鋼鉄の夢 砕

crow mk.X

第1話

 今日も今日とて、ただ椅子に座って往来を眺める。いつもと違うのは、人の見た目に注意しながらの監視というだけ。異常はなく、そろそろ交代が来ないかなと思い始めたのである。


「おはよう。えーっと……誰だっけ。今日はいい天気だな」

「クロードだ……そうだな。珍しく空が明るい」

 

 話しかけてきたスカベンジャーに適当な言葉を返す。相手は俺が誰かをわからず声をかけたようだが、それは仕方がない。降り注ぐ工場の灰から身を守るための分厚いコートが体型を隠し、灰と目を守るためのガスマスクが顔を覆っているせいで、外見での判別が困難なのだ。おまけにマスク越しのくぐもった声では個人を聞き分けることも難しい。


「そうだ、クロード。仕事はどうだ?」

「異常なし」


 今日の仕事は道路の監視作業で、椅子に座って往来を眺めるだけの簡単な仕事だった。道行く人々は皆、色のバリエーションこそあれどガスマスクとコートの二点セットで統一された服装に、護身用の拳銃をぶら下げている。どこにも怪しい格好の人は居ない。

 たまにマスクもせず、防護服もなしで出歩く人間もいるが、それはミュータントで、コロニーにとって大切なお客様だ。



「そうか。じゃあ交代だ。帰り道にミュータントの子供が居たら、捕まえて頭のところへ連れて行くんだぞ」

「もうそんな時間か」


 グローブの掌で、灰の積もった腕時計の表面を拭う。灰は除けたが、今度はガラスが油でくもってしまった……何度かこすって時間を確認する。なるほど、もう監視開始から結構な時間がたっている。思った通り、交代の時間だったらしい。


「じゃあ帰るか。あとはよろしく。何事もなけりゃいいな」

「おう」


 通信機をどっこいせと背負って、ずんとくる重みを全身で受けながら帰路へつく。



 道路に積もった灰に足跡を刻み、マスクの下で戦前の歌を口ずさんで道路を歩いていく。今日は珍しく五十メートル先が見えるし、うっすらと日がさしているおかげで暖かい。こんな日は窓際で昼寝でもしたくなるな。帰ったらそうしよう。

 なんて考えていたら、ドン、と何かが体にぶつかって、視界の隅を金色の帯が横切った。反射的に片手を伸ばし、それを掴んで手繰り寄せる。

 ぶちぶち、と千切れる感覚からして、掴んだものは髪だったらしい。


「痛いっ、放してよっ!」


 ぶつかって気を取られた間に財布か銃でも抜き取ろうとしたんだろうが、そんな素人に盗られはしない。しかし……声から察するに、まだ子供だろう。空腹に耐えかねて盗みに走ったのか。かわいそうに……俺がくれてやれるものは、銃弾しかないが、許してほしい。

 すっと拳銃を頭に押し付け、流れ作業のようにトリガーを引こうとして……異常に気付いて指を放した。


 このガキ、マスクも防護服もつけていない。普通の人間なら、マスクを着けていなければ汚染された大気に耐えられずに陸の上で溺れ死ぬ。にもかかわらず、こいつは呼吸ができず苦しいようなそぶりは見せない。


「ミュータントか」


 この世界に適応した新人類であって、コロニーの大事なお客様。そして、俺の追加業務だ。残業発生とはついてない。早く家に帰って昼寝したいのに……ついてない。

 とりあえず髪を掴む手を放して、グローブに絡む髪の毛をつまんで取りながら話をする。どれだけ面倒でも仕事は仕事だ。


「親? パパならあなたたちの親玉に殺されたよ!」

「……まあ、親玉か。間違ってないな」


 俺の所属はスカベンジャーと呼ばれる組織。仕事はこのコロニーの治安維持から、遠征での資材確保まで、なんでもやるが、俺が任されているのは治安維持部隊の下っ端だ。その全体のトップに頭という役職が一人居て、スカベンジャーを統率している。

 そして、さらにその上に支配階級が居る。多くの人はご主人様と呼ぶが、これがまた厄介者だ。

 都市を動かすためには電力が必要で、発電所のメンテナンスを行う技術を持っている者は支配階級しかいない……それについてはまた今度話すとしよう。

 なぜかは知らないが、奴はミュータントを毛嫌いしている。見かけたら即『犬』をけしかけて殺すほどに。


「……だが、スカベンジャーはミュータントの味方だ。安心して、ついてきてくれ」


 何事も中途半端が一番よくない。やるのなら徹底的にしてくれなければ、こうして後処理が面倒なことになる。何が言いたいかって、子供も逃さずきっちり殺しておいてくれたら、俺が残業せずに済んだのに、という話だ。  

 背負った通信機からコードを伸ばし、マイクとスピーカーをマスクにつけて、本部に通信を入れる。


「足の三十二番より頭へ。応答願う」

『なんだ』

「件の子供を保護した。現在地はD4とD3区画の間。帰宅中に発見した。展開中の羽に撤収命令を出してくれ」

『了解。その子供はすぐにこちらへ連れてこい。絶対に傷一つ付けるな』

「イエッサー。通信終了」


 通信を切り、コードを巻き取る。ここから頭の居る場所まで、徒歩でどれくらいかかるだろう。メインストリートのいくつかは通らなきゃならないからめんどくさい。まして、ミュータントの子供と来れば……殺して支配階級に取り入ろうとする馬鹿が居ないとも限らない。危険度は一人の時の何倍だろう。

 スカベンジャーに喧嘩を売る命知らずは滅多に居ないが、子供を狙う奴ならそこら中にいる。よく今まで一人で逃げられたものだ……と、通信機にぶらさげたスペアのガスマスクを少女に渡す。


「マスクをつけてるだけでミュータントと思われない。被れ」

「えー」

「死なれたら困る。お前だって死にたくないだろう」

「う……じゃあ被る」


 素直に言うことを聞いてくれる子供は好きだ。言うことを聞かない子供は死ねばいい。いや、子供に限らず言うことを聞かない奴は死ね。


 大人用のマスクは、少女には少し大きくブカブカだが、遠目に見ればわかるまい。


「……苦しい」

「我慢しろ」


 マスクは、それがなければ生きられない、旧人類のために作られた装備だ。彼女らには本来必要ないもの。俺たちだって苦しいのを我慢して使っているのだから、彼女にとってはさらに苦しいだろう。

 それを承知で、耐えろと言っている。俺だって仕事じゃなけりゃ子守りなんてしたくないんだ。こいつにも耐えてもらわないと、釣り合いが取れない。

 


第一話了


第二話


 道中は何事もなく、目的地までたどり着けた。無事という言葉は、聞くだけで胸が躍る。襲ってくる阿呆が居ないというのは、それだけ仕事が減るということだ。人類は皆休むのが大好き、俺だって例外じゃない。


「足の三十二番、クロードだ。ミュータントの子供を連れてきた。通してくれ」

「……よし、通っていいぞ」


 身分証替わりの金属タグを門番に渡し、頭の待つシェルターの中へ入る。分厚い鋼鉄の扉を一枚潜り、閉じた後に、左右からゴォと強烈な風が吹き付ける。戦前からある建物には大体ついている、外から汚い塵を持ち込まないための機能らしい。


「ぶぇっ!?」


 スカベンジャーとして何度も出入りする俺は慣れてるが、この子供は初めてだったようで、いきなりのことに驚き目を白黒させている。そんな少女の手を掴んで、もう一枚のガラス扉を開くと、広いホールの奥に片足のないハゲた老人が座っていた。

 その老人こそ、スカベンジャーのリーダー。頭の役職を持つ男だ。


「よう頭。ガキを連れて来たぞ。命令通り、傷一つ付けずにな」


 髪の毛を何本か引きちぎったが、それは命令を受ける前だからノーカウントで。命令を受けてからは俺以外、誰の指も触れさせていない。


「ご苦労。それじゃあ、そいつを村まで送り返せ。丁重にな」

「それは『羽』の仕事だろう、俺は『足』だぞ。断る。手の空いた羽にやらせればいいじゃないか」


 当たり前だが、スカベンジャーは所属ごとに役割が異なる。ここで言う『羽』は、コロニーの外へ出かけて、汚染地帯を渡り、廃棄された都市で過去の資源を漁って帰って来る。『足』はコロニー内の治安維持と、コロニーに遊びに来たお客様の護衛だ。羽に比べれば地味な仕事だが、大切なことだ。

