第15話
15
異世界に来てから3日目の朝を迎えた。
義明は一人、お留守番していた。正確には朝起きたら、アリ―の姿はなくテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。
『ヨシアキへ
よく眠っていたから起こさないでおきました。
今日は、例の石の調査が始まるので、研究所に行ってきます。
朝ごはんとお昼ごはんはテーブルの上においておきます。
温かさを持続させる魔法がかけてあるから、いつでも美味しく食べられるわ。
晩御飯のころには帰ります。
アリ―より
PS
危ないから外にでないでね』
「大丈夫、でないよ。
もうあれは懲り懲りだ……」
巨大な一つ目の獣。
クマやライオンなど比にならない大きさの化物。思い出すだけで、ぞわぞわっと背筋に虫が這うような気持ち悪さを感じる。
何かに食われる。そんなこと考えたこともない。
「それにしても綺麗な字だなぁ。心が優しいと字もきれいなのかね……ってなーんてオレは何をいって……?」
手紙を読み終わると、何かを違和感を感じる。
義明はもう一度アリ―の手紙を読み返す。おかしいところは何もない。普通だ。だが、読み返せば読み返すほど、違和感が生まれてくる。
『はやく気づけよ〜、はやく気づけよ〜』と何かが腋を必要以上に小突いてくるような不快感さえ思えはじめた。
この違和感の正体を突き止めたい。でないと気になって……、と思ったとき腹の虫が『ぐ〜』となりだした。
視線を手紙からアリ―が作ってくれた料理に向ける。目玉焼きと食パンとサラダが、おいてある。
すると腹の虫がどんどんなり始める。『早く! 早く!』と。
(あとで、いっか)
まずは腹ごしらえだ。腹が減っては、戦はできぬ。プログラミングを書いているときもそうだ。煮詰まったときは一度その問題から離れ、リフレッシュするとそのあとは面白いほど、煮詰まっていた問題が解決することがよくある。
なんだか、プログラミング書いていたときのことがすごく懐かしく思える。まだ3日しか経っていないというのに、すごく昔のことに感じる。
毎日書いていたんだ。そう思うのも仕方のないことだ。
「いただきます」
義明はパンをかじる。歯を入れるとさくっといい音がし、中はフワッフワとまるで焼きたてのパンのようだった。いや、焼き立てそのものだった。
「うんまっ!」
自然と声が漏れる。
こんなに美味しいパンは食べたことがない。美味しくなる魔法でもかけているのだろうか。あっという間に一個食べ終わり、また一個、また一個と、両手にパンを持って頬張った。
目玉焼きはパンの上に乗せ、そこにパンを挟み、サンドにして食べる。中から温かいトロッとした黄身が溢れ出してくる。目玉焼きも本当に美味しい。
カゴいっぱいにあったパンが、あっという間に平らげてしまった。
(こんなに朝ごはんを食べたの……ずいぶん久しぶりだな……)
「アリ―、ご馳走さまでした」
義明はふーっと息を吐く。帰ったらお礼と、感想をいわなければ。
義明は再び手紙をとり、今度は感謝を意を込めながらじっくりとアリ―のきれいな文章を読んだ。
同時に、今までの違和感の正体が判明した。
「あれ……そういえばなんでオレ……アリ―の字を読めるんだ?」
アリ―の手紙を何度も読み返す。何度読んでもそれは日本語で書かれている文章ではなかった。当然英語のようなアルファベットではない、ロシア語やアラビア語のような文字ではない。
「古代文字……て、いうんだろうな、オレにとっては……。
そういえば、あの転送装置のときも……」
黒い霧が覆う場所に転移する前に、書かれていた文字。
今回みたいに全部の意味がわからなかったが、それでもどんなことが書かれているかは、なんとなく理解できた。
まるで脳内で自動変換されているような感覚だった。
「どういうこと何だ……? もしかして他の文章も読めたりするのか?」
義明はあたりを見渡した。何か文章があるものはないか。
すると、キッチンのところに一冊の本がおいてある。分厚い、辞書みたいな本だ。義明は手に取り、本を開き、中身を読み出した。
「はい、今日の講義はここまで。
今回の内容について、各自レポートをまとめること。いいわね」
そういって生徒たちの返事を待たずに、アリ―はすぐさま講義室を出ると同時に早歩きとなった。本当だったら全力疾走したい。箒に乗って最高速度で移動したい。移動は絶対歩くという絶対的なルールを作った創設者が今は恨めしい。
こんな逸る気持ちはいつぶりか。大好きな講義を、一秒でも早く終わらないかと終了30分前には、ソワソワと時計を見ていた。
「あ! アリ―所長! 聞いてください! 昨日僕ら……」
「駄目! 後にして、今日は、というかしばらく無理です! 質問等はまた来週でお願い!!」
生徒の呼びかけにも、いつも笑顔で答えるアリ―だが、今回は異例中の異例。
だかれ、生徒たちに動揺が走る。いや、生徒たちだけではない。研究員たちもアリーの行動に目が点になっていた。
「どう!」
ガラッと勢い良く研究室の扉をあけ、中にいる人物に声をかける。すこし息が上がっていた。
「あ、所長。早いですね。
……まさか走ってきたんですか?」
「走ってないわよ。人生最高速度で歩いたのよ!」
「は、はぁ」
「そんなことより、アベルト!
