【短編集】趣味は人間観察です

檻井 百葉

趣味は人間観察です

「ようやく完成したんだよ」

 一月ほど大学に来ていなかった友人は久しぶりに僕に会うなりそう言った。

「何がだよ。というか一ヶ月も大学来てないけど単位大丈夫か?」

「単位とか今はどうでもいいんだ。とにかくようやく完成したんだって」

「だから何が」

 友人はリュックサックから半世紀程前に流行した携帯ゲーム機を取り出して起動させた。ゲーム画面に「フレンドコレクション」というタイトル名が映し出される。

「俺が爺ちゃんから借りたこのゲームにドハマりしてるってのは知ってるよな」

「もう1年前から遊んでるよなそれ」

 フレンドコレクション。様々なキャラクターを作成し、その人物達がマンションで生活するのを観察するゲームだ。友人がゲーム好きの祖父から借りた物らしく、先ほど僕が言った通りもう1年も遊んでいる。

 架空の人物がただ生活するのを眺めるのが何故そんなに面白いのか僕にはさっぱり分からないが、「趣味は人間観察です」と本気で言うような友人はこれに夢中だった。

「で、それがどうしたのさ」

「俺も作ってみたんだよ」

「そのゲームを?」

 チッチッチ、と指を振る友人。その仕草には正直イラッとした。

「確かにそうなんだけど、俺が作ったのはもっと凄いやつだよ。見たいか?」

 正直興味はあまり無かったが、大切な友人が大学を長いこと休んでまで作ったゲームだ。数少ない友人である僕が見てやらないのは少し可哀そうだと思い、軽く頷いた。どうやらそれは大学には持ってこられない物らしく、今日の講義が終わったらそれを見るために彼のアパートに行くことになった。



 彼の部屋に入った僕の目に飛び込んできたものは、大きな長方形の箱だった。前面がガラス張りになっており、それはよく見るとマンションのように部屋割りが行われていた。更に驚くべきことは、その中で小指ほどの大きさの人間が生活していたのである。

 ソファに寝転がってスマホを触る女性、ご飯を食べながらテレビを見る夫婦とその子供、せんべえを齧る老夫婦――

「どうだ、凄いだろ?作れたのはまだこの6人だけだけど、これからもっと増やしていくつもりだよ」

 ガラス張りのマンションを眺める僕に対して友人は誇らしげに言った。

「お前、これ、どうやって……」

「ちょっと近所の人から『大学の研究に協力してくれ』て血液をお借りしてね。そこからなんとか作ったんだよ。これくらいの大きさにするのにはだいぶ苦労した」

「……その方法については後で聞くとして、そもそもこんなこと許されるのかよ。勝手にクローン作るのってかなりの犯罪だろ」

「バレなきゃ犯罪じゃないのさ」

 どうやら彼は僕がしかるべき機関に絶対報告しないと思っているらしい。……それもそうか。そうでもなきゃ、わざわざこんなもの僕に見せたりしない。友人がそこまで僕のことを信頼しているのが少し嬉しいのでこのことは今のところ黙っておこうと心に誓った。

「そういえばこいつらは僕らのこと見えてるのか?」

「この部屋の中にいる間は俺たちのこと見えていないよ。そういう風に作ってある。俺たちにはガラスに見える部分もこいつらにとっては壁に見えてるはずだ。そうだ、久しぶりに会ったんだし、こいつらを眺めながら一杯飲もうぜ」

 と、言いながら友人は冷蔵庫に向かった。扉を開けるなり「しまった!ビールもツマミも切らしていた!」と叫ぶ。

「悪い。今からちょっとコンビニ行って酒買ってくるわ。なるべく早く戻るから待ってて」

 別に僕が行くのに……と言う間もなく、友人は財布を持って部屋を飛び出していった。部屋には僕と、マンションの住人6名が残された。

 それにしてもよく出来ている。ミニチュアのマンションの中のテレビもちゃんと番組が映し出されており、彼の技術力の高さと頭の良さに感服した。なるほど、今はクイズ番組をやっているのかとなんとなく眺めていると、その下の階の老夫婦の内の旦那が自室のドアを開け、他の階へとゆっくりとした足取りで歩いて行った。向かった先は先ほどまでスマホを触っていた若い女性の部屋だった。

 知り合いという設定なのだろうか、とそのまま2人を見ていると、突然2人がキスをしだした。

「爺さん、その年で不倫かよ!」

 という僕の叫びも彼らには届かない。互いに絡み合い、徐々に服を脱がしあっていく様子は見ていて気分の良いものではなかった。

「お婆さん!旦那さんが!旦那さんが!」

 お婆さんのいる部屋のガラスを指でトントンと叩くが、まるで反応しない。部屋の揺れに気を留めることなく、お茶を啜っている。そういえば僕らのことは見えているけど気にしないという設定なのだった。

 これは放っておいてよいものなのだろうかと考えている内に、部屋のドアが――友人の部屋のドアが開いた。

「お待たせ―……って、おい、何してんだ?」

 コンビニの袋を下げた友人が戻ってきた。僕は現在進行形で行われている状況について説明した。



 テーブルの上で老人と女性が申し訳なさそうに正座している。友人が部屋をこじ開けた時点でそういう行為の真っ最中だったため、2人とも服は着ていなかった。

「フレンドコレクションにそういう動きは無かったんだよなぁ……。俺の調整不足か」

 ハァ、と大きくため息をつく。どうも本来想定していなかった行動をされたのがそんなにショックだったらしい。

「一応聞いとこうか。どうしてこんなことしたんだ?」

 2人はお互い気まずそうに顔を合わせて、言った。

「ほんの退屈しのぎのつもりだったんだ」

 ……あぁ。あいつが遊んだゲームのキャラは「退屈」だなんて本当に思うことないもんな。僕は言い争う友人と小人達の様子を少し楽しく観察しながら缶ビールに口をつけた。それと同時にマンションの中の夫人も、お茶を啜るのだった。

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