 で、俺の所属は足。ミュータントの護衛は確かに足の仕事だが、問題はミュータントの村落の位置だ。その場所はコロニーの外部で、決してご近所さんと言えるほどの距離ではない。人の足ならほぼ一日かかる。車や『機材』を使えばもっと短くて済むが、汚染地帯のど真ん中を歩く上に野生動物も沢山いる。一人で行くのは危険極まる。

 もし道中で機材が故障すれば、汚染地帯のど真ん中で立ち往生。応急処置で何とかなればいいが、何とかもならない場合はそのまま汚染でジワジワ苦しんで死ぬ。そうでなくても修理の最中に野生動物に襲われたら、生身じゃどうしようもない。


「上司の命令を拒否すんのか?」

「直属の上司がやれって言うならやるが、頭からの命令じゃなぁ」


 椅子に座って威張りちらすだけの人間の頼みでは死にたくはない。せめて、命を懸けるのに見合った対価を寄こしてもらわないと。金とか部品とか。命が安い世界だが、金に換えればそれなりの額にはなる。

 

「舐めてんのかてめえ」

「こっちだって貴重なプライベートを削ってここまで来てんだ。偉そうに威張るなら出すもの出してからにしやがれ」

「……ったく。お前にしか頼めないんだ、引き受けろ」

「俺の言ったことを聞いてなかったのか? つーか、俺にしか頼めないってどういうことだよ」

「理由は二つだ。まず、ミュータントのガキをいつまでもここに置いてたら、ご主人様の犬が嗅ぎつけてやって来る」


 支配階級の犬、とは言うが、犬みたいに可愛らしいものじゃなく、連中は殺し屋だ。支配階級に歯向かう者の前に、返り血で染まった装甲の機材に駆ってやって来る。

 それが来ると聞けば、どんな荒くれ者のスカベンジャーでも部屋の隅で震えて死を待つしかない、まさに恐怖の象徴だ。


「もう一つ、あっちにガキの親が殺されたことを連絡したら、今すぐに子供を連れてこいとカンカンに怒ってな。一秒でも早く届けなきゃいかんが、下手な奴に頼めば、護衛対象が今日の夕飯だ。人肉食を拒否する奴でないと任せられん」

「……ああ、なるほど」


 確かに、このガキはコロニーの旧人類の子供と比べて肉付きがいい。合成食糧でなく、そこらの汚染された土で栽培された食糧を食っても平気だから、良いものをたくさん食っているのだろう。子供は肉が柔らかいとも聞くし、カニバリストからすればご馳走だ。

 そうでない俺からすれば、ただの面倒ごとでしかないが。

 

「事情はわかった。で、当然特別手当はもらえるんだろうな?」

「前向きに検討しよう」

「確約でないと行かんぞ」

「はぁ……研究所に、お客様が持ってきたレアもののパーツがある。戦前の品にしては珍しく、少し手入れすれば使える程度に状態がいいそうだ」


 戦前の品、というのはどうあっても高い値が付くものだ。コロニーにスカベンジャーが発足し、組織的に骨董品の蒐集を始めるまでに、戦前の高度な技術の多くは雨風に曝されて瞬く間に風化・消滅していった。

 しかしその中にあって機能が消失せず、しかも実用的な代物とくれば、金塊ほどの価値がある。自分の機材に組み込んで、うまく稼働してくれるなら自分で使うし。だめならジャンク屋に売って金に換えればいい。

 そういうわけで、この報酬には命を懸ける価値があるとみた。


「じゃあそれでいい。生きて帰ったら取りに行こう」


 問題は、生きて帰れるかどうか。これに尽きるが、まあ死なないように努力するほかない。


第二話了


第三話

 ミュータントの子供は一度頭に預けて、自分はコロニーの外へ出るのに使用する『機材』を取りに、廃墟マンションの自宅へと戻ってきた。

 機材を置いてあるのは、地下駐車場をガレージとしたもの。整備道具から火器弾薬まで、全部をひとまとめにして置いてある。

 その一番奥に置いてあるのが、戦前の技術の劣化コピーで、Arms and Armord suit、頭を取ってアース、と呼ばれるパワードスーツだ。全高三メートルほどの戦闘用機械。しょっちゅう外へ出かける羽と違って、足の俺には用事がなければ立派な置物だし、用事があったとしてもただのゴミ掃除くらいなので、大して整備もしてない。

 つまり今回の事態のようなイレギュラーは全く想定していないため、このまま外へ出れば間違いなく整備不良で転ぶ。だから点検はしっかりしておこう、という考えだ。


 メンテナンス用の端末をつないで、チェック開始のスイッチを押す。するとエラーの文字が出るわ出るわ、センサー、カメラ、間接、モーター。あらゆる場所が黄色信号を点灯させている。とはいえ、どれも今すぐパーツ交換する必要はない程度だったのは幸運だろう。行って帰るだけなら問題なさそうだ。


「チェック終了と。じゃあ、腹ごしらえするかぁ……」


 気は進まないが、と心の中で呟いたら、冷蔵庫の中から合成食糧をワンパック取り出して、キャップを外して口に含む。ほのかに酸っぱい香り、グっとチューブを握りしめ中身を押し出し、口でも全力で吸い込み、味わう暇なく一気に飲み込む。

 が、それでも舌の上を通るからには嫌でもその味を堪能させられる羽目になる。酸っぱくて、生臭くて、その上わずかに残る食物の残渣のようなナニカ……一言で表すなら、良く冷えたゲロだろう。

 不快でしかないその味を、蒸留水で洗い流して飲み込んだら食事は終了だ。ただただ苦痛でしかないこの食事で良い点を強いてあげるなら、苦痛が一口で終わること、そして一日三食これを食べて水を飲めば、他に栄養補給が必要ないことだ。


「まっずぅ……」


 込みあがる吐き気を堪える。ここで吐けば、貴重な栄養がすべて詰まったあのありがたい合成食糧をもう一度食わねばならない、あの苦痛にもう一度耐えねばならないのだと。空になったチューブをゴミ箱へぶち込んで、口元を拭う。


 吐き気が収まったらガスマスクを付け直し、自分の相棒である機体に向き、正面装甲を開いて、機体に乗り込む。機体の腕部に腕を通すと電源が入り、眼前にある機内モニターに光がともる。いくつかの文字列が流れた後に、頭部カメラからの機外の映像が出てきた。

 カメラは問題なし。左右の腕は、ちゃんと動く。両足は、少々異音があるがちゃんと動く。問題ないな、問題ない。警告文字なんて見えない。

 武装はブレード、対人・対獣用マシンガン、最悪の場合に備えて対装甲目標用ロケットランチャーをの三点セットを持っていく。

 

 ガレージのシャッターを開いてスロープを上がり、表の道路に出たら、足のローラーを起動して頭の待つ区画へと走っていく。

 人の足だとしばらくかかったが、アースは車並だ。十分とかからずにシェルターに着いた。そこで一度アースから降りて、門番に頼みミュータントの子供を連れてきてもらう。


「頭から伝言だ。子守りなんてさせるんじゃねえ、とさ」

「すまん、と伝えておいてくれ。それじゃあえーっと……」


 しまった。名前を呼ぼうと思ったが、聞いてないから出てこない。


「マスクをして、ついてこい」

「アンリだよ」

「そうか。名前はどうでもいいからついてこい」

「えー、ひどーい」


 本当ならこんな面倒な仕事なんてやりたくなかったのに、やらねばならないのが下っ端の辛い所だ。外部スピーカーでやりたくもないコミュニケ―ションを取りながら、コロニーの外へ出る、ゲートに向かう道を行く。


 ゲートまではいくつかの重要でない・・・・・区画を通り抜けなければならないのだが、そこを通るときに起こるであろう問題がまためんどくさくて嫌になる。

 重要な場所は当然、スカベンジャーが常に目を光らせている甲斐あって治安が非常に良い。通り魔が出たとして、犯行を起こす前にミンチになるくらいだ。

 だが、重要でない区画は警備の手が薄いどころか、ほぼスカベンジャーの手が入っていない。限られている人手を割くほどの価値がないからだ。

 