どう? 何か変化あった?」
「んー、何も変化ないですね……。もう解除魔法をかけて5時間になりますけど……まったく変化がおきないですね」
「……なるほど。さすがフレンダ様。
こんな硬いプロテクトを作ってしまうなんて……」
「別の方法を試しますか?」
「……いえ今日は、このまま朝まで解除魔法をかけ続けましょう。
それより、シークレットコードの写しはできた?」
「はい……ですが、見たことのないコードで……、ただでさえ5分の1しか写し出せなかったのに、これでは……」
「うーん……」
アリ―はアベルトからコードの写しに目を通す。確かに見たこと無い文字だ。この世界の文字の7割りは読むことができるアリ―でさえ読めないとは。文字さえ読めれば、シークレットコードの解析が大いに進むと心踊っていたのだが……。
「いや、逆にこれはこれで面白いわ!
まだ私の知らないことがたくさんあるのね! これはもしかするとフレンダ様が独自で開発したコードかもしれないわ」
そう思うと更に気持ちが高ぶり、ニヤニヤが止まらない。
「さっそく部屋にこもって解析するわ。しばらく誰も入れないようにするから……その前になにかある?」
「えーっと……とくには……あ!
昨日、2人組の学生が何やら新種の虫を見つけたと騒いでいましたね。
捕まえて、所長に見せるんだって意気込んでましたよ」
「……新種の虫?」
「あ、その様子だと、彼らは捕まえられなかったらしいですね」
アリ―は眉を細める。
そして、脳内で結論付けたのか、軽くため息を吐いた。
「どうせ、魔法実験で変異してしまった虫でしょう」
「私もそう思います。
でも気になったのが魔法罠を食い破ったっていってたんですよ」
「へぇー」
これには細めていた目が軽く開かれる。
「学生の魔法罠とは言え、魔法を食い破る……か。
うん、それは実験のやりがいのある虫ね」
「あ、それ。私も同じこと考えてました」
アリーとアベルトはくすっと二人して笑った。アベルトのこういう気があうところが、アリ―は好きだった。自分の研究室に招いて本当に良かったと感じる。
「あ、そういえば。ヨシアキ様は一人で大丈夫ですか?
おきたときに一人だと、流石に驚くのでは……」
「大丈夫。ちゃんと置き手紙を残しておいたわ。リラックスの魔法もかけておいたし。きっと今頃寛いで私の手料理を食べてることよ」
美味しそうに料理を食べるヨシアキを想像し、アリ―は嬉しい気持ちになった。両手にパンを持って、あむあむと頬張るヨシアキは、なんと可愛らしいんだろうと。
今日の夜はもっと美味しい料理をご馳走してあげよう。
「え、あれ? 所長。でも、ヨシアキ様。この世界の文字読めるんですか?」
「ふっふっふ。そのあたりはちゃんと抜かりはないわ!」
ジャーンと一枚の紙切れをアベルトに見せる。
「え? まさか翻訳切手ですか! すごい! こんなレアなアイテム!
なるほど! 確かにこれなら!」
「そう、これさえ紙に貼れば、どんな文字も一発で読めちゃうわ」
「よく持ってましたねぇ! そんな貴重なもの」
「ええ、たまたま一枚だけ見つかったのよ。だから、置き手紙を残すという手段を使ったのよ」
アリ―は大げさに胸を張って、得意げな顔をする。ここでいつもなら、アベルトがあははっと笑ってくれるのだが、アベルトの表情は疑問が残っている顔であった。
「ん? どうしたの?」
「あ、あのー、所長。
翻訳切手って字を書く紙にそれ貼らないと効果が……」
「……あ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます