第155話 師匠の抗争


「マリベルやミエルが言っていたように、コーデリアと言う生徒は中々に優秀のようだな」



 試合を観戦し終えたメーテは賛辞の言葉を口にする。



「確かに優秀みたいね。なんて言うか『魅せる』試合って言うのかしら? 見ていて楽しかったわ」



 メーテの言葉に同意を示したのはウルフで。

 ウルフが口にした『魅せる』と言う言葉に対し、僕は相槌を打った。


 先程まで行われていたコーデリア先輩とダッカス先輩の試合。

 試合時間で言えば10分程で決着を見る事になったのだが。


 その試合内容と言えば、ウルフが言った通り『魅せる』と言う言葉が相応しく。

 思わず感嘆の声を漏らす事になってしまった。


 では、何故そこまで感嘆させられたかと言うと。

 言ってしまえば試合の内容が『真っ向勝負』であったからだろう。


 基本コーデリア先輩は、自ら攻める事をせず。

 対戦相手であるダッカス先輩が動いてから行動を開始するのだが。

 例えばダッカス先輩が剣術を使えば剣術で対応し。

 ダッカス先輩が火属性の中級魔法『炎渦』を使用すればコーデリア先輩も『炎渦』で対応して見せた。


 相手の全力に対し、それ以上の実力を持ってねじ伏せるその様は。

 試合を見ている方からすれば爽快で、流石にこの魔法を押し返すのは無理だろう。

 そんな予想を覆して見せる姿は痛快ですらあった。 


 まぁ、全力で挑み、それ以上の実力でねじ伏せられた側からすれば、堪ったものではないと思うのだが……


 しかし、ダッカス先輩も始めから勝てない事を理解していたのかもしれない。

 何が何でも勝って見せると言うよりかは、どちらかと言えば胸を借りると言った様子が窺え。

 魔法を使う際も詠唱にたっぷり時間を掛けてから放っており。

 剣を使う際にも防御する姿勢を見せずひたすらに攻め続けて見せた。


 ある意味、ダッカス先輩の品評会。

 と言った様相を呈した試合ではあったのだが。


 それでも、相手の実力を充分に発揮させ。

 尚且つ弱者をいたぶっているように見せず。

 『真っ向勝負』として『魅せる』コーデリア先輩の実力に感嘆させられてしまったと言う訳だ。



 そうして、試合の興奮冷めやらぬまま、誰も居なくなったリング上を眺めていると。



「今日の試合はこれで終わりだった筈だが。

すぐに帰るとなると、観客の流れに揉まれて難儀しそうだな……

テオドール、悪いんだが観客の足が落ち着くまで此処に居させて貰って構わないか?」



 観戦が終わり、出入り口に殺到する観客達を眺めながらメーテが尋ねる。



「ええ、構いませんとも。

それではもう少し雑談にでも興じますかな?」



 テオ爺はそう答えると、浮かしかけた腰を椅子に深く沈め。



「では、何の話でもしますかのう?」



 好々爺然とした表情を浮かべるとそう尋ねるのだが。

 その瞬間、一つの声が上がる。



「あ、あの! テ、テオドール様! お話したいことがあります!」



 そう言ったのはダンテ。  

 流石のダンテでも『賢者』であり『学園長』であるテオ爺には緊張するようで、若干声が上擦っており。

 自分でも上擦っていることに気付いたのだろう。

 ダンテは軽く咳払いをした後に言葉を続けた。



「い、今更失格を取り消せないのは分かってるんすけど。

ア、アルの名誉を守るために、せめて不正をしたと言う事実だけは取り消せないでしょうか?」


「ふむ、アルが不正をした言うのは聞いておるが……取り消すとなるとのう……」


「む、無茶言ってるのは分かってるんすけど、アルは嵌められただけなんす!

証拠にはならないかも知れないっすけど、コールマンとランドルが嵌めたって言うのは事実なんす!」



 そんなやり取りを交わすダンテとテオ爺。


 ダンテが急に声を上げた時は何事かと思ったのだが。

 まさか、話の内容が僕に関する事とは思っていなかったので少しばかり驚いてしまう。


 それと同時に、ダンテの気遣いを感じた僕は何だか胸に来るものを感じ。

 思わず目頭が熱くなってしまうのだが……


 皆の居る前で涙を見せるのは、流石に恥ずかしいし照れくさい。

 そう思った僕は内心を隠す事に決めると。



「あの一件で焼き菓子が少し怖くなっちゃったし、今後は気を付けよるようにしなくちゃね。

あっ。でも、怖い怖いって言ってたらもっと焼き菓子が届くようになっちゃうかな?」



 古典落語の一節を引用し、おどけて見せたのだが――



「アル、まったく意味が分からねぇわ……てか、自分の事なんだから真剣に考えようぜ?」


「は、はい……も、申し訳ありませんでした」



 異世界の古典落語など当然知る筈も無く。

 反論の余地も無い正論を言うダンテに、自分の発言を反省させられる事になってしまった。


 そして、僕達がそんなやり取りをしている間にもテオ爺は考えを巡らせていたようで。



「証拠……ふむ、第三者の証言でもあれば別なんじゃがのう……」



 髭を撫でつけながら呟き。

 テオ爺の呟きにダンテが反応する。



「第三者……

もしかしたらっすけど、カートって言う棄権した選手なら何か知ってるかも知れないっす。

それと、アルに焼き菓子を渡した女も何かしら知ってるんじゃないかと」 


「ふむ……カート君と女子生徒じゃな。

ミエル、少し調べておいて貰っても構わんかのう?」



 テオ爺の言葉に「畏まりました」と返すミエルさんなのだが。

 そんなやり取りを聞いた僕は、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。


 言ってしまえば、不正で失格になったのは僕の至らなさが招いた事態だ。

 まぁ、卑怯な手を使った相手が悪いと言えばそれまでだが。

 ランドルやコールマンの不穏な態度を見ているのだから、警戒とまではいかずとも慎重になるべきだった。

 それなのに、女性の手作りと言うことに浮かれてしまい。

 まんまと嵌められてしまったのだから、本当に目も当てられない……


 そんな負い目があった所為だろう。



「不正を暴こうとしてくれるのは嬉しいんだけど。

これは僕の至らなさが招いたことだから、しっかり受け止める事にするよ」



 この一件で、これ以上迷惑を掛けたくないと思った僕はそう伝える事にしたのだが。



「アルを嵌めたのも許せねぇけど、それだけじゃねぇよ。

トーナメントの組み合わせとかもよく見るとコールマンに有利な組み合わせだし。

もしかしたら、他にも不正を働いてる可能性もある。

そうなったら、アルだけの問題じゃねぇだろ?」



 ダンテはそう言って僕だけの問題では無いと言う。

 それに加え――



「それにだ。不正もそうだけど単純にあいつ等のやり方が気にいらねぇ!

要するに、アルの為って言うのもあるけど単純に俺がムカついてるだけなんだわ」



 ダンテはそう言うと「だから、気にすんなよ?」と付けくわえた後、僕の肩をポンと叩き。



「そうじゃのう。ダンテ君が言う通り。

トーナメントの組み合わせ自体に不正があるんじゃったらアルだけの問題では無い。

組み合わせは一部の教師に決めて貰っておったんじゃが……もしかしたら、教師も不正に加担しておったのかも知れんのう。

ふむ、一度徹底的に調べる必要がありそうじゃな」 


  

 テオ爺は思案顔で言葉を並べると。



「そう言うことじゃから、アルは気にせんで良いんじゃよ?」



 そう言って好々爺然とした笑顔を浮かべた。


 恐らく2人の言った言葉は本心でもあるが、僕が責任を感じないように気を遣ってくれている部分もあるのだろう。


 言葉の端々から2人の優しさを感じた僕は、やっぱり申し訳ない気持ちになり。

 思わず謝罪の言葉を口にしそうになってしまうのだが……


 この場面で口にするのは謝罪の言葉では無いだろう。

 そう思った僕は――



「ありがとう。僕も不正を晴らす為に、何が出来るか真剣に考えてみるよ」



 感謝の気持ちを言葉にするのだった。







 それから、不正を暴く為の話し合いをした僕達。


 メーテやウルフが「ランドルとコールマンを攫ってくるか?」などと物騒な提案をし、肝が冷える場面もあったものの。

 とりあえずは身元の割れているカートに話を聞くことから始め。

 合い間を見て焼き菓子を渡した女子を探し、見つけ次第話を聞くことに決まった。


 そうして結論が出たところで外を眺めて見ると。

 日が傾き始めており、観客達がいなくなった閑散とした観客席が目に映る。


 つい数時間前までは人で埋め尽くされていた観客席。

 その時の盛り上がりや試合内容を思い出しながら、僕はリング上へと視線を落とす。


 もし本戦に進めていたなら皆と――


 本戦に進めなかった事に未練を感じ、ぼうっとリングを眺めていると。



「どうしたアル? やっぱり本戦に出たかったか?」



 メーテがそんな言葉を口にし。

 内心を見抜かれた僕は思わず肩を跳ねさせる。



「う、うん。折角皆して本戦に進めたのに。

僕だけ本戦に進めなかったのは少し残念だったなーって」


「成程な、一人だけ仲間外れみたいに感じてしまった訳だな?」


「ちょっ!? 別にそんなんじゃないし!」



 口では否定して見せたが、メーテの言葉は的を射ていた。


 正直、席位に興味があったかと聞かれれば、それほど興味が無いと言うのが答えだった。


 しかし、僕だけ本戦に進めなかったという現状は少し悔しく。

 もし本戦に進めていたなら皆と同じように喜びを共有し、席位争奪戦と言うイベントをもっと楽しむ事が出来たように思えてしまう。

 だからだろう、皆と同じ場所に立てなかったことに少しだけ疎外感を感じていたのだが……


 どうやら、そう言った本音の部分をメーテには見抜かれてしまったようで。

 洞察力が鋭いと言うか、なんて言うか、相変わらずのメーテの察しの良さに、思わず渇いた笑みを浮かべてしまう。


 そうして渇いた笑みを浮かべていると。



「そう言えば、先程も話題にあがったがアルの実力には興味があるのう。

予選は見に行けんかったし……無理言って予選も見ておくべきじゃったな。

して、実際はどうなんじゃ? どれ程の実力があるか気になるところじゃな」



 テオ爺が興味深そうな視線を向け尋ねる。


 どれ程の実力があるかと聞かれれば、幾つか答えの選択肢があり。

 オークキングが倒せるくらい? 上級魔法が無詠唱で使えるくらい?

 選択肢が幾つかある為、どんな言葉で返そうか迷っていると、僕が答えるよりも先にメーテが口を開いた。



「今のアルならば、冒険者で言えば間違い無くBランク相当の実力はあるだろうな。

それも制限を設けた上の話で、制限が無ければAランクと言ったところだろう」



 制限?と一瞬だけ悩むが、恐らく闇属性魔法の事をメーテは言っているのだと気付く。

 まぁ、確かに人前では使えないし、制限されていると受け取っても間違いないだろう。


 などと考え一人で納得していると、テオ爺は感心したように「ほう」と呟き。



「Aランクですか……

そうなるとウチのミエルと同等の実力……いや、経験を考えればミエルに軍配が上がる。

と言ったところでしょうかのう?」



 そう言って、満足げに頷くのだが――



「は? 戦いもしない内から軍配などと口にするとは……

もしかしてテオドールはボケてしまったのか? 私は心配だぞ?」



 メーテは優しい声色でそんな言葉を口にする。


 一瞬、労わっているように聞こえなくもないが。

 これはアレだ。間違い無く煽っていると言うヤツだろう。


 そして、テオ爺は?と言うと。



「いやいや、何を仰います。ボケてなどおりませんよ?

普通に考えてミエルに軍配が上がるのは明らか。

メーテ様の慧眼が曇ってしまわれたかと、むしろこちらが心配になってしまいますのう」



 メーテに負けず劣らずと言った様子で煽り返す。



「は? やはりボケたかテオドール?

まぁ、今でこそ『賢者』と言って持て囃されているが、所詮は『茶溢しのテオドール』と言ったところか。

お前こそ、その眼鏡が曇っているようだからしっかり拭いた方が良いぞ?」


「ぐぬぅ……古い話を……

ですが! ウチのミエルに軍配が上がるのは変わりませぬ!」


「は? ウチのアルに決まってるだろうが!」


「いいえ! ミエルです!」


「いいや! アルだ!」



 ミエルだアルだ。と言い争う2人。


 どっちに軍配が上がるかは兎も角。

 このまま言い争いを続けられては、僕にとって良くない展開になる。

 そう思った僕は慌てて仲裁に入ろうとしたのだが……



「そこまで言うのなら白黒ハッキリつけようではないか!

アル! お前の実力を見せつけてやれ!」


「ミエル! お前の実力を見せつけてやるんじゃ!」



 どうやら手遅れだったらしく。


 興奮した状態のメーテに腕を掴まれると。

 引きずられるようにして会場にあるリングへと向かうのだった。

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