Code:Witch ~天才魔女と天才プログラマー~

赤橋慶子

第1話


義明は目をさます。身体を伸ばそうと床に寝そべったら、いつの間にか眠ってしまったようだ。


 そして義明は夢を見ていたことを思い出す。その夢は義明にとって、とてもファンタジーな夢だった。


 一人の魔女の格好をした女性が草原の真ん中に立って空を見上げ、風が優しく吹くと薄い水色の髪とマントがなびいていた。


 風になびかれる彼女の姿は美しく、義明はその魔女に見惚れていた。もっと近くで彼女を見ていたい、そう思って近づくと彼女が手に持っていた杖を手に掲げた。同時に何かを口ずさんでいるようだった。


 何をしゃべっているのだろう。


 義明は喋っている言葉ききたくてさらに近づいていく。とその時、魔女は掲げた杖を振り下ろした……。




 ……と、そこで義明は目を覚ましてしまった。


 目を覚ました義明は夢の内容を思い出しながらなんで起きちゃったのか、いいところだったのにとすごい悔しさが溢れ出た。


 もう一度同じ夢を見たい、そう思って再び目をつぶろうとしたとき、義明は慌ててスマフォを手に取り時間を見る。


「よかった……15分しかたってない」


 そんなに時間が経過していないことにホッと胸を息を吐く。


 とは言っても、身体は重く、瞼も油断したら完全に閉じきってしまう。今度寝てしまったら15分では済まないだろう。


 それに寝てもおそらく同じ夢は義明の経験上見ないことはわかっていた。


「……ねみ」


 高校2年の夏。夏休みはいって1週間が経過した。


 夏休みに入ってから一日中プログラミングをしている。5歳のころにゲームをやり始め、その根幹にあるプログラミングに興味をもってから、父に頼み込んでパソコンを買ってもらい、プログラミングに触れるようになった。


わずか10歳ながらプロのセミナーにも積極的に参加。お小遣いをためてはプログラミングの本を買いあさり、12歳のなるとゲームを一人で開発し、数々のコンテストに入賞、経済誌などにもインタビュー記事が載ったりするなど、一躍有名となり、ついには天才プログラマーなんて呼ばれるまでもなった。


 中学生になると企業から開発の依頼なども受けるようになり、この年齢にしてはそこそこの金持ちとなった。


 高校に上がった今は、企業からの仕事の依頼はストップし、長年の夢であった自分独自のプログラミング言語を開発するため、日夜作業をしている。


 そんなプログラム大好き義明にとって、一日中プログラミングすることは幸せなことであった……が、三日連続の徹夜は流石に身体に応えたようであり、書きかけのプログラミングを見ると最後の方は間違いだらけだった。


「んんんんっ……ばああああ……」


 身体を伸び切るところまで伸ばし、一気に息をはいて力を抜く。


このまま進めて効率が悪い。そう思った義明は一息入れようと考えた途端に、大好きなコーヒーが飲みたくなった。


「……コーヒー……飲むかぁぁぁ」


 まるで自分自信に言い聞かせるかのようにぼやきながら、義明は重い体を引きずりドアを開けた。


 部屋を出ると廊下の小さい窓から外の薄っすらとした光が差し込み、うっすら青い。どうやらまだ誰も起きていないのだろう、かなり静かで、チュンチュンと外から雀の鳴き声がよく聞こえる。


 義明は大きな音を立てないように、慎重に廊下と階段を渡っていった。


 リビングにつくと、案の定だれも起きた形跡がない。


 コーヒー豆専用棚から豆をとりだし、手動のコーヒーミルで豆を挽く。すると、コーヒーミルからほのかな香りがただよってきた。


「ん〜……いい香りだぁ」


このコーヒー豆は祖母がわざわざ海外から取り寄せたコーヒーだ。コーヒーを淹れてあともしばらく経っても香りは消えず、また上手に淹れることで味も損なわれず、美味しい味を長く楽しむことができる。


