第8話 死闘

 道中、野生動物に追いかけられ、追い払ったりしながらも無事にコロニーまで戻ってこられた。これで、問題は一つ解消……しかしもう一つの問題が待ち受けているかもしれないと考えると、あまり先に進みたくはない。

 あの糞野郎……女だからクソアマ? あるいは駄犬と呼ぶべきだろうか。ともかく、そいつがこの先で待ち受けていて、ゲートを開いた瞬間に胴体に風穴を開けられることを考えたら、足が止まる。

 頭はトーマスに排除させると言っていたが、一体どうなっているのか。確認してみるか。


『どうした。トラブルか』

「猟犬の排除はどうなってる?」

『トーマスからは、追い払ったと聞いているが』

「そうか。よかった。じゃあゲートを開けてくれ」

『いいぞ。少し待て』


 ブザーが鳴り、分厚い鉄の扉がゆっくりと開かれるのを、端っこで待つ。真ん中で待っていて隙間から狙撃されては、戻ってきた意味がない。様子を見ていて、少し隙間が空いたと思ったら、砲声が轟いた。砲弾の軌跡に塵が渦巻いている……案の定、待ち伏せされていたようだ。

 トーマスめ、追い払ったと報告したのはうそだったのか。それとも掃除したら追加がやってきたのか……まあ、どっちでも邪魔があるのは変わらない。いつもなら邪魔なら排除するだけなんだが……今回は無理そうだ。邪魔者の狙撃から逃れながら、コロニー内部にもぐりこむことになるが、実際やるとなると無理に近い。

しかし、わずかに開いたゲートの隙間に砲弾を通すとは、大した精度だ。良い部品を使ってるんだろう、羨ましい……


「頭、猟犬がまだいるんだが」

『一匹見たら十匹は居ると思え、だな。頑張れ』

「ひどいな」


 それでもやるしかないのが辛いところだ。煙幕弾は用意してないので、相手から丸見えの状態で突破しないといけないわけだが、あの精度の射撃を避けられるとは思わない。しかしいつまでもゲートの外側で待っているわけにもいかないし……本当に、面倒だ。面倒だが……外れることを祈るしかない。


「南無三」


 撃たれたら撃たれたでそれまでだ、と割り切って飛び出す。同時に発砲音、しかし命中はせず。量産機よりも動きが速いおかげだろうか、と考えながら敵の位置を把握する。

 通りのど真ん中に鎮座して大砲を構えていて、初弾を外したが即狙いを修正し、次弾の準備をしている。セミオートではなくボルトアクションだったか、それは良かった。おかげで、付け入る隙がある。敵との距離は三百。この機体のトップスピードは時速八十キロ。秒速にして二十二メートル。到達に必要な時間は、加速も必要だから五秒くらいか。

 次弾をしのげば狩れる。


 大きく蛇行走行、さらに対人用の機銃をばら撒きながら、敵の方へ。狙いを定めさせてはいけない。発砲音から察するに、あれの弾は普段俺たちが対装甲用に使っている二十ミリよりも大きい。おそらく口径は三十から四十。胴体に直撃=死だ。そうでなくても胴体以外でも当たれば衝撃で体勢が崩れるから、次弾で死ぬ。よって完全回避以外に選択肢はない。


 相手が次弾を発砲する。しかし、こっちは左右に大きく動いている上に弾幕で妨害もしている。それでも、機体のすぐ脇を砲弾が通り抜けていった。


「焦ったな」


 落ち着いて狙えば仕留められたものを。次弾装填の動作中、これを逃せば次はない。軌道を蛇行から直線に変更し、ブレードも腰部マウントから抜刀して切っ先を真っすぐに猟犬の機体に突進していく。

 対する猟犬の反応も早かった。次弾装填が間に合わないと判断し、大砲を捨ててブレードを抜いて近接戦闘に切り替えた。切り合いになるか、これは無傷で返すのは無理そうだ……いや待て。相手の射撃武器は一つ。で、相手はそれを捨てた……まじめに切り合う道理もないな。


 接敵まで三秒。牽制のために機銃を撃ち続けるも、相手は動じない。

 二秒。迎撃の態勢を取った相手をよく見て、これから取る行動を選択。

 一秒、直前で踵を踏み、ローラーの回転を変えることで強引に軌道変更しながら、地面に落ちた大砲にブレードを叩きつけて破壊し、猟犬の真横を通ってそのまま通りを真っすぐ進む。


 接近戦になって相打ちになるか、撃破されるリスクを冒してでも追撃してくるならこっちも迎撃する。そうでないならこのまま家まで直帰する。火遊びは好きじゃないんだが、さて相手は?


「ケッ、しつこい」


 残念かつ面倒なことに、楽しい迎撃戦の始まりだ。クイックターン、進行方向そのままで向きを反転し、機銃を……今度は相手の足に向けて集中砲火する。長い斉射音。空薬莢の絨毯を作りながら、区画を分けるゲートにバックで進む。

 しかし対人用の豆鉄砲では、装甲目標に対しては貫通力が足りない。嫌がらせくらいにもならない……ランチャーは空だしどうしようもない。よって倒すにはブレードを使った近接戦しかない。


 繰り返すが、火遊びは好きじゃない。相手が襲ってくるからしょうがなく応戦するだけだ。初対面でなすすべなく撤退させられた屈辱への思いは……なくもないが。

 相手をしっかり見て、抜刀。ブレーキをかけて急制動。鋼鉄のつま先が地面を削り、速度が劇的に低下。速度を落とさない敵との距離は、急激に縮まる。交差まで瞬きの間ほどしかない。敵の動きに動揺の色は見えない、剣を振りかざして突進してくるだけだ。


 相手の狙いは構えからして上半身。胴を潰せばパイロットも即死するから間違いじゃない。が、こっちは違う。その剣と交差する寸前で、加速し、交わるタイミングをずらし意識をずらした上で、剣を避けながら後ろに回り込む。アースというのは、正面から潰すには硬いが後ろに回り込めば脆いものだ。なぜって、バッテリーが背面にあるから。


「よし、獲った!」


 背面中央に銃口を向け、射撃予測線を重ねて引き金を引く……前に、振り返って正面を向かれた。装甲の厚い部分に銃弾が命中し、火花を散らして弾かれる。なんという反応速度。そしてすぐに再接近され、刃が迫る。こちらもブレードを振るって防御……したが、それは失敗だった。


「チッ!」


 刃を合わせ、一瞬拮抗したかと思えば、相手の刃がこちらの刀身の半分ほどまでめり込んだ。どんな手品を使ったのか、あるいはこちらの剣が不良品だったのか、今それはどうでもいい。舌打ち一つして、断ち切られる前に剣を手放してバック。直後に、俺が使っていた鋼鉄製のブレードは真っ二つにされ相手の足元に落ちた。手放していなければ、俺の機体もアレと同じ未来を辿っただろう。

 再度、相手の足に機銃を撃ち込む。いくら豆鉄砲でも、十、二十と受ければそろそろ穴のひとつでもあいてくれないか。今刺さっているマガジンで仕留められなきゃ、リロードする間に殺されるだろう。

 そう思っていたところで、最後の一発。小さな穴が空いた。


 相手はそれに気付かずか、それとも気付いていながらか。追撃に踏み出そうとするが、片足が動かず無様に転んだ。その隙に、リロード。弾を装填。

 今日ばかりは、運が味方をしてくれた。


「いやぁ、なんとかなってよかった」


 射撃武器もなく、ただブレードを振り回す相手の後ろに悠々と回り込んで、バッテリーに銃弾を撃ち込む。他がどれだけ無事でも、これ一つ潰してしまえばアースはただの鉄くずになる。

 あるいは、棺桶か。ゴミ溜めの区画で動かなくなったら、まあ棺桶だろうな。助けが来なければゴミに集られて、中身を引きずり出されて食われるだけだ……が、ゴミ共の中に修理できる奴がいないとも限らないし、これほど状態がいいなら丸ごと売り払えば大金が手に入る。置いていくのは勿体ない。よし、中身は殺して機体だけ回収しよう。


「さ、ご開帳」


 わき腹にある強制解放レバーを引いて、正面装甲を開かせる。中身はどんな糞野郎か、と思えば……


「……こいつは予想外」


 真っ白い少女だった。しかも、ガスマスクをしていない。ということは自分が敗北し、機体を捨てて脱出することは考えていなかったということだ。機体か、自分の腕によほどの自信があったのだろう。

 だが不気味なことに恐怖も怒りも感じていないのか、まったく取り乱す様子がない。ただ無感情な瞳が、じっとこちらを捉えているだけ。それ以上抵抗はしなかったため、引きずり出して射殺して道端に捨てておいた。中身が空になったアースは、機体のバックパックにしまってあるワイヤーを使って引っ張っていく。

 さて、多少予定外のことはあったが、それも無事に済んだ上に臨時収入もできたことだし、まあ良しとして帰るとしよう。愛しい我が家が待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る