八章 学園都市 席位争奪戦
第129話 茶飲み仲間
朝霧が立ち込める中、軽い柔軟を済ませた僕はゆっくりとしたペースで走りだした。
学園都市で暮らすようになってからと言うもの。
日課とまではいかないが、早く起きた朝はランニングに出掛けたりしている。
「はっ、はっ、はっ」
一定のリズムで漏れる短い息と、石畳を靴底が叩く音が心地よく響き。
額に張り付いた汗の感覚さえ心地よく感じる。
そんな風に感じながらランニングを続け、公園へと辿り着いたところで声が掛かった。
「おはようアル。こうして会うのは2週間ぶりくらいかのう?」
僕は「ふう」と息を吐くと、額に張り付いた汗を服の袖で乱暴に拭い。
掛けられた声に対して言葉を返す。
「おはよう、テオ爺。
旅行に出かける前に会ったから、多分それ位かな?」
「ほっほっほ、旅行は楽しかったかの?」
「うん、僕は楽しかったけど……友達はちょっと大変そうだったかも……」
「楽しめたのなら何よりじゃな。
それと、友達は大変と言うことじゃが、何かあったのかのう?」
声を掛けてきたのはテオドールさん。
学園都市に着いたばかりの頃に出会い、学園都市について何も知らなかった僕に色々と教えてくれた老人だ。
テオドールさんは澄んだ朝の空気の中、ベンチに腰を掛けて新聞や本を読むのが好きなようで。
こうしてランニングをしていると、結構な確率でテオドールさんに遭遇し、その度に他愛もない世間話などを交わしていた。
そのような理由があってか、今では「テオ爺」「アル」などと呼びあう気安い間柄となっており。
お互い時間がある時などは喫茶店でお茶を楽しむなんてことも珍しい話では無かった。
そんなテオ爺が腰を下ろしているベンチに僕も腰を下ろすと、テオ爺の疑問に答えるべく旅行での出来事を話して行く。
まぁ、話せないこともあるので誤魔化しながらではあるのだが……
そうして会話を楽しんでいると。
些細な変化ではあるのだが、会話の途中にふと遠い目をするような場面が度々見受けられ。
気のせいだろうか?今日はどことなく元気が無いように感じられた。
「テオ爺、もしかして今日は元気ない? 何かあったなら話を聞くよ?」
人生の大先輩相手に話を聞くよ? なんて言うのは少し図々しいかな?
そう思いながらも、話して気持ちが楽になるのであれば――と言う考えから尋ねてみる事にすると。
テオ爺は少しだけ驚くような表情を浮かべ、少しだけ照れくさそうにして笑った。
「ほっほ、アルには見抜かれてしまったようじゃ。
確かにアルが言う通り、少し元気が無いのかも知れんのう……
……ふむ、折角じゃし、お言葉に甘えて話を聞いて貰うことにしようかのう」
「任せてよ! まぁ、助言が出来るかは分からないんだけどね……」
テオ爺は「それでも構わんよ」と言うと話を始めた。
「……アルは今月の終わり頃にお祭りがあるのは知っておるか?」
「えっと、確か還御祭とか言うヤツだよね?」
「そうじゃな。もうじき還御祭が開かれるんじゃが。
その時期になるとどうしても気落ちしてしまってな……」
「どうしてなの? あっ、話しにくいことなら無理には聞かないけど」
テオ爺は「優しい子じゃな」と言うと言葉を続ける。
「学園に通うアルなら『始まりの魔法使い』様のことは当然知っているじゃろ?」
「うん、知ってるよ。
まぁ、『意見を通したければ実力を示せ』なんて言葉を残されたおかげで大変な目にあったから。
あんまり良い印象は無いんだけど……」
「ほっほっほ、分かる、分かるぞ。
あの教えの所為で儂も随分と苦労させられたからのう……」
テオ爺は先程と同じように遠い目をするのだが。
その目は優しく、何処か懐かんしんでいるようにも感じた。
「話が逸れてしまったのう。それで、この還御祭なんじゃが。
還御祭と言うのは、突然消えてしまった『始まりの魔法使い』様が戻って来られるのを願って始まった祭りでのう。
祭りの当日と言うのが『始まりの魔法使い』様がブエマを去った日でもあるんじゃ。
だからかのう……還御祭が近くなるとどうしても当時のことを思い出してしまうんじゃよ。
もっとあの方の御心を理解できていれば儂達の元を離れて行くこともなかったのでは? ……そんな後悔と共にのう」
そう言ったテオ爺の表情は暗く。
テオ爺が言葉にした通り、後悔や未練と言ったモノが感じられる。
少しだけ肩を落とすテオ爺の姿を見た僕は「そうだったんだね」と口にするとテオ爺の内心を想い、少ししんみりしてしまうのだが……
「って!? 当時って何百年も前の話だよね……? テ、テオ爺って一体幾つなのさ!?」
とんでもない発言が交っていることに気付いた僕は、思わずそんな言葉を口にしてしまう。
うろ覚えの記憶ではあるのだが、学園が出来たのは確か200年以上前の筈だ。
学園が出来る切っ掛けである『始まりの魔法使い』と面識があるのであれば、テオ爺の年齢は200歳――いや、それ以上の年齢である計算になる。
そんな計算をした僕は半ば混乱気味に尋ねると。
「幾つじゃったかのう?