「さて……ここから先に進む前に、三つ言っておくことがある。まず一つ、絶対に二メートル以上離れるな」


 問題の区画と、そうでない区画を隔てる検問を前に、アンリに命令する。理由はあえて言う必要はないだろう。子供でもわかる、簡単な事情だ。


「二つ。驚いても絶対に機体に触るな」

「……うん」

「命令には反射で従え。どうして、とか考える前に動け」

「うん」


 こちらも事情は同じ。どちらも命に関わる問題だ。下手をすれば護送対象を守るどころか、うっかり殺しかねない。


「よし。行くぞ」


 ライフルを持ったスカベンジャーに通してもらい、問題の区画に進入する。彼らの目の届く範囲は安全だろうが、奥へ進めばそうではない。気を引き締めなければ、仕事を失敗して頭に大目玉をくらう羽目になるだろう。それはめんどくさい。失敗自体は別に気にならないが、怒られるのが実に面倒だ。


 区画に入ってから、五分ほど。進めた距離は区画の半分にも満たない。アースのみであればゲートまで辿り着けただろうが、子供の足に合わせていれば仕方がない。

 だが、ゆっくり進めば面倒ごとに見つかるのも当然か、モニタに写る機体後方の映像には何人ものやせ細ったゴミ達が、物陰に隠れながらコソコソと付いてきていた。

 気付かれていない、と思っているのだろうか。それとも。


「きゃぁ!」


 気を引くためにわざとやっているのか、と思っていたらその通りだった。路地からやせ細ったゴミが飛び出て、ガキを攫おうと手を伸ばしていた。


「伏せろ」


 だがしかし、その程度予想できていたとも。腰部ハードポイントのウェポンロックを、武器を水平に下ろして解除、ブレードを取り外し、引き抜きざまに脅威を振り払う。

 幅広で厚みが一センチ、長さが一メートル半あるそれは、刃物というよりも鈍器の性質に近い。幼女に手を伸ばし、その柔らかな肉に食らいつこうとするゴミは刃に直撃し、血肉を抉りちらしながら道路に倒れて動かなくなる。トドメに頭に先端を振り下ろしたら、今度は後ろに気を向ける。


 待ち伏せが失敗したゴミ共があきらめてくれるなら、出費が減っていいんだが。


「うぉおぉぉぉおおお!!」


 残念ながら、叫びながら群れで突っ込んできた。仕方ない。ブレードを腰に戻し、片手を空にして、ガキを捕まえる。


「掴まってろ、落ちるなよ」

「ひぃぃ!!」


 握りつぶさないように気を付けて、脚部のローラーを逆回転で起動し、バックで進みながら右手の機銃で道を薙ぐように発砲する。その後出来上がるのは、当然死体の山。追いかけてくるゴミ達にとっては、肉の山、ご馳走の山とも言い換えられる。

 連中の目当ては肉だ。命の危険を冒して追いかけて手に入るかどうかわからない肉より、労せず手に入るそこにある肉を選ぶだろう。


 案の定、出来立てのゴミの死体にゴミ達が群がりだすのを確認したら、機体を反転し、道を急ぐ。連中の注意がそれている内に、ゲートまで突っ切ってしまおう。外に出さえすれば、もう追っては来れないのだし。


第三話了


第四話


 ゴミ共の巣を通り抜け、ようやくコロニー外部に通じる唯一のゲートまでたどり着けた。ここまで何事もなく、とはいかなかったが、荷物は無傷だし良しとする。


「さて……ここから先、一人で帰れるか?」


 左右に果て無く続く壁はコロニー全体を覆い、外部と内部の接触を分かつ。唯一外部に通じるのは巨大な鉄の門一つで、それを前にすると、『コロニー外へ踏み出すべからず』と言われているようで、足が止まる。


「無理」

「……だよなぁ」


 まあ、実際踏み出さない方がいいんだが。コロニーの外は随分昔の戦争で汚染されていて、防護機材なしで踏み出せば、マスクをしていようがコートを着ていようが重大な健康被害がもたらされるほどの危険地帯だ。コロニーを囲う壁はずっと昔に、汚染された土壌が侵入しないようにと建てられたものだ。今よりは資材に余裕があっただろうが、それでも無駄遣いできるほどではなかったはず。にもかかわらず、膨大なコストを支払ってこの壁を建てた理由は、外の汚染がそれほどひどいからだ。

