第213話 この世界に生きる

 【落書き】を捕縛してから二週間が経過していた。


 あの後、冒険者ギルドに【落書き】を引き渡した僕達は伯爵邸に向かうことを決めた。

 こちらは片付いたものの、皆は【キメラ】と応戦している可能性があり、その安否が気掛かりだったからだ。


 そうして僕達は、急いで伯爵邸へと向かったのだが……

 結果から言えば、僕の考えは杞憂に終わることとなる。


 どうやら、僕達が【落書き】を引き渡している頃には救援が到着していたようで、僕達が伯爵邸へと辿り着いた時には【キメラ】の討伐を終えるどころか事後処理まで始まっており、良い意味での肩透かしを食らってしまうことになった。


 加えて、気掛かりだった皆の安否に関しても。



「まあ、細かい切り傷はあるけど大きな怪我はねぇよ。

他の皆もそんな感じだし、既に治療もして貰ったから心配すんな。

それよりも【落書き】達はどうなったんだよ? 殺したんか? それとも捕縛したのか?」


「というか……僕からすればアルディノの方が重傷に見えるんだが?」


「んにゃ!? にゃんだそれ!? 指がパンパンになってるにゃ!」


「そ、それ……痛くないんですの?」



 杞憂で終わるどころか、折れた中指が腫れていることを指摘されてしまい、逆に心配される羽目になってしまった。

 急いで駆けつけようとしたあまり、折れた中指の治療をすっかり忘れてしまったようだ…… 


 ともあれ、地面へと腰を下ろし、満身創痍といった感じで民家の外壁に背中を預ける友人達ではあったが、大きな怪我だけは避けられたようで、僕はホッと胸を撫で下ろすことになった。


 その後、オーフレイムさんやグスタフ副学園長と合流した僕達は【落書き】についての報告を始める。

 流石にメーテが【賢者の石】を擁していることは報告する訳にはいかなかったが、それ以外のことは包み隠さず報告することにした。


 オーフレイムさん達は報告を聞き終えると――



「最後は自滅って訳か……悪党らしい顛末っていえば悪党らしい顛末だが……

ともあれ、アルがそんな選択をするとは意外だったな。お前のことだから悪党にも情けを掛けそうで気掛かりだったんだが、そうはならなかったみたいで安心したわ」


「教育者という立場からしたら悪党にも慈悲を与えるべきだと提唱するべきなんだろうが……

流石に【落書き】のした事を考慮した上で、それを提唱できる程の胆力は持ち合わせていないな」



 大剣を肘掛代わりにしながら、安堵するかのように息を吐いたオーフレイムさん。

 グスタフ副学園長は戦闘の疲れが抜けきっていなかったのだろう。

 チーフで額の汗を拭いながらそのような言葉を口にしていた。



「まあ、兎にも角にも私はアルの選択は間違っていないと思うわよ?

世の中には慈悲を与えても意味のない人間はいるし、与える必要性のない人間もいるからね。

被害者遺族の心情を考慮すれば明確な憤りのぶつけ先も必要だとも思うし、捕縛したのは正解だったんじゃないかしら?」


「そうですね。アル君は残酷な選択をしたことを少々気にしているようですが……

国が違えば盗みを働いたその場で腕を斬り落とされる事などもあります。

罪には罰を――というのも度が過ぎれば野蛮であるのかもしれませんが、【落書き】のしたことを考えれば拷問や研究対象として扱われたとしても仕方が無いことだと思いますよ」


