第44話 露払い

 糞共の集落を清潔にして、コロニーに帰還後、また命令を受けた。俺たちが集落へ出かけている間にコロニーへお客様として迎えたミュータント共を捕獲したそうなのだが、持ち込んだアースで抵抗されて子供一匹だけ取り逃がしたのだとか。

 無能、の二文字が頭に浮かんだ。


「自分の分の仕事はした。帰って寝る。怪我人をこれ以上コキ使うな。じゃあな」


 言いたいこと三つをはっきり言って断って、エーヴィヒを連れてシェルターを出ていく。自分だけ明らかに給料分以上の仕事をしているのだ。多少のわがままは許されるべきだろう。


 帰宅後は家でゆっくりと過ごした。心待ちにしていたおだやかな休養に心身を癒されて。エーヴィヒさえ居なければ最高の時間なのだが、危険な相手ではないとわかっているのでまあ。自分の右側、即ち死角に居るとしても気は楽にできた。


「シャワー浴びてくる」

「ご一緒しましょうか?」

「つまらん冗談だ」


 傷に水が入らないようにパッチを当てて、テープで貼って。服を脱いで、ようやく浴室に。蛇口を捻ると冷たい水が勢いよく飛び出てきて、頭を濡らす。パッチ越しでも、水の冷気が空の眼窩にしみる。だが、耐えられないほどじゃない。それよりも今はいち早く体を清潔にしたい。不衛生は健康に悪い。


 傷のせいで長生きはできまいが。こんな不潔な世界であっても。少しでも余生を健康に過ごしたいものだ。


 しばし水に打たれていると、段々とシャワーの水が暖かく。湯になってきた。ああ、これでこそスカベンジャーになった甲斐があったものだ。労働者階級ではこうはいかない。水のシャワーでさえ贅沢なのだ。湯のシャワーなど浴びれるはずがない。


 湯で肌にこびりついた血を落としていく。黒ずんだ血の欠片がはがれ、体を伝って床へ。床から排水口へ流れ込んでいく。眼窩に残った血も流した方がいいんだろうが、傷口にシャワーを突っ込むセルフSMプレイなどしたくはない。

 体を洗おうと石鹸に手を伸ばすと、滑って落ちた。


「どうぞ」

「ありが……なぜ居る」


 浴室の戸を開く音がシャワーにかき消されたのか、いつの間にか入ってきていたエーヴィヒに気付かなかった。しかもタオルを持たず、胸も下も隠さず、堂々と裸を晒している。羞恥心はないのか……あればこんなことはしていないか。


「先に言った通りです。拒否されなかったので」

「冗談じゃなかったのか……」


 全く呆れた奉仕精神だ。


「手伝いはいらん。腕がなくなったわけじゃないんだ。一人でできる」

「そうですか」


 さっさと石鹸で髪と体を洗って一人で出ていく。彼女も追って出ようとしたが、借りがあるし、ゆっくりシャワーくらい浴びればいいと制止してやった。これで少しは、一人の時間が……

 ジリリリリリリ!


「……糞が!」


 苛立ちを抑え切れずに、叫びをあげた。血圧が上がったせいでまた傷が痛みだす……ああ、もういやだ。

 気分を落ち着かせるために深呼吸を一つして、呼び出しに応じる。


「誰だ」

『ミュータントの子供が研究所のアースを奪って逃走中。応援を』

「はぁ……どいつもこいつも! 役立たずのクズ共が!!」

『申し訳ありません』

「言葉はいらん。働け」

『はい……申し訳あり』


 言い終える前に通話を切る。多少は個人の能力の差だと思って見過ごせるが、これはあまりにも度が過ぎる。担当者全員の首を切るに値する大事件だろう、ガキ一人にこんなザマでは治安維持部隊を名乗る資格はない。廃区画のゴミ共の方がまだマシじゃないか。


「くそ……出るか」


 文句を言いつつ。仕事は仕事としてやらなければならない。この怒りはあのクソガキにぶつける。生半可なことでは収まらない、ただ殺すだけでは足りるものか。生け捕りにして、手足を潰して、研究所のマッド共に引き渡して解剖させてやる。苦痛と絶望をじっくりと味わってもらって、死んでもらう。


 地下ガレージに降りて。それから、アースの動作チェックを開始。モニターには異常なしと表示されたから、そうなんだろう。


「よし」


 正面装甲を開いて乗り込み、そでを通して機体を起こす。ガレージのシャッターを開いて外へ出て、無線も拾う。仲間にはなにも期待していないが、情報は集めておきたい。敵がどんな機体で、どこに居て、どこへ向かっているかとか。なんでもいい。


「……」


 聞こえる音はノイズばかり。本当に、ここには役立たずしかいないのか。役に立つ奴は全員死んでしまったのか? 不安に思っていると、ここで音響センサーがアースの駆動音を拾った。反応の距離はどんどん近づき、機体が目視できるほどに。


「探す必要はなかったってことか」

『ねえ、聞こえる!?』

「おう。ばっちり聞こえてるぞクソガキ」


 タールのように重く黒々しい憎悪の念が、ごぽごぽと湧いてくる。右目の仇だ、やつをぶっ殺せと理性が叫ぶ。いいや、ただ殺すのはもったいないと狂気が囁く。どちらにせよあのアースはぶっ壊す。


『お願い、助けて! どうしてこうなってるのかわかんないけど、追われてるの!


