが『綺麗な病院でよかったですね』とか言うんだよ。こっちは毎日泣き叫んで阿鼻叫喚なのを知っているし、急患の人たちなんて血塗れでさ、緊急手術の人なんてひどいよ喀血……でいいいの? すごいんだよ、血の匂いが。毎日毎日、毎日。だから」
「……」
「ストレッチャーから零れた血がね、どす黒くなっていくんだ。落ち着いたら看護師さんが拭き取りにくるんだ」
「ああ」
君が振り向きニタリと笑う
「それが枯れかけの紅葉の色に、とっても似ているんだ。だから安心する。ここは綺麗な場所で救われる所じゃないって」
「そうか」
「うん」
白い壁に塗りたくられているみたいで安心するよ、を最後にそれ以上の言葉はなかった。
部屋まで送り、ベッドに横たわり「じゃあ、またね」と手を振られ、
「……今度から、週二で来る」
「…………びっくりした。うん、待ってるね」
清潔感のある引き戸の扉を引きながら告げた言葉を、君は苦そうに笑い、閉める時に見た顔は泣きそうになっていた。
ああ、この部屋は太陽の暖かさが集まる方角の良い病室だ。
君の両親が、君の為に誂えた部屋で、両親が来ない君が、ただ夕焼けの中、手を振ってくれていた、今日はそんな日だった。
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