「そうそう。因果応報っていうのかしら? 要は自分の行いが自分に返ってきただけって話だからね。

っていうか、アンタは考え過ぎなのよ! もっと頭柔らかくしないと本当に禿げるわよ?」



 加えて、僕を擁護するような発言をしたのはミエルさんとマリベルさん。

 僕達が到着する前に救援として駆けつけていたようで、報告を聞くと、呆れるような表情を浮かべながらも僕の肩を持ってくれた。


 正直、残酷な選択をした事に対して後悔はしていない。

 しかし、僕の選んだ選択は周囲から非難される可能性もあったので、多少なりの懸念を抱いていたのだが……

 どうやら、否定的に捉えている者は少ないようで、各々が理解を示してくれていることに安心を憶えることが出来た。


 そのようにして報告を終え、事後処理に区切りがついたところで、僕達は冒険者ギルドへと向かう。

 主犯格であると思われる【落書き】の対応と、今後の方針を決める為の会議を行う為だ。


 そうして冒険者ギルドに辿り着いた僕達は、今後の方針についての会議を始めることになった。

 その会議は夜が更けるまで続けられても、一向に終わりが見え無かったのだが――



「んにゃ……流石に眠いにゃ……」



 もとより報告は終えていることに加え、会議の場には友人達と行動を共にしていたオーフレイムさん達が居る。

 従って、僕と友人達をこれ以上拘束する必要はないと考えたのだろう。



「遅い時間まで拘束して悪かったな。

後は俺達で会議を続けるから、学生のお前達は帰ってゆっくりと休んでくれ」



 ラトラの一言を切っ掛けに帰宅の許可が出されることになり、夜分という事もあって、ウルフが護衛に付く形で帰宅の途に着くことになった。


 ちなみに、メーテは引き続き会議に参加。

 友人達は、「夜も遅いし今日は家に泊まっていけば?」というウルフの提案により、僕の家に一泊することとなった。






 明けて翌日。

 翌日からというもの学園都市は様々な対応に追われる事になった。


 それもそうだろう。

 主犯格だと思われる【落書き】は捕縛したものの問題は山積みだ。


 未だ弔う事すらできていない犠牲者の亡骸の対応。

 【キメラ】の襲撃によって破壊された家屋の修復。

 学園都市を結界で封鎖したことで滞ってしまった物品の流通。


 他にも問題を上げれば切りがないが、兎にも角にも問題は山積みだった。


 ……とはいっても所詮は学生だ。学生に任せられる仕事は多くは無い。

 僕達が出来る事といえば破壊された家屋修復の手伝いや、散乱した瓦礫の撤去。

 或いは、流通が滞った所為でまともな食事にありつけない人達に向けての炊き出し。その手伝いくらいだ。


 正直、それくらいしか出来ないことに無力さを感じていたのだが……

 政治については分からないことも多いし、その程度の知識で口を挟んだ所で邪魔にしかならないのだろう。

 そのように割り切った僕や友人達は、出来ることを確実にやっていくことを決める。


 そうして、実際に家屋修復の手伝いや炊き出しの手伝いを始めた訳なのだが、これが思った以上に大変な仕事だった。

 まあ、大人達のように頭を働かせるような大変さも無く、単純な肉体労働であるだけ随分と楽ではあるとも思うのだが……

 それでも、家屋の修復や炊き出しを行う毎日というのは中々の重労働で、忙しなく感じられるものだった。


 そして、友人達と共にそんな一週間を送っていた訳なのだが、そうしている間にも様々な情報が入ってくる。

 その多くは悲報であったが、中には朗報というのも存在しており――



「アル先輩! 今回の事件の主犯格を捕まえたらしいじゃないですか!」


「ア、アル先輩大丈夫だったんですか? け、怪我とかして無いですか?」


「聞きましたよ? 流石アルさんっすね!

つーかお前らも頑張ったらしいじゃねぇか? 同じ学園生として誇らしいぜ。

あ〜あ。俺も騎士目指さないで【黒白】に入れて貰った方が良かったかな〜?」



 学園で炊き出しを行った際に、フィデルとノアのサイオン兄妹。

 それに、グレゴ先輩の無事を確認できたのは朗報といっても間違いないのだろう。


 まあ、それ自体は確かに朗報であり、喜ばしいことだったのだが……

 気になったのは三人の発言。それらの発言から察するに、僕達【黒白】の働きが噂として広がり始めているようで――



「お、おい見ろよ! 【黒白】の全員が揃ってるぜ!」


「ま、まじかよ! うわっ! まじだ! やっぱアルベルトさん格好いいなぁ~」


「ばっか! やっぱ一番はダンテさんだろ!?」


「何言ってんの? やっぱり一番はラトラさんよ! あの可愛らしく雄々しい姿をちゃんと見なさいよ!?」


「分かる分かる。それにソフィアさんも強くて格好良いし、コーデリア姉さまも素敵よね~」


「つーか、全員が席位持ちのパーティーとか普通に凄くないか?

こんなん絶対有名になるに決まってんじゃん……い、今の内にサインとか貰っておいた方が良いのかな?」



 学生達の間で【黒白】が認知されると共に、その評価が随分と上がってきているようだ。

 ……まあ、僕の名前が挙がっていないような気がするのはさて置き。



「これはヤバいな……ちょっと自惚れちまいそうだわ」


「確かにな。名のある冒険者が少しばかり横柄になる気持ちも分からなくはないな」


「にゃはは! ラトラちゃんのサインは高値がつくぞ〜」


「サ、サインですの? い、今の内から練習をしておいた方が良いのかしら?』 


「サ、サインね……わ、私も練習しておこうかしら」



 友人達も満更ではないようで、むず痒そうな表情を浮かべながらも喜んでいるようだった。


 ともあれ、そのような生活を一週間ほど続けている間にも大人達が頑張ってくれていたのだろう。

 学園都市は徐々に日常を取り戻していくことになる。


 そうして、取り戻しつつある日常を一日、また一日と過ごし、【落書き】の捕縛から二週間が経過しようとした頃だった。


 ――【落書き】が死亡したことが伝えられる。


 聞く話によれば、捕縛され牢に放り込まれた頃には、随分と意識の乖離が進行していたようで、まともな会話すら出来ず、拷問をされても何の反応も示さなくなっていたようだ。


 それならばと、研究対象にすることを選択したらしいのだが……

 もとより【賢者の石】の紛い物という不純物を、胸に埋め込んでいた所為なのだろう。

 見る見る内に衰弱していき、数日ももたずして死亡することになったらしく、結局は前後関係を掴むどころか、名前すら知ることが適わなかったようだ。


 正直、その時の気持ちは上手く形容することが出来ない。

 様々な感情が渦巻いていたのは確かなのだが……


『ざまぁみろ!』


 そう吠える程の激情も無く。


『仇をとったよ!』


 そう誇れる程の達成感も無かった。


 ただただ【落書きが死んだ】という事実が胸へと落ち。


『承認欲求の塊だった男が、本名すら知られる事なく死ぬことになったのか……』


 そう思うと酷い皮肉であるように感じ、ある意味で一番の罰を受けたようにも思えた。






 そして、【落書き】を捕縛してから約二週間。

 死亡が伝わってから数日が経過した現在。



「――えー。皆は実に辛い時を過ごした事と思う。

じゃが、儂達はこの経験を糧として生きていかなければいけない。

それが何よりの供養であり、学園都市に生きる者としての務めなのだと儂は考えておる」



 場所は共同墓地。

 周囲には喪服に身を包んだ住民達の姿が数多くあり、数日前に王都から帰還したテオ爺が挨拶を述べている。


 そう。現在行われているのは犠牲者の合同葬儀。

 急遽建設された共同墓地にて最後のお別れを行っている最中だった。



「ううぅ……なんで……何でうちの子が……」



 テオ爺が代表して挨拶を続ける中、嗚咽交じりの声が耳へと届く。

 恐らく、犠牲になった生徒の遺族なのだろう。

 その手には布に包まれた、頭髪の一部らしきものが握られていた。



「家に帰りたかったよな……ごめんな……せめてこれだけは持ち帰ってあげるからな」



 その言葉を聞いて、僕の胸は締め付けられる。

 きっと犠牲になった生徒達も家に帰りたい――または親族のお墓で眠りたかったのだろう。


 しかし、亡骸を実家まで運ぶ為の手段が馬車などに限られていることや、魔法で腐敗を防いでいるとはいえ、長時間状態を保持することは適わない。

 従って、連れて帰るのを諦め、泣く泣く共同墓地に埋葬することを選んだ遺族も少なくは無いと聞く。


 そして、そんな遺族の無念を表したのが、手に握った遺髪なのだろう。

 せめて遺髪だけでも……そんな家族の無念と愛情を感じたゆえに、胸が締め付けられる事になったのだが……