300歳は超えている筈じゃが……細かい数字は忘れてしまったのう」
何食わぬ顔で「ほっほっほ」と言って笑って見せるテオ爺。
見た目は完全に人族なので、失礼だとは思いながらも本当に300歳を超えているのだろうか?
そんな風に少しだけ疑ってしまったのだが。
どうやら、そんな僕の内心は見透かされてしまったようで――
「儂の見た目は人族じゃし、疑ってしまうのも仕方がないことかも知れんのう。
まぁ、見た目はこんなんじゃが、実際はエルフ族とのハーフなんじゃよ。
母親がエルフで誰もが振り向く様な美人だったんじゃが……
残念なことに平凡な父親に似てしまってのう……なにも、禿げ頭まで似ることは無いのに……」
自らの疑いを晴らすよう、出生について説明をしてくれたテオ爺。
そう言った後に自分の禿げ頭を撫でるとペシリと叩いて見せたのだが。
その動きが妙にコミカルで、思わず噴き出してそうになってしまう。
だが、流石にそれは失礼だろう。
そう思った僕はグッと堪えるのだが、堪え切れなかったようで少しだけ息が漏れてしまった。
そして、そんな僕をみたテオ爺なのだが。
「なんじゃ? これが面白かったのか? ほれ? どうじゃ?」
そう言うともう一度ペシリと頭を叩き、なんとも小気味良い音が周囲に響く。
「ちょっ! やめてよテオ爺! が、我慢してるんだから!」
「ん? 笑っても構わんのじゃよ? ほれほれ〜」
今度はペペンと二度叩き、リズミカルな音が周囲に響き。
流石に我慢できなくなった僕は盛大に噴き出してしまう。
そんな僕を見たテオ爺も声を出して笑い。
朝の澄んだ空気の中、2人分の笑い声が響くことになるのだった。
◆ ◆ ◆
「それじゃ、それそろ僕は帰るね。またね! テオ爺!」
「またのう、アル。転ばないようにして帰るんじゃぞ?」
「そんな、子供じゃないよ!
って言うか、テオ爺こそお爺ちゃんなんだから足元に気を付けて帰りなよ?」
「言う程お爺ちゃんじゃないと思うんじゃがのう……」
「300歳超えてたら充分過ぎる程おじいちゃんだよ!?」
「やっっぱりそうかのう? ほっほっほ」
アルとテオドールはそんなやり取りを交わすと解散し。
アルは自宅へ、テオドールは読みかけの本へ視線を移すと――
(何となく雰囲気と言うか、佇まいと言うのかのう? あの方に似て何とも不思議な雰囲気を持つ子じゃ)
アルとの会話を思い出し、思わず頬を緩めてしまう。
(あれから約300年……終ぞ出会うことは叶わなかったが……
闇属性の素養を持つ子が、こうして目の前に現れたのは何かの兆しなのか……いや、それは都合の良い考えじゃろうな)
テオドールは自分にとって都合の良い考えだと自覚すると、頭を振って霧散させ。
自然に緩んだ頬とは違う、自嘲するような笑みを浮かべ――
「さて、そろそろ来る時間かのう?」
そう呟いた次の瞬間。テオドールの耳に女性の声が届いた。
「テオドール様、またここにいらしてたんですね。
もしかして、最近出来た茶飲み仲間とか言う少年とお話でもしていらしたのですか?」
声を掛けてきたのは腰まである黒髪を持つ、異様に目鼻立ちが整った女性。
年齢は20歳手前と言ったところだろう。
テオドールは、その女性に視線を向けると顎髭を撫でる。
「うむ、そんなところじゃな。
この都市の者は、やれテオドール様やら、やれ『賢者』様やら堅苦しいからのう。
ただのお爺ちゃんと接してくれるのが新鮮じゃし、普通の会話が楽しいんじゃよ」
「はぁ、分からないでも無いですが……お話であれば私が幾らでもお相手しますのに……」
黒髪の女性は、テオドールが楽しそうに少年の事を語るのが面白くないようで。
口のへの字に曲げて少しだけ不貞腐れて見せた。
