第13話
13
重たい瞼をゆっくりあけ、徐々に義明の目に光が入ってくる。
寝起きなのに不思議と眠気なく、意識がはっきりしていた。そのため、身体のダルさと重さがしっかりと脳が意識し、全身に伝わってくる。インフルエンザが治ってすぐの状態みたいだった。指一本動かせる気力もない。
義明は自分の今の状況を想いでしていた。確か、でかい一つ目の化物と出くわして、食われそうになったところをアリ―が助けてくれて……それ以降、いくら思い出そうとしても、思い出せないということは、あの後気を失ったか……。それにしても、なんというタイミングでアリ―は助けてくれたのだろうか。今にも化物に食われそうなところを助けるなんて、まるで漫画のヒーローではないか。あまりにもベタすぎる展開だったから、このあとアリーとアベルトが「ドッキリでしたー!」なんていってきても、何も驚かない。むしろ安心する。でなければ、この世界は自分がいた世界と違って、“死”が近いということを肝に命じておかなければならない。今まで生きていて、本当に“死”というのを実感してことがない義明にとって、これほど未知で恐ろしいものはない。あの化物の一つ目が脳裏に浮かぶ。両脇がきゅっと締まり、肺が圧迫し、息苦しい。手にも力が入る。ダメだ、考えるな。義明は深く深呼吸をした。一回では足りない、二回、三回……十回目を過ぎたあたりでようやく落ち着いてきた。
落ち着いた義明は再び目を閉じようとしたときであった。すぐ近くで話し声が聞こえた。
違う声が2つ……いや3つ。1つはもうすでに聞き慣れた声、アリ―の声だ。残り2つは聞き覚えのある声。大人の女性の声と涙まじりの声だ。
「わだすは……わだすはなんてことを……」
「アベルト……いい加減泣きやまんか。
今回の件は明らかに想定外の事故だ。今後はこのようなことがないよう、しっかり対策を練ればよい。
……幸い、ヨシアキは無事だったのだからな」
アマンダはふぅっとため息を吐いた。
「でもぉぉぉ、でもぉぉぉぉ」
「お祖母様の言うとおりよ。そんなに自分を責めないで。
それに、不幸中の幸い……とでもいうのかしら……今回の件でヨシアキについてわかったことがあるもの」
(おれについて……わかったこと?)
アリ―の言葉を聞いた義明は、薄っすらとしか開いてなかった目を更に開き、なんとなく聞いていた会話を集中して聞くよう切り替えた。
「まさか十の災厄が残した邪素の中にいて気を失う程度とはな……。
魔力をまとっていない状態だと、一息吸っただけで呼吸困難に陥るというのに」
「ぐす……運良く瘴気が晴れてたんでしょうか……うううううう」
「いや、たとえ晴れていたとしても、魔力をまとっていないヨシアキは意識を保つことは無理だろう。本当にどうして生きていたのか……」
「うううううううう」
落ち着き始めたアベルトが再び泣きそうに唸る。
十の災厄が残した瘴気……もしかしてあの黒い霧のことだろうか。
だが、義明は黒い霧の中にいたし、その中で霧のことを調べようと匂いも嗅いだし、鼻から肺がいっぱいになるほど息を吸った。
アマンダが言うような呼吸困難などにはならなかった。
「それはきっとこれのおかげね」
アリ―は二人にうっすらいと赤い石のネックレスを見せた。
「石のネックレス?
……まさかその石がヨシアキを守ったと?」
「そのまさかですわ、お祖母様」
「で、でもその石からはそんな魔力は感じられ……」
「そうか……シークレット・コードか」
「えっ!?」
「はい、フレンダ様にしかかけない、魔術コード……シークレット・コードがこの石には刻まれています。
石全体に、髪の毛一本も入る隙間もないほどに」
石……石とはあの石のことだろうか。
祖母フレンダがプリン事件の後に置き手紙と一緒においてくれた、ほんのり赤い石。せっかく作ってくれたと思い、もらってからずっとつけていた。
まさかそれが自分の命を救うことになるとは、思ってもみなかった。
「……なるほど。95%フレンダの孫だと思っていたが、これで100%フレンダの孫ということがはっきりしたな。
そんな芸当ができるのは、フレンダしか……姉さんしかいない」
「すごい……これ、博物館ものですよ!
永久保存ですよ! 永久保存!」
アベルトの声から涙は消え、驚きと興奮が入り混じっていた。
「もしかすると、ヨシアキがこの世界に来た原因というのは、その石のせいかもしれんな」
「あ、そうか、そうですよ、アリ―所長!
フレンダ様のシークレット・コードが刻まれた石なら世界を突き破る力が備わっていてもおかしくはありません!
その石をもっと詳しく解析すれば、きっと次元魔法は完成しますよ!」
「……うーん」
「ど、どうしたんですか、アリ―所長?」
「いえ、確かにその可能性はなくもないのだけれど……
私はそこまでの力は無いように思えるの。
もっと別の……もっと大きい力……」
「で、でもあのフレンダ様が書いたシークレットコードが刻まれた石ですよ!
これ以上に力のあるものなんてないですよ!
魔力のないヨシアキ様自らが引き金となったとは思えませんし……その石で間違いないですよ!」
「ちょ、ちょっとアベルト、落ち着いて。
結論を急ぎすぎよ。なんにしても、とにかく調査をしないと。
それにこれはヨシアキのだから、ちゃんとヨシアキに許可をとらないと。
それに石よりまず、ヨシアキを調査しないと」
「なら早くヨシアキ様を調査して、かつ石の調査の許可をとって、徹底的に調べましょ! そしていち早く魔法を完成させて異世界へ行きましょう!」
「いや、異世界に行くことが目的の魔法では……ってアベルト!
まだヨシアキは寝て……」
アベルトはアリ―の静止を聞かず、義明が眠るベッドの方へズカズカとすすんでいき、勢いよくカーテンを開けるのであった。
「ヨシアキさまぁぁぁ!
さー! 調査が始まりますよぉぉ!」
「ちょっとアベルト!」
「……あいつさっきまで顔くしゃくしゃにして泣いておらんかったか?」
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