星の涙
西園ヒソカ
星の涙
高校3年生の佐々木が所属する天文部が今年度いっぱい、つまり佐々木が卒業したのち廃部になることが決定された。そもそも部員が佐々木だけなのである。男子校において、
受験シーズン真っ只中、顧問である七嶺に「天体観測をしないか」ともちかけられた。名ばかりの天文部において、実際に星を観測するということはいくどとなく、佐々木が3年に上がってからはただの一度もなかった。
佐々木は受験生である身を差し置いてこころよく承諾した。
夜8時、佐々木は学校へと訪れた。夜の校舎というのは日ごろの賑やかさと対比されるからなのか、おそろしいものに感じられる。職員室の明かりだけが今は頼りだ。佐々木は早足を強めた。
職員室のまえに立った佐々木は、呼吸を整え、控えめにノックをした。
「せんせい、きました、」
「おー、入れ入れ」
「失礼します。……こんばんは」
七嶺はずいぶんと着こんでいるようだった。寒がりの七嶺がこんな真冬に天体観測をしようとするなんて、思えばみょうな話だ。
「なんだ佐々木、ずいぶん薄着だな、」
「ブランケット持ってきたんで。大きいから、せんせいも入れますよ」
ふたりはさっそく屋上へと向かった。風もあまりなく、空も晴れているため絶好の日和だ。
「さみいさみい」
七嶺は、佐々木が持っていたブランケットをひらりと奪って、豪快に座った。それにならって佐々木も座る。外気にふれつづけたコンクリートの冷たさが直に伝わった。
「入れよ、」
「……はい」
ぎこちない動きで七嶺の横へ入った。
「なんでそんなに離れてンだ、寒いだろ」
「だって……」
だってとは言ったものの、その理由は隠しだてするしかなく、彼はそっと肩どうしをふれさせた。
佐々木は困惑していたが、七嶺にそのようなようすは見えない。大人の余裕かと、ため息をついた。
それからしばらく
「せんせいは、なんで先生になったんですか。おれも物理の教師になりたくて……」
会話が止まったのでなんとなしにその質問をしてみた。すると、んーと少し考えるそぶりをして、
「特に理由があるわけじゃないよ。教師志望のおまえにこんなこと言うのもアレだけど、ならなきゃよかったって思ってる。何しろ制約が多すぎるんだ。好きなヤツにも手がだせないし、」
その言葉に佐々木は押し黙った。こちらを見つめる七嶺を、できるかぎり意識しないようつとめる。
「あ、」
――そのとき、ふたりの
「すごい。大きかった」
「おまえって、運がいいんだな。俺が見るときはちいさいのしか流れないのに、」
「ふだんの行いの差ですかね、」
そこからまた静かな時間が過ぎた。その間にも、ひとつふたつと星が流れていく。
おもむろに七嶺が口を開いた。
「知ってるか。流れ星ってな、『星の涙』とも言うんだぜ、」
「……誰が名づけたんですか」
「俺、」
「ずいぶんとロマンチストですね」
「教師なんてロマンチストじゃないとやってられないよ」
そんなふうに笑って言う七嶺の横顔は、いつもこちらを見つめてくるものよりもいくぶんか好感がもてた。風姿が整いすぎたかれに射抜かれると、うごけなくなってしまうのが佐々木の常だった。
ふたたび夜天を見上げる。
『星の涙』にふさわしい、透明感あふれるものがひとつふたつと流れていく。
「……しあわせそうに泣きますね、」
「お、おまえもだいぶロマンチストだな」
そう言って七嶺はけらけらと笑う。その余裕を崩したくて、佐々木はハッキリと告げた。
「……せんせいが先生をやめなくても、おれはもうすぐあなたの生徒をやめることになります」
七嶺は目を見開き、佐々木をみた。
佐々木は肩に体温を感じつつ、ふたたび夜天をながめた。
もういちど、涙が流れた。
星の涙 西園ヒソカ @11xxx
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