 何度か機材に乗ってコロニー外へ出かけたことはあるが、汚いコロニーを基準にしていてなお汚染を警告する表示がモニターに表示されるほどの汚染量だった。それは今も健在だろう。

 出たくない、けれど出なけりゃ仕事にならない。厳しい仕事ばかり押し付けられるのは、下っ端の辛い所だ。


「よし、行くかっあ!?」


 ガクン、とアースの足がエラーを起こした。その瞬間、破裂音と同時に機材の装甲をチュン、と削る音がし、本能で危険を察知。エラーを起こし躓いている片足は仕方ないとして、そのまま機体をわざと転ばせてゲートの外へ出たら、ゲートの支柱を背にして隠れる。


「こっちへ!」

「うんっ!」


 それから、ゲート開閉用レバーを引く。さっきの攻撃はコロニーの内側からのものだった。どこの誰の仕業かは知らないが、ともかく外側に出れば射線は通らないから安全。そう判断しての、咄嗟の行動だったが……満点だ。あとはこのままゲートが閉まり切れば、どこの誰とも知れない殺し屋とはオサラバできる。閉まるまでの間に脚部エラーを庇うように歩行システムを変更し、応急処置は完了。本格的な修理は向こうの集落についてからだ、屋外じゃ道具もなにもないのだし。

 それにしても、手入れ不足に救われるとはなんとも妙な話だ。あそこで躓いてなかったら胴体を真横からぶち抜かれてたし……でも、こんな奇跡は二度も起きるようなもんじゃない。今度からメンテナンスはこまめにすることにしよう。


「逃がしてくれるといいんだが……」


 門はゆっくり閉まりつつある。これなら、もう大丈夫だろう。そう、思いたいところだが。


『逃がしません』


 短距離通信。若い女の声。サブカメラに映像を切り替えたら、狭い門の間から赤色の流星が飛び出してきた。


「けっ、猟犬め……都市伝説じゃなかったのかよ……」


 これまでちょっとした噂に尾ひれがついたものとばかり思い込んでいたが、どうやら現実に存在するものだった……だが、予想外の事態が起きた時こそ落ち着くべき。まずは相手の戦力を考えてみるとしよう。

 閉じてる最中の門をギリギリですり抜けてきたからには、そこそこ度胸があるんだろう。普通ならためらう。中身はそうとして、向こうの機体はどうだ? ご主人様の犬なら、こっちのろくに整備もされてないポンコツよりずっといい物を与えられているに違いない。

 

 右手でガキをかばい、左腕では機銃を向ける。相手もこちらに大口径の対装甲用ライフルを向ける。ライフル程度なら一発二発なら耐えられるが、それ以降は怪しい。一方こっちの対人用の豆鉄砲じゃ、いくら撃ってもアースの装甲は貫けない。背負ったランチャーなら、直撃で撃破、至近弾でそこそこのダメージだが、射角が限定されるし、高威力なだけあって警戒されるだろう。撃っても避けられるかも。

 

「見逃してくれ。仕事だから仕方なくやってるだけで、ご主人様に歯向かおうなんて気持ちはかけらもないんだ」


 素直に命乞いをする。相手が有無を言わさず殺しに来るなら、全力で抵抗して死のう。


『ではミュータントを殺しなさい』 


 そうすれば見逃してくれるのだろうか。だが、仕事を失敗するどころか、自分で殺しましたなんて言ったら頭に殺されるだろうな。一番無難なのは、『自分は頑張って守ったけど護衛対象は殺されてしまいました』と言い訳するくらいか。それでも『じゃあなんでお前だけ生き残ってるんだ、責任とって死ね』と言われるのがオチか。殴り合っても死ぬ、見逃がしてもらっても死ぬ……依頼失敗はどっちに転んでも死ぬしかないのか。生き残りたいなら成功するしかないな。