 挽いた豆をペーパーフィルターに入れ、お湯を注ぐ。その際に義明は少し集中する。


 古谷家のうまいコーヒーの淹れる秘訣はこのお湯の注ぎ方が一番重要であり、義明もこの注ぎ方を習得するのに苦労した。


「完璧ッ」


 注ぎ終わりあとはじっくりと旨味を凝縮したコーヒーがサーバーに抽出されるのを待つだけ。


 ポタポタポタと抽出される音が静かなリビングに響き、心地が良よく、また挽いたときは違うまろやかな香りが漂う。この時が、義明が一番リラックスできる時間帯だった。


 お湯を注いでから数分で、抽出が終わり、コーヒーを義明専用のマグカップに注ぎ、口に含む。


「ふう……うっまいなあ。さすがオレ」


 言葉と共に疲れが外に押し出されるようだった。


 コーヒーの苦味が眠気を覚ましていき、だんだんと頭が冴えてきた。


(にしても……あの夢はなかなか幻想的だったなぁ)


 改めて見ていた夢を思い出す。義明があのような夢を見るのは初めてかもしれない。


 そもそも義明は夢をあまりみないため、今回の夢はかなり新鮮であった。


「……腹減ってきた」


 脳が冴えてきたと同時に、腹の虫も眠気から冷め、やかましく音を上げ始めた。


 そういえば、夕飯を食べて8時間以上は経過する。


「なんかないかな……ん? このシュークリーム誰のだ?」


 冷蔵庫を開けるとシュークリームが1個、目立つところにおいてあった。


 袋には「プレミアム」といロゴと、ちょっと高級感があるデザインとなっている。しかし、よくよく見るとコンビニのマークが小さくプリントされていた。


「へぇ、あのコンビニこういうの出してのか……。


 誰のだ?……朱菜の? 母さん? 父さん……は甘いの嫌い……じゃ、ばあちゃん? いや、ないな」


 義明は数秒シュークリームを手に取り眺めていた。


「いいや、食べちゃお」


 義明はウキウキしながら、袋を開け、口に頬張る。


「ん! うんまっ」


 義明は想像以上の味に驚く。


 一口噛むとクリームが口から溢れるほど詰まっており、口の中いっぱいにクリームが広がった。


 プレミアムと豪語しているだけはあり、この間母が都内のデパートで買ってきたシュークリームと遜色ない味であった。


「うん、いいね。合う合う」


 一口、二口、そしてコーヒー。


 シュークリームはあっという間に食べてしまった。


 コーヒーも飲み終わり、頭もだいぶスッキリしてきた。


 義明はシュークリームの袋を丸めて、部屋の隅に置いてあるゴミ箱めがけて投げる。袋はゴミ箱の縁に弾かれる。


「……はぁ……」


 義明は面倒臭いと感じながら、外した袋を入れようと立ち上がった。


 すると、廊下から足音が聞こえてきた。


「いい匂いがすると思ったら、義明、いいものを飲んでるじゃないか。あたしにもおくれ」


「ん、ばあちゃん。あれ? もしかして起こしちゃった?」


「年寄りは朝が早いんだよ」


 祖母のフレンダがコーヒーの香りにつられ、リビングにやってきた。


 古谷フレンダ。旧姓はシュットガルト。義明の祖母である。名字からしておそらくドイツ人。というのも、どの国か聞くと「たぶん、ドイツ」というすごく曖昧なことをいうので、よくわかっていない。


 今年で82歳になるフレンダは年齢に反して、ものすごく若くみえる。肌のつやや、姿勢、プロポーション。どれをとっても82歳に見えず、一体何回整形をくり返したのだろうと思いたくなる。……本人は整形など一度もやったことないというが、整形なしでここまで美を保てるものだろうか。名字といい、若さといい、祖母フレンダは古谷家の謎である。


 趣味はツーリングという82歳にそぐわない。この間もハーレーに乗って埼玉から京都まで行ってきたらしい。


 義明はマグカップをもう一つ用意し、コーヒーを注ぎ、祖母に出した。


「やっぱりうまいねぇ、義明の煎れるコーヒーは。


 この間行った京都で飲んだコーヒーもうまかったけど、義明のにはかなわないねぇ」


「へへ、サンキューばあちゃん。


 ま、ばあちゃんが買ってくれる豆がいいからっていうのもあるんだけどね」


 本場南米から直送してるくらいだ。


 この間はわざわざ南米に行って、自分で味を確かめに行ったほどであり、コーヒーの輸入会社でも立ち上げるのかと家族全員で思った。


「いくら豆が良くたって、煎れる人間が下手くそだったらここまでうまくならんだろうよ。


 このあたしが言うんだ、もっと誇りに思いな。あ、おかわりもらえるかい?」


「へへ、あいよ」


「んー、甘いものがほしくなるねえ。


 あ、そうだそうだ」


 フレンダは何か思い出したのか立ち上がり、冷蔵庫の前にきた。


 冷蔵庫を開け、ガサガサと冷蔵庫の中を漁る。義明はどきりとした。


「……なに探してるの?」


「いやね、朱菜にもらったシュークリームがあったんだけどね。見当たらないんだよ」


「えっ」


「義明、あんた知らないかい?」


「シュークリームってコンビニの?」


「そうそう、コンビニの。


 ……おかしいねぇ。確かここにおいたはずなんだけど」


 義明はまずいと思った。まさか一番無いと思ってた祖母が先程食べたシュークリームの所有者だとは思わなかった。


 義明の背中に嫌な汗が流れる。このあとなんと言い訳しようか必死に考えていた。


 知らないと言い切るか、逃げるように立ち去るか。……いやそんなことをしたらあとが怖い。祖母は基本的に怒ることはなく、優しい人だが、一度怒るととてつもなく怖い。ここは素直に食べてしまったことを告白したほうがいい。それも祖母に問い詰められる前に言わなければ。


「義明……この袋はなんだい?」


 祖母は先程義明が投げた袋を見つける。


「え!? え、えっと」


「まさか……食べたのかい。自分の物じゃないのに食べたのかい?」


「……は、はい」


「はぁ」


 祖母は深い溜め息を吐いた。


「ご、ごめんなさい、ばあちゃん。ばあちゃんのだと知らなくて……」


「義明……なにそんなに怯えてるんだい? 確かに勝手に食べことは行けないが、コンビニのシュークリームくらいで怒ったりしないわさ」


「えっ」


 その一言で義明はほっとし、気が緩む。


「うん、ホントごめん。いや、コンビニのだから後で勝ってくればいいかなって思って……」


「……ふーん」


 祖母は深く2回ほどうなずく。


 その行動をみた義明は、違和感を覚える。


「そうかい、ならお湯が沸騰する前に買ってきてもらおうかね」


「え? い、いま?」


「当たり前だろ。おまえ、どうせ後で買えばいいやって思ったんだろ? それじゃ食べたんだから今買ってこないきゃいけないね」


「えっと……今は……おれ、徹夜明けだし……これから作業再開しようと」


「義明……つべこべ言わず、早く買ってきな」


 笑ってはいるが、義明の目には怒っているようにしか見えない祖母の姿があった。


 こうなってしまったいくらなんと言おうと、祖母を説得させるなど不可能に近い。


「は……はい、いってきます」




 財布と軽い上衣を羽織って限界に向かい、そしてドアを開けた瞬間、日差しが義明の目を刺激する。


「ううう、まぶし……」


 徹夜明けの義明にとってこの日差しは堪える、眉をゆがませる。


 コンビニまで歩いて10分。普段なら気分転換で歩いて向かうが、今は祖母にいち早くシュークリームを届けないとあとが怖い。義明は愛用のクロスバイクにまたがり、ペダルを漕いだ。


 自転車を漕ぐと朝の涼しい風が身体にあたり、さっきまでの憂鬱な気持ちが現れるようであった。


 こんなに気持ちいなら早朝サイクリングをしてみよう、そう考えたときだった。


「ぶはっ!!」


 自転車で走行中に、顔に何かあたり、義明は慌てて急停車する。


「なになになになに!」


 義明は顔にあたったものを手で払う。


 すると、手に何かあたり払った衝撃でその物体が地面に叩きつけられる音がした。


 義明は音がした方に視線を向ける。


「ば、バッタ?」


 視線の先には体長5cmくらいのトノサマバッタが地面に横たわっていた。


 義明はバッタに近づき、指先で突っついてみたが、地面の衝撃が強かったのだろうか、トノサマバッタはピクリとも動かない。


「ああああ、もう……死んじゃったか……」


 殺すつもりはなかったと、義明は心の中で懺悔した。


 義明は虫は嫌いではなく、むしろ好きなほうであったため、やってしまったという後悔が押しよせた。


「……いや、でも。ビビるでしょ。顔にいきなりへばりつかれたらびびるっしょ。


 うん、不可抗力。だから許してくれぇ」


 それでも罪悪感があり、義明はせめてトノサマバッタの死骸を雑草が覆い茂っているところに置いた。




 コンビニでシュークリームを無事に購入することができ、家に帰宅する。


「ただいまぁ」


「あ、お兄ちゃんおかえり」


 玄関のドアを開けると、妹の朱菜が靴のひもを結んでいた。


「どっか行くのか?」


「うん、龍之介とあゆみちゃんと虫取り」


「虫取りって……」


 仮にも来年中学になる女の子が虫取りとは……と心の中でぼやく。


 ほかにいろいろ題材はあっただろう。


 朱菜は兄から見てもかなりの美少女だ。祖母の血をしっかり受け継いでおり、日本人のいいところは残ししつつ、それでいて日本人で足りないものを祖母の西洋のいいところで補っている。つまり完璧美少女だ。


 そんな美少女が虫取りあみをもっているのはなんとも違和感がある。


 幼馴染の龍之介はともかく、女の子のあゆみちゃんは絶対に朱菜に無理やり強制参加させられたに違いない。


「ちょっと……なにその目。子供っぽいって思ってるでしょ。


 言っておくけど、この自由研究は結構大掛かりなの」


「へー」


「……ほら最近バッタが世界中で大繁殖してるじゃない? 日本でもひどいところでは農作物が食い荒らされてるって」


「え? そうなん?」


「ちょっとニュースぐらいみなよ。


 それでこの自然豊かな辰沼田んぼではどのくらい影響しているのか、生態系は崩れてないのか、どのくらいバッタが増えてるのか。罠を張ったり、実際につかまえて見たり、草木の減少具合をみてる。


 だから、お兄ちゃんが昔やった『辰沼田んぼにいる生物』とかいうただ生き物を捕まえて写真を貼っつけるような安っぽいものじゃないの。


 あと、勝手におばあちゃんのシュークリームを食べない!


 せっかくおばあちゃんのために買ってきたのに! もう! あとでちゃんと謝って! 私に!」


 そう言って、朱菜は玄関を出ていった。


 いいたことを言うと朱菜は相手の話を聞かず、満足して話を終えてしまう。それでよく学校でガキ大将的な存在と口論しているらしい。朱菜の全勝とのこと。


 義明は靴を脱ぎ、祖母がいるであろうリビングに向かう。


「ばあちゃん、いるー?」


 リビングのドアを開けながら声をかける。


「あれ……いない。ん?」


 義明はテーブルにおいてあるメモ用紙を手に取る。


 それを見た義明は眉を歪ませる。




 ”義明へ ちゃんとプリン買ったかい?


 今度から自分物じゃないものは勝手に食べるんじゃないよ!


 ばあちゃんより




 P.S


そうそう、あんたにこいつを渡し忘れてたよ。


  あたしお手製のお守りさ。


  これをつけてれると願いが叶うから、肌身離さずもってるんだよ。


   ひっひっひっひ”




「……食べるっていうてたやん。


 ……はぁ」


 流石に文句を言ってやろうと思い、携帯をとりだすも、今頃バイクで颯爽と道路を走っていて姿が脳裏に浮かび、そっと携帯をしまう。


 義明は祖母お手製のネックレス型のお守りを手に取り、眺める。


「お守りって……ただ石に紐を通してるだけじゃん……」


 石はうっすらと赤みを帯びており不規則にカッティングされている。義明はしぶしぶお守りを首にかける。


「はぁ……ふあああああ」


 義明は深い溜息と大きいあくびをして、自室に向かう。


 部屋に戻ると、急激に眠気が襲ってきたので、そのまま布団に潜ることにしたのだった。

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