 どろどろした念が燃え上がる。どうして、とはまたふざけたことを抜かす。


「理由を、教えてやろうか……てめえの里が、コロニーの情報をよそに売って。そのせいで大勢死んだ。復讐だよ!」

『なんで! 証拠は!?』


 叫びに叫びで返される。知らないことは不幸なことだ。だからといって罪が消えるわけじゃない。ミュータントには、全員死んでもらう。それが頭の決めた方針であり、スカベンジャーの総意だ。一人も残さず、このコロニーから消えてもらう。


「腐るほどある」

『なんで!! どうして私たちがそんなことしなきゃならないの!?』

「……言葉は不要か」


 ガキに話したところで仕方がない。こうして言葉を交わしたところで死人が生き返るわけでもない。ブレードを抜いて、構え。ローラーを最高速度で回し、突撃。急速に迫る相手に、突き出す。速度の乗った一撃を、相手の胴と頭の隙間を狙って。


『ひっ!』

「ちぃ!」


 片目をなくしたせいか、それとも侮っていたからか。相手が反応して死角となる側へ回避したことで、一撃は空振りする。ぶち殺す、その強い意志を込めて振り向く。

 アースは内部の人間の動きをトレースして動く……動揺は外見に現れる。明らかに、怯え腰だ。


『どうして! 一度は助けてくれたじゃない!!』

「仕事だったからだ! そうでなきゃてめえなんて最初から見捨ててた! 助けた結果どうだ、てめえらさえ居なけりゃ、俺の目玉も無事だった! 他の連中も死なずに済んだんだ!」


 追いかけっこはなしだ、銃を使う。本気で逃げなきゃ当てられるとも。狙うのは脚部、装甲に跳弾し火花が上がる。同じ個所に、何度も何度も当ててやると、すぐに穴が空いた。がく、と膝が崩れ落ちて動きも止まる。

 どんな兵器だって、動かなきゃただの的だ。ぎゃーぎゃーとやかましい無線は切ておいて、暴れるアースに近寄っていく。反撃の銃撃は、盾で防ぐ。分厚い装甲版は、銃撃を物ともしない。

 あえて、じっくりと近寄っていって、弾切れを待つ。ガンガンとやかましく盾を叩く銃弾の音が、しばらく後に途切れた。


 ゆっくりと近寄って。じたばたともがくアース。まずは目障りな腕、中身が入っていない部分を狙ってレーザーブレードを振るう。真っ白な光が装甲を焼き切って、その先が落ちる。もう片方の腕も同じように。それから足も。


 四肢を落として、胴と頭だけになったアースはもはや棺桶に等しい。逃げ出そうとしたのか、装甲版がわずかに開く。それを押さえつけて、表面をレーザーブレードで溶接。決して中からは開けられないように。


 バッテリーの残量は十分。このまま研究所まで引っ張って行ってやろう。機体から降りて、バッテリーを収納してあるバックパックからワイヤーを取り出して、ダルマになったアースをくくる。




「聞こえるか? これからお前がどうなるか、わかるか?」


 ゴンゴンと装甲を叩く音、それから中で何か言っていたが、よく聞こえない。


「わからないよなぁ、だから教えてやる。頭のおかしい奴らに引き渡すだろう、それから、裸にされて、全身をばらばらに刻まれるんだ。怖いだろう、怖いよな?」


 中で悲鳴のようなものが。それから、すすり泣く声に。


「ははははは! いいじゃないか。何もさみしいことはないぞ! 悲しむこともない。汚らわしいお前の里の連中はみんな清潔にされた。そいつらの後を追うだけだ、地獄で一緒になれるぞ、よかったなぁ」


 高笑いしながら引きずっていく。目指すべきは研究所……そこに着くまで、狭くてうす暗い棺桶の中で恐怖を噛みしめ続けていればいい。お前たちはそれだけのことをしたんだ。死んで当然なんだ、そんなことをずっと言い聞かせてやった。


 元々こいつのせいで苛立っていたのを、こいつをボコボコにして気が晴れた。あまりにも不毛。しかし、ガス抜きは必要だ。ストレスはしっかり抜いておかないと気がくるってしまう。馬鹿なことをしてスカベンジャーの地位を失うよりは、不毛でも暴力行為を働いておいた方がずっといい。

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