 こんな仕事、受けるんじゃなかった。

 とりあえず、交戦の意思がないことを示すために両腕を空に向ける。


「それはさすがに上司に殺される……あんたに引き渡すんじゃだめか」

「えっ!? た、助けてくれるんじゃなかったの!!」

「他人の命より自分の命の方が大事に決まってんだろ。馬鹿か」


 普通のことだ。とても、普通。


『……いいでしょう。では、こちらへ』

「その前に、物騒な物を下げてくれ。渡した後にじゃあサヨナラ、はごめんだ」


 外でぎゃん泣きしているミュータントのガキは無視して、ご主人様の犬と対話を続ける。この要求を飲んでくれさえすれば、なんとか逃げられる可能性も出てくるのだ。頼むから、飲んでくれ。


『わかりました』

「おっけー、あんたが話の分かる相手で嬉しいよ」

「やめて! 放して、まだ死にたくないよ!!」

「うるせえ。俺だってそうだ」


 騒ぐ少女を捕まえて、引き渡す……


「じゃあ、くれてやる」


 フリをして、肩のランチャーに装填された榴弾、焼夷榴弾、煙幕弾をまとめて相手の手前にぶち込む。


「逃げるぞ」 


 爆炎と土煙、それから真っ黒な煙幕がカメラの視界を埋め尽くすと同時に、バック開始。追加の嫌がらせに機銃弾を煙幕の向こう側へたっぷりばら撒いて、そのまま逃げる。

 この場での勝利条件は、ガキと自分が生きてこの場を逃れることなのだから、撃破する必要はない。だから光学・熱源索敵を煙幕と炎で潰して、あとは相手が弾幕にひるんでいる間に、追いつけないくらい距離を取ればいいのだ。


第四話了


第五話

 犬の脅威は一時的に去った。コロニーへ戻ればどうせまた居るのだろうけど、それはそれとして、今はまた違う問題に悩まされている。


「汚染地帯の真ん中で立ち往生か……」


 中身が足を動かしても、追従するはずの機体はガクンガクンと妙な動きをして、一向に前に進まない。自己診断でモニターには膝関節部品の破損と出ているが、そうなった理由に心当たりはある。


「こんどは整備不良で命の危機

とはなぁ……」


 それも命拾いした直後に、とは。乗り捨てて徒歩で行くにも、ミュータントの集落まで人間の足では少し時間がかかりすぎる。体が汚染に耐えられず、途中で倒れて死ぬだろう。集落に向けて救助要請を出そうにも、送信機にまで異常が出たようだ。通信不能のマークが点滅している。整備はちゃんとしておくべきだった。

 とはいえ、現状を嘆くだけでは何も変わらない。変化を求めるなら行動すべきだ。こういう時のために、応急修理キットをバックパックに仕込んであったはずなので、それを使うことにする……修理のためには一度機外へ出なければならないが、機内からじゃどうしようもない問題なのだから、仕方ない。


 正面装甲を開いて、外に生身で出る。防護装備は厚手の服とマスクのみで、過酷な汚染環境に対しあまりに貧弱。時間をかければかけるだけ、先の短い寿命も縮まる。可能な限り、手早くやろう。地面に降り立ち、すぐに機体の後ろへ回り込み、バックパックの蓋を開いて工具を一通り取り出し、機体の膝部分の装甲を取り外す。ボルトを取り、装甲をはがすと、内部にはビッシリ人工筋肉の束が詰まっている。問題の部分はもっと奥なので、束をかき分け問題のギアを露わにする。


「やばいなこれは」


 ギアに亀裂が入っている。動かなくなったのは安全装置が作動したからだろう。完全に割れてないならまだ対処できる、不幸中の幸いとはこのことか。

 早速機体のバッテリーとグルーガンのようなものをつないで、低温で融解する金属棒をセットしノズルの先端を亀裂に押し付ける。すぐに熱で解けた金属が亀裂に入り込み、亀裂を埋める。

 応急処置はこれでひとまず完了、本当に応急のものなので、後で部品を交換しないといけないが、集落にあるだろうか。なければコロニーから迎えを寄こしてもらわないといけなくなる……

