Long December Days:32

†12月18日早朝

文成が目を覚ますと、そこは一面の銀世界であった。見渡す限り雪化粧である。積雪にはかなりの厚みがあり、とても柔らかい。手をつくだけでずぶずぶと沈んでいく。困惑する内心を隠すように、文成は自身の電脳を確認する。時刻は朝五時半。現在地は自宅の自室。何者かが干渉していることも、エラーメッセージもなし。その証拠に未来視をすると、自分の部屋が映る。自分の部屋で呆然とした顔で座っている自分の顔が、よく見える。しかし、一つだけ現実世界ではありえないことが起こっていることに気がついた。電脳通信のありとあらゆるチャンネルに許容量を上回るほどのノイズが送られ続けているのだ。それもノイズは全て人間を粘土のように千切ってこね合わせたと思われる肉塊の画像ファイルと、男とも女ともつかない声音で「こっちに来い」と「どうしてこんなことに」という言葉を様々な言語で繰り返す音声ファイルで統一されている。不快感の余り、文成は電脳通信の受信を全てオフにして、送信も、ソフィアが心配しないように「事務所で本を読むのに忙しいからハルを迎えに行くことはできない。それから、僕は2、3日事務所から動かないかもしれないが、元気だろうから特に気にしないでくれ」というメッセージを送って、オフにしてしまう。そして、改めて自分の右手を見ると、青銅の鍵が――鈍い光を発しながら――あった。

『はじめまして、白雪文成。少しあなたとお話がしたくて、ネルに来ていただきました。少々乱暴な手段を取ってしまったと反省しているのですが、どうかわたくしとお話する時間を取っては頂けませんか?』

青銅の鍵を握り締めて、銀世界を自宅の景色で上書きしようと試みた瞬間、文成の電脳の中に声が響く。若い女の声だ。

「断る。僕を帰してくれ」

間髪入れずに文成が答えると、心底残念そうな口調で若い女の声が再び響く。

『そんな冷たいことをおっしゃらないでくださいませ。そんなことをなさるのでしたらわたくし、悲しさの余りあなたの大切なものを壊してしまいますわ。記憶も、お友達も全て』

文成は青銅の鍵を使う時、常に未来視も並行しながら行っている。そうすれば、未来に起こることがらを確定することができるだろうと判断してのことであった。だから、動じることなく文成は言う。

「要求に応じないとなったら脅すのか。随分下品で愚かな男なんだな」

そう、女の声を使っているだけで相手は男だ。挑発すれば簡単に頭に血が上り、正常な判断ができなくなる。そうなれば簡単に外に出ることができるはずだ。文成はそう考えた。

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