「ううっ……エイブン……」



 次いで聞こえてきた声によって、痛いほど胸が締め付けられる。


 その声を辿って視線を向けてみれば、獣人の男女の姿が目に映り、その顔に注視すれば、目や口元に見慣れた特徴を見つけることが出来た。



『あの人達がエイブンの両親なんだ……』



 そのような認識し、胸に痛みを感じている間にもテオ爺の挨拶は続いており。



「共に弔おうではないか。

苦楽を共にした愛する家族。愛を語り合った恋人。挨拶しか交わしたことの無い隣人達を。

共に祈ろうではないか。

貴方にとっては他人かもしれない。

しかし、何処かの誰かにとっては大切な誰かである――そんな人々の冥福を」



 テオ爺は締めくくるかのような言葉を並べると、続けて声を張り上げた。



「学園職員は一歩前へ!」



 その言葉を合図にして、テオ爺の後方に並んでいた学園職員達が一歩前へと踏み出し、簡素な飾りがついた黒塗りの杖を構える。



「弔杖!!」



 そして、テオ爺がそう告げた瞬間。

 職員達は黒杖を掲げると共に、上空で幾つもの小さな爆発を起こした。


 その小さな爆発は何発も続き、爆発によって発生した煙は、空へ空へと昇っていく。



「これで迷うことなく、犠牲者たちの魂は煙と共に天へと昇っていけることじゃろう。

さあ、もう一度祈ろう。貴方にとって大切な人が笑って天へと昇れるように」



 その言葉と共に僕と参列者は瞼を落とし、しめやかな祈りの中、最後のお別れを告げることになった。






 共同葬儀を終えると、僕は周囲へと視線を彷徨わせる。

 程なくして見つけることができたのは男女の獣人の姿。

 そう。僕はエイブンの両親を探していたのだ。


 僕はエイブンの両親の元へと駆け寄ると声を掛ける。

 エイブンとの思い出を伝えることで、思い出を多く持ち帰ることが出来るんじゃないかと考えたからだ。



「す、すみません」


「……ん? 君は誰だい? エイブンの先輩かな?」


「あら? エイブンの?」



 しかし、返って来た声と表情を見た瞬間。



「ひ、人違いだったみたいです……本当に申し訳ありませんでした」


「そうか……次は間違えないように気をつけるんだぞ?」



 僕の考えは霧散してしまい、人違いであったと、咄嗟の嘘を吐いてしまう。


 その結果、何ひとつ伝えることも出来ず、ただただエイブンの両親の背中を見送っていると。



「それで正解だよ」



 ぼうっと立ちつくす僕の姿を見つけたのだろう。

 僕の元へとメーテが歩み寄り、そのような言葉を掛けた。



「今はそっとしてやるのが正解だ。

アルもそれに気付いたから声を掛けるのを止めたんだろ?」


「うん……余計なお世話かなって思ってさ」


「そうだな。あの様子から察するに、新しい思い出というのはちと荷が重そうだ。

アルが伝えたところで無駄に悲しませてしまう結果になっただろうし、寂しい思いをさせることになっただろうな」


「そうだよね……伝えたいと思ったのは僕の自己満足だったんだと思う。

僕が余計な事をしなくても、きっと大切な思い出なら胸に閉まってあると思うし……」


「ああ、きっとそうなんだろう」



 メーテは僕の髪の毛をクシャリと揉むと、優しく微笑みかけた。



「とはいえ、時が経てばアルとの思い出話を聞きたいと思うかもしれないというのも事実だ。

いずれは墓参りに行くつもりなんだろ? その際に求められるようであれば、話をしてあげれば良いさ」



 メーテの言う通りなのだろう。求められたらその時に答えれば良い。

 そのような結論を出したのは良いのだが、一つだけ問題があった。



「そうだね。会う機会があって聞かれるようなら、その時はエイブンとの思い出を伝えるよ。

というか墓参りか……エイブンの出身地は知ってるけど詳しい場所は分からないんだよね……

でもまあ、行ってみればなんとかなるかな?」



 いつになるかは分からないが、エイブン達の墓参りはいずれ行きたいと考えている。

 しかし、皆の出身地は知っているものの、詳しい家の場所までは把握していなかった。

 それでも、聞きこみをして行けば辿りつけるだろうと考え、同意を求める様にしてメーテに尋ねるのだが……



「まあ、出身地さえ知っていればなんとかなるとは思うが……

そんなことしなくても、行方不明者の名簿が上がった時に後輩達の住所は記憶しておいたからな。

後でこっそり教えてやるから心配する必要は無いぞ?」



 そんな僕の質問に対して、メーテは悪戯気な笑みを返した。



「……そ、それって職権乱用なんじゃ?」



 前世であれば情報漏洩は大問題である。

 だが、ここは異世界であり、そこまで細かな法は整備されていないのだろう。



「細かいこと無しだ。それとも――エイブン達の住所を知りたくは無いのか?」


「ご、ごめん! し、知りたいです!」



 メーテは当然のように情報をチラつかせ、僕はホイホイと乗ってしまう。

 しかし、それが駄目だったのだろう。



「うむ。素直で宜しい……ちなみに報酬は添い寝で良いからな?」



 悪びれることもなく報酬を要求する姿は、まるで小悪党である。



「そ、それは横暴が過ぎるような気が……」


「こ、これは当然の権利だ!」


「け、権利って……ただの職権乱用の気がするんだけど?」


「う、うるさい! そ、そもそもだ!

私が結界を張らなければ【落書き】を逃してしまったかもしれないんだぞ!

その事を考えれば、「メーテと添い寝してあげよう」とか「メーテの肩をもんであげよう」とか!

そのように考えるのが普通だと思うんだが!? その辺はどのように考えているんだ!?」



 普通とは何なのだろうか?

 肩を揉んであげるのはやぶさかではないが、流石に添い寝は無しだろう。



「メーテには感謝してるし、添い寝は兎も角、肩くらいなら幾らでも揉むよ?」


「くふっ……げ、言質はとったぞ! く、加えて添い寝も要求する!

アルなら分かるだろう? 色々と忙しかった所為で、今の私にはアル成分が足りてないんだ……

ああ~本当に大変だった。本当に結界を張り続けるのは大変だったな~」



 分かるだろう?と言われても分かりかねる。

 そもそも当然のように口にしているアル成分の意味が分からない。



「いや、流石に添い寝はちょっと……というか結界の話を持ち出すのはずるくない?

流石にそれを言われちゃうと断れる気がしないんだけど……」


「ず、ずるくないわい! 私は働きに見合った対価を要求しているだけだ!」


「なになに? 今、添い寝っていったわよね?

だったら私も結構頑張ったし、それに見合った対価が貰えると思うのよね?」


「た、確かに、働きに見合った対価は必要だと思うけど……

というか。何で対価を払うのが僕なのさ!?」


「ま、まさか? この状況の学園都市に、対価を払えとでも言えというのか!?」


「アル……恐ろしい子……」


「ぐ、ぐぬぬぬぅ」



 ウルフも加わったことでもう無茶苦茶である。

 しかしそう言われてしまっては反論できないのも確かで……


 などと考え、訳の分からないやり取りを交わしている間にも、気が付けば葬儀の参列者の姿はなくなっており。



「なんか、こんな三人のやり取りを見るのも久しぶりな気がするな……」


「そうだな。少しばかり腑に落ちない部分はあるが……妙に落ち着いてしまうあたり、随分と毒されているのかもしれないな」


「んにゃ。これで三人とも馬鹿みたいに強いんだから不思議だよにゃ〜」


「ラトラさんに同意ですわ。こうやって見るとアルなんてすご〜く弱っちく見えますのにね〜」


「あれ……活躍という事だったら私も結構活躍したわよね?

とと、ということはよ!? アルと添い寝する権利が私にもあるって事かしら!? ……うへへぇ」



 参列者の変わりにあったのは何処か呆れ顔の友人達の姿と――



「ぐぬっ……警備ばかりで大した活躍が出来ていませんでした……

折角の好機だったというのに……不肖ミエル……一生の不覚です」


「まあ、私達は大した活躍出来なかったわよね〜。

ってミエル……ア、アンタ結構本気なのね?」



 なにやら、よく分からない会話を交わすミエルさんとマリベルさんの姿だけが残っていた。


 だからだろう。



「そうだアル! 葬式の時に弔杖をやってたじゃない?

あれの代わりに合宿の時に見せた花火を打ち上げてやんなさいよ!」



 マリベルさんは合宿の話を持ち出し【三尺蓮華】を放つように要求する。



「花火ですか? 流石に葬儀で打ち上げるには鮮やか過ぎるような気がするんですが?」


「いいのよ! 犠牲者には子供も沢山いたでしょ?

だったら弔杖みたいな地味〜な爆発を見せられるより、綺麗な花火の方が見たいと思うのよね?

その方が絶対嬉しいだろうし、笑ってあの世にいけるって私は思うんだけど? アルはどう思う?」



 場にそぐわないし、流石にまずいのではないか?

 とは考えるものの、マリベルさんの話には納得できる部分があるのも事実だった。



「……た、確かにそうかもしれませんね」


「でしょ? だったらドカンと打ちあげちゃいなさいよ!」


「打ち上げてやったらどうだ?

