Long December Days:51

「人間、よ……」

虫人間が、途切れ途切れに口を開いた。

「人間よ……なぜ戦う…?勝ち目のない戦いなど無益ではないか……。降伏せよ、我らは人間を飼育する存在である。全ては、偉大なるコールウィーカーの元に」

最後の言葉を聞いて、陽奈の眉が動いた。構えを解く。

「偉大なるコールウィーカー?それは……」

「聖騎士コールウィーカー。不滅なるもの。今の人間と、神徒の祖が一人。不幸なるコールウィーカー。愛に生きる騎士」

熱っぽく語る虫人間のその仕草は、先日見たニコラスの父親と全く同じものであった。更には録画で見た、文成に巨大な魚をけしかけたあの女にも通じるところがある。そこから導かれる結論は。

「あの男は、他人を洗脳することができる……?」

「我らは彼の騎士の手によって生まれた。彼の青銅の鍵によって。生命の源。秩序の原点。神徒の証。我らは彼の騎士を信奉し、守らねばならぬ。彼の歩む道を拓かねばならぬ。彼が望むことを全て果たさねばならぬ。彼の騎士の、青銅の鍵の望むままに」

青銅の鍵。陽奈には思い当たるものがあった。文成がそのような鍵を持っていたはずだ。なんとも不気味で悍ましい物に感じて、陽奈は文成にそれを捨てるように言ったが、聞く耳を持たなかった。「今の僕にとって一番必要なものだ」と言って。

あの青銅の鍵は複数あり、月影と同じように人を惹きつける力と、現実を書き換える力を持っているのだとすると、虫人間が生まれたことも、言っていることも辻褄があう。

青銅の鍵を使って他人を洗脳して信奉者を生み出し、賞賛させる。陽奈はあの毒蛇を思わせる声音を思い出し、寒気に襲われた。ソフィアがあのような態度を取るほどにニコラスを嫌うのは、あの男は自らのためにどんなことでもやってしまうからではないかと、陽奈はそう感じた。

「お願い、月影。私に力を貸して。虫人間をなんとしてもやっつけられる力を」

あの男に、お前の欲望など愚かで浅はかだと思い知らせる力を。

陽奈が構え直すと、月影は鈍い光を放った。

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