魔女に育てられた少年、魔女殺しの英雄となる(旧題:魔女と狼に育てられた子供)
クボタロウ
0章
プロローグ
瞼の裏に光を感じた僕は、ぼんやりとした意識の中でゆっくりと目を開いた。
目に映るのは見知らぬ一組の男女。
何か嬉しい事でもあったのだろうか?
男性は目の端に涙を溜めながら満面の笑みを僕に向け。
女性は少し疲れを感じさせる表情ではあるものの、優しい笑みを浮かべていた。
この人達はいったい誰なんだろう?
二人とも驚くほど端正な顔立ちをしており、まるで映画で見る海外の役者さんのようだ。
ぼんやりとそのような事を考えていると途端に瞼が重くなり、その感覚に抵抗する事も無く意識を手放した。
次に瞼を開けた時、目に映ったのは月明かりを背負った二つの影。
月明かりに照らされたその影は、意識が途切れる前に見た一組の男女だった。
「ごめんなさい……アル。これしか、これしか方法が無いの」
そう言ったのは女性だった。
前に見た時は優しい笑顔を向けてくれた女性だったのだが、今はもう、見る影もない。
端整な顔を、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしている。
「憎んでくれていい……だからどうか……この子に加護を」
そう言った男性は悔しそうな表情を浮かべている。
実際、悔しいのだろう。
現に男性は唇を噛みしめており、唇の端からは血を滲ませていた。
そんな二人の変わり様が心配になってしまった僕は、声を掛けようと考えるのだが、いざ声を掛けようとしても「あー」や「うー」といった声を絞り出すことしか出来ない。
それでも、どうにか言葉にしようと頑張ってみるのだが……
やはり、どれだけ頑張ってみてもちゃんとした言葉にはならず、ぐずっている赤ん坊のような声しか出せなかった。
そして、そんな僕の様子をみた女性は、より一層、端整な顔を歪ませる。
「私には無理よ! この子を――アルを置いていくことなんて出来ない!」
「私だって! 私だって置いていきたくないに決まっている!
……だが、今はこうするしか方法が……」
嗚咽混じりの会話を聞きながら。
そして、僕の事を強く抱きしめる二人の体温を感じながら。
再び訪れた瞼と意識が落ちていく感覚に、ゆっくりと支配されていった。
何かが頬を撫でる感触。
そんな感触に無理やり意識を覚醒させられ、ぼんやりしながらも瞼を開く。
すると、僕の目に飛び込んできたのは、艶のある黒い毛並みが美しい犬。
いや、狼だろうか?
実際に見た事がないから狼だと断言する事は出来ないのだが、その狼のような動物は、匂いを嗅ぐようにフンフンと鼻を鳴らした後、僕の頬をペロリと舐めた。
何故だろう?
本当なら恐怖を感じる場面なんだと思う。だけど、不思議と恐怖は感じなかった。
ぼんやりとし、度々途切れる意識。
覚醒する度に切り替わる場面。
これが現実なのか夢なのか、理解できていないからなのかもしれない。
などと考えていると、女性の声が耳に届く。
「何か見つけたのか? ヴェルフ?」
やけに聞き心地の良い声だった。
「ん? 赤ん坊――可哀想に、忌子と言うヤツか……」
「ワォン」
「何? ……あぁ、確かにおかしなことになってるな」
「ワフッ」
「確かにな……これも何かの縁なのかもしれないな。
……いや、縁などと言うのは自分に甘い言い方か……これは私の罪なのだろうな」
聞こえてくる声はやけに聞き心地が良く、それでいて酷く悲しみを帯びた声だった。
声の主はそっと僕の身体に手を添える。
すると、次の瞬間には浮遊感に襲われ抱き抱えられたことが分かった。
いとも簡単に抱きかかえられた事に驚き、戸惑いを憶えるものの、それらの感情は次の瞬間に霧散することとなる。
「ふむ、君の名前はアルディノと言うのか?
私の名前はメーティーだ。これからよろしくな」
その言葉と共に僕の目に飛び込んだのは――
月明かりを反射しキラキラと光る銀色の髪。
一流の彫刻を思わせるような端整な顔立ち。
まるで宝石をはめ込んだような紅い瞳。
優しい表情で笑い掛ける、一人の女性の姿だった。
これがメーテとウルフとの出会い。
『禍事を歌う魔女』と呼ばれ人々から恐れられた魔女と、畏怖の念から『幻月』と呼ばれた一匹の狼との出会い。
この物語は、そんな一人と一匹に育てられ、成長していく僕の姿を綴った成長の記録であり。または家族との記憶でもある。
そして――
『禍事を歌う魔女』を――殺す為の物語だ。
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