まあ、墓に供えるにはちとでかいような気もするが、子供達も喜んでくれるだろうさ」


「そうね。もう沢山悲しんだ。だから今度は明るく送り出してあげましょうよ?」



 加えて、後押しするようなメーテとウルフの言葉。

 それに――もとより何かしてあげたいという気持ちが心の中にあったからだろう。

 花火を打ち上げることに対して完全に納得してしまう。



「で、でしたら! 遠慮なく! 全力で打ち上げさせて貰いますね!」



 そして【三尺蓮華】を放つ事を決めた僕は、その為の魔力を構築を始め――



「で、でも……もし怒られるようなことがあったら皆も一緒に怒られてくれますよね? くれるよね?」



 少しばかりの不安があったので、一応皆に尋ねることにしたのだが……



「「「「……」」」」


「へ? なんで無視!?」



 まさかの裏切りにあってしまう。

 しかし、だからといって打ち上げを止めてしまうのも野暮というものだ。


 僕は詠唱でさらなる魔力構築を加えていくと。



「ど、どうにでもなれッ! 【三尺蓮華ッ】!!」



 ドンという重低音と共に、上空に大輪の華を咲かせた。


 それは夕暮の赤を塗り替えるほどの極彩。

 赤、青、黄色、様々な色が織り成す特大の献花であった。


 そして、幾つもの花火が打ちあがる中、魔力が枯渇寸前の僕は思わず地面へと腰を下ろす。



「お疲れ様アル」



 労いの言葉を掛けてくれたのはソフィア。

 僕の隣に腰を下ろすと空を見上げ、僕も同じようにして空を見上げた。



「一年生トリオ……エイブン、ビッケス、シータは見てくれてるかな?」



 僕は、夕暮れの空に咲いた花を眺めながらソフィアに尋ねる。


 すると、空を見上げていた為にその表情こそ分からないが――



「きっと見ているわよ。

『凄いだろ? アレ打ち上げたの俺の先輩なんだぜ!』

そう自慢してるんじゃないかしら?」



 穏やかな表情を浮かべているんだろうな。

 そう思える声色で、優しい言葉をソフィアは返してくれるのだった。






 かくして【魔石事変】は幕を閉じる。


 多くの悲しみを齎したこの事件は、きっと僕の記憶から消えることは無いのだと思う。

 ――いや、決して忘れてはいけない事件なのだろう。


 だからこそ、それらの記憶を抱いたままに僕は歩む。

 後輩達の死という悲しみも。悲しみを産む者達を殺す覚悟も。


 僕はこの異世界――この世界で生きていくのだから。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







 フカフカな絨毯に、壁を彩る立派な額に入れられた絵画。

 棚には白磁の陶器や、意匠をこらした調度品が並べられいる。

 贅が尽くされた豪奢な部屋。そんな一室で二人の人物がテーブルを囲んでいた。



「どうやらボーン兄妹は死んでしまったようですね。

幼い頃から目を掛けてやったうえに、テオドールという戦力を削いであげたというのに……とんだ誤算ですよ」



 そう言ったのは金髪を撫でつけた糸目の男性。

 名前はシャナウ=アウララ。ヴェルニクス教の【教皇】を務める人物である。



「でも随分と儲けたんだろ?

【属性魔石】も結構な量を手に入れたみたいだし【キメラ化】だっけか?

そっちでも結構な儲けが出せると睨んでるんだろ? だったら良いじゃねぇか?」



 背もたれに身体を預け、椅子の足を浮かせて遊ばせながら尋ねたのは、斜めに切られた前髪が特徴的な人物。

 名前はユウリ=トモナガ。【全知】と呼ばれるSランク冒険者だ。



「まあ、儲けは出るのは確かですが……やはり使える手駒が減るというのは遺憾に感じるものですよ」


「手駒、手駒ねぇ……随分と慕われてたんだろ?

アンタでもなにか思う部分があるんじゃねぇのか?」


「当然思いますよ? また手駒を育てるのが面倒だとね」


「はっ……ボーン兄妹が不憫に思えてきたぜ」



 呆れる様にして頭を掻くユウリに対して、シャナウは表情を崩すこともなくワインの注がれたグラスを傾けた。



「そんな酸っぱい飲み物のどこが旨いんだか……」


「【全知】は来年で成人でしたよね?

まあ、お酒を嗜むようになれば、その内美味しく感じるようになりますよ」


「そんなもんかね?」


「そんなもんです」



 シャナウは再度グラスを傾けると話題を変える。



「ともあれ、ある程度の儲けは出ましたしね。

これでまた一歩、私の夢が実現へと近づきましたよ」


「夢? アンタがそんな可愛らしいことをいうとはねぇ」


「失礼ですね? こう見えて乙女な部分があるんですよ?」


「乙女って……おっさん、年齢を考えろよな?

そんで? その夢ってのはどんな夢なんだよ?」


「まあ、詳細はお伝えできませんが――私は【魔女】に恋をしてるんですよ」


「魔女に恋? このおっさん……訳の分かんねぇこと言いだしたな……」


「理解できなくて結構ですよ。この気持ちは私だけが理解していれば良いのですから」


「なんだそれ? ……きもっ」


「なんとでも言って下さい。ただ、私はこの夢を叶えてみせますよ。

お伽話の続きに――私の恋文を添える為にね」










==========


今回の投稿を持ちまして【魔石事変】は終了となります。

今までの話とは違い、残酷な描写が多くなった【魔石事変】でしたが、それでも多くの読者様にお付き合いして頂いたようで、感謝の気持ちでいっぱいです。


次回の投稿からは新たな章となり、あまり長くならいように終わらせる予定です。

ですが、この章は節目であり、【魔女と狼に育てられた子供】にとっての一旦のエンディングともいえる章になる予定ですので、温かい目で見守って頂けた嬉しいです。


それとご報告になるのですが、今年もカクヨムコンテストに応募させて頂きました。

只今、読者選考期間中ですので、このお話を面白いと感じ、続きが読みたいと思って頂けるのであれば、レビューの星や応援のハート、コメントなどを残して頂ければと思います。


これからも、読者の皆様が面白いと感じていただけるお話を投稿できるよう執筆に励みますので、今後も【魔女と狼に育てられた子供】というお話にお付き合い頂けたら幸いです。


2018.12.02 クボタロウ

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