 ともかく、処置は完了したのだし、いそいそと道具を片付けアースの中に引きこもる。


「いまので寿命が何年分縮んだか……」


 自覚できる症状は今のところない。だが、汚染地帯に生身で出たからには確実に被害があるだろう。出ている間に野生動物が来なかっただけ……まだ応急処置でなんとかなる範囲だっただけ……ただ生きているだけで幸運だ。


 少しの間、溶かしたパテが固まるのを待つ。


「大丈夫なの?」

「一応な」


 そろそろ固まっただろう、と歩行プログラムで左右の足にかかる負荷バランスを変更し、歩き始める。

 そこからはもう何の問題もない、野生動物が現れることもなく、ひたすら歩き続けて、霧の向こうにミュータントの集落が見えてきた。


 集落入り口の門は、コロニーのものほど大きく、頑丈そうには見えないが、野生動物の侵入を防ぐには十分だ。ミュータントのガキが急に走り出して、門の前でこちらを振り返って止まった。


「ようこそ! 私たちの村へ!」


 その後ろで住人の帰還を歓迎するように門がゆっくりと開かれたので、少女の横を通り過ぎて、集落の中へ。


「あ、待ってよ! 反応なし!?」

「うるさい。俺は早く帰りたいんだ」


 早く用事を済ませて、早く機体の修理をして、早く帰りたい。いくらアースの中でも、生存不能領域内で棒立ちというのは、安全と分かっていても気分が悪い。

 アンリも釣られて集落の中へ入る。すると、集落内の人……もといミュータントが集まり出して、少し騒がれる。群がられると鬱陶しい……

 

「退いて、退いて……」


 ほどなくして、人込みをかき分けて老婆が現れた。ついでに、その左右を銃を持った男二人が固めている。銃口は下げられたままだが、安全装置は外れてるし引き金に指はかかっているし、歓迎にしては随分と物々しい。歩兵の銃ごときで抜ける装甲じゃないけども、おかげで気分の悪化が留まることを知らない。

 

「ああ……おかえりアンリ。お前だけでもよく無事に帰ってきてくれたねえ……!」

「おばあちゃん、ただいま……うん。何とか帰ってこれたよ」


 どうやら二人はかなり親しい間柄のようだ。路上で二人抱きしめ合って、涙ぐんでいる……のはいいんだが、護衛の男二人の顔が気に入らない。小娘一人のために命を危険にさらして、こんな糞みたいな場所まで来てやったというのに、まるで罪人みたいにこっちをずっと見続ける。

 

「再開の感動に浸っているところ悪いんだが、頼みがある。いいか」

「ええ、どうぞ……孫を生きて送り届けてくださったのです。何なりと申し付けください」

「アースの修理と充電を。膝のギアが壊れてしまって、応急処置だけ済ましてあるが、帰りは持たない」

「わかりました。部品があればよいのですが……」

「なければコロニーから取り寄せるから、無線機を貸してくれたらいい」

「ええ。ええ……ではまず、あちらで」


 老婆が指さしたのは、集落中央の一番大きな建物。ぼろっちいが、一番頑丈そうでもある。

 

「コロニーからの来客用に、旧人類の方でも生身で居られる部屋を用意してあります」

「そりゃありがたい」


 機体に乗ったまま修理をするわけにもいかない。その間外で生身で居ろと言われるのは、死ねと言われるのと同じことだ。

 だから、ちゃんと生身で過ごせる場所があるのは非常にありがたい。軽い感謝の言葉には、それ以上の重い心中を含めているのだ。

 銃を持った護衛は見ないことにし、先を行く老婆についていく。それから、建物横のガレージに案内され、そこに入るとシャッターが閉まり、天井から滝のように水が降り注いだ。なるほど洗浄室、と納得し、待つこと数秒。水が止まり、左右から強い風が吹きつけて水を飛ばす。

 風が止んだころにガレージ奥の扉が開いて、さっきの連中とは違うミュータントがやってきた。

 

「もう降りて大丈夫ですよ」


 そう言われても、一応機材で確認しておく。外気チェック、汚染レベル2、皮膚の露出を避け、マスクをつければしばらくは生身でも大丈夫な程度だ。機体の正面装甲を開いて地面に降りると、水たまりを踏みしぶきが舞った。


「こちらへどうぞ」


 ついていった先に、実りある話が転がっていることを願おう。

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