「ほう、じゃあ彼のようにテオ爺と呼んでみてくれるか?」
「そ、それは流石に恐れ多いと言いますか……
し、しかし! 呼べと言うのであれば、そう呼ぶように努力致します!」
「か、堅苦しい子じゃのう……
まぁ、ミエルはそう言う子だと分かっとるし、そこが良い所でもあるからのう。
テオ爺と呼んでくれたら嬉しいが、無理はせんでええぞ?」
「あ、ありがとうございます! そんな暖かい言葉を頂けるなんて……
不肖ミエル! その言葉を胸に、今日も一日誠心誠意お仕えさせて頂きます!」
テオドールにして堅苦しいと評された、このミエルと言う名の黒髪の女性。
テオドールに対して、尊敬――いや崇拝にも近い感情を抱いており。
そのような理由から、テオドールに対してお堅いと言うか、過剰な反応を示す場面が多い。
テオドール自身、ソレがミエルの真面目さに由来していることを知って言るので美徳だと受け止めることが出来ているのだが。
正直言って、もう少し砕けて接して欲しいと言うのが本音だった。
それに加え――
「ほ、本当に堅苦しい子じゃのう……
こんな老いぼれに仕えてないで、いい男でも見つけたらどうなんじゃ?
器量もいいんじゃし、男達が放っておかないじゃろ?」
「確かに言い寄って来る男どもは腐る程居ますが……
ですが! 最近の男どもは軟弱すぎます!
言い寄るのであれば、私以上の実力を身に付けてからにしろと声を大にして言いたいところです!」
こうして慕い仕えくれるのは非常に嬉しいのだが。
学園都市でも5本の指に数えられる程の器量の持ち主であるミエルだと言うのに、浮ついた話を一度も聞いたことが無いテオドールは、もしかしたら自分に仕えている所為で男と出会う機会が無いのでは?
と言う疑念を持っており。
その為、こうして男関係の話題を度々振っては男に興味を持って貰えるよう試みてはいるのだが。
返ってくるのはこんな言葉ばかりで、良い相手を見つけ、幸せな家庭を築いて欲しいと考えているテオドールにとっては心配の種でもあった。
「ミエルに勝てると言ってものう……
はぁ、学園都市の男達にとっては随分な悲報じゃのう……」
テオドールが落胆したことから分かる様に。
ミエルの出した『私に勝つ』という条件は非常に高いハードルであった。
何故ならば、このミエルと言う女性なのだが。
とある事情により幼い頃からテオドールに育てられ、『賢者』としての知識と技を徹底的に教え込まれており、美貌だけでは無く実力の面でも学園都市で5本の指に入る人物であった。
それに加え、『賢者の弟子』と言う二つ名を冠しており、ミエル自身Aランク冒険者として身を置いているのだから、そんじょそこらの冒険者程度ではミエルに敵う筈も無い。
そして、更に付け加えるのであれば、ミエルは単独でAランクの実力があると言うことだろう。
本来、冒険者のランクと言うのは個人個人に与えるのではなく、パーティー単位で与えるものだ。
それなのに単独でAランクとなれば、その実力は疑う余地もなく。
テオドールはそれを知っているからこそ悲報と称した訳なのだが……
「悲報? 何がですか?」
当の本人はあまり理解していないようでキョトンとした様子で尋ねてみせる。
その様子を見たテオドールは半ば諦め気味に溜息を吐くと――
「まぁ、いいわい。その内いい人が現れるじゃろ……」
そんな投げやりな言葉を口にし。
「別に私は男なんて……兎も角。
今日は席位争奪戦の打ち合わせがありますので、学園に向かいましょうかテオドール様――いえ、テオドール学園長」
ミエルの言葉に従い、業務を全うする為に学園へと向かうのだった。
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