第百五十九章 余 波

 揚北衆の中から二人の大臣が就任したことで、揚北衆に大きな波紋を呼び起こした。阿賀野川ちかくの安田 長秀氏が経済産業大臣に、胎内川ちかくの中条 藤資氏が農水大臣に就任し、政権の中枢を占めることになった。これまで中央につよい政権ができるのに反対し、独立独歩をむしろ誇りとして生きてきた。その一角が崩された現実を認めざるを得なくなった。


 胎内川の改修工事がはじまり、その強力な指導力を見せつけられる。工事に携わる二千人ちかくの人数が住むようになって生活環境が激変した。人がたくさん住むところは落とす金を目当てに、市が盛んにひらかれ商人達が集まってくる。


 物静かな農村暮らしが一変し、人の往来や物資の移動が盛んとなり喧噪あふれる盛り場ができあがった。米だけでなく野菜の需要がふえたので農家の副業がもてはやされる。農民も現金収入が得られるので力がはいる。地域に活気がうまれ、住む人の気持ちが明るくなる。景気は気から、といわれるが、好循環のはしりとなった。


 新しい十銭銅貨が発行されたと布告があって、人夫たちの賃金が新造銭で支給された。春日山城につめる兵たちも新造銭で俸給が支払われている。これによって新造銭は一気に広まった。金との兌換が保証されているので、一応は安心してつかえる。年貢も正貨として銭納をみとめてくれる。


 胎内川が完了したら次はどこの川が対象になるかと世間は姦しい。いちど手をかけると河川改修の要望は山ほど出てくるであろう。越後平野の河口ふきんは加治川、阿賀野川、信濃川と三つの大きな川がある。信濃川の改修は、この時代の技術では不可能にちかい。


 胎内川の工事で技術者を養成している。彼らが一人前になれば、あちこちの工事現場へ派遣できる。加治川や阿賀野川など主要な河川は全額こちらで負担しないと無理だろうだが、支流の改修なら地元に応分の負担を課しても喜んで応じてくれるはずだ。


 さらに黒田秀忠の乱を手際よく鎮圧したことで、軍事力の強大さを認識させられた。寄らば大樹として頼もしいが、無視したらどうなるか無言の圧力としてジワジワと効いてくる。強力な軍隊がいるので、少数ながら跋扈ばっこしていた盗賊団は成敗された。安全となった街道は商人が安心して物資を運搬でき、商業の発達に相乗効果をもたらす。


「天下布武」の旗じるしも狭い領内に閉じこもっていた眼を外へむける切っ掛けを与えた。領外の世界を意識することは、縮こまった心を広げる。心が広がることは視野をひろげ夢を持てる。夢は希望につながる。


 距離をおいていた揚北衆も政権にすり寄る姿勢を見せ始めた。赤谷鉄鉱山は蔵田 五郎左衛門が手配してくれた山師によって鉱脈を発見していた。二年前から取り付け道路の整備に取りかかる予定が、やっと本格的に工事ができるようになった。


 

 亜希子とトクホン先生が手がけるイネの品種改良は二年前に有望な株を見つけた。さらに優秀な株を見つける作業を研究員に続けさせている。トクホン先生は別の研究員に命じて、効率の良い栽培法を確立するため何種類かの試験栽培を続けてきた。さまざまな試行錯誤のすえ、もっとも結果がよかった方法を開発した。


 まず苗代で三十日から五十日育てた大苗と、十日ほどしか育っていない幼苗をじかに田植えをして比較してみる。その結果、十日の幼苗であっても安全で十分な収穫量が確保できると判明した。これで苗代で育てる時間をへらし、苗が小さいので運搬や植え付けが楽になる。


 つぎに湿田を乾田に変える意識改革を図る。これまで農民は田んぼに年中水を蓄えておくものと思いこんでいる。土が軟らかくてクワで起こしやすい、肥料は流れない、害虫は死ぬ、と永年信じ込んでいる。


 これを乾田にして馬をつかって土起こしに変える。その為に長辺百メートル短辺三十メートルを標準とする整形した田と、運搬する農道が必要になる。まず胎内川の改修工事で造成する田は、この計画をもとにして造成する。


 植え方は正条植えといって、平らにした田に縄を張ったり型枠を転がして目印をつけ、整然と植えてゆく。これで株の間隔がそろいイネにむらなく日があたり、風通しがよくなる。イネの育ちがよいので収穫量があがる。田植えをするのは女性で早乙女さおとめと優雅な名前で呼ばれる。年令は関係なくもない。


 正条植えは手間がかかって農民に嫌われるが、除草や稲刈りの苦労を考えたらじゅうぶん報われる。イネとイネの間にあるのは雑草に決まっているので、除草機を開発すればいい。手で押して前へ進むか、鍬のように手前に引っ張るか、いずれにしても爪をつけて雑草を根から抜き取る。すでに二種類の道具は試作品ができあがり、改良点がないか点検している。


 鎌は古くから使われてきたが、ノコギリ鎌をつかえば稲刈りが楽になる。イネを乾燥した後、穂先から籾をおとす脱穀が待っている。作業を見ていると竹を箸のように二本並べた道具で一日に扱く籾の量は十二束くらいしかできない。


 そして定番の千歯扱せんばこき、長さ高さとも三尺90cmの木製の台に、長さ五寸15cmの鉄製の歯を間隔にして五厘1.5cm空けて、二十本ほど立てて台木に留める。二本から二十本の歯となるので能率は各段に向上し三十束を処理できるようになった。


 単位あたり面積の生産力が上がると、農民も労苦に報われる。生活に余力がうまれ暮らしが楽になる。余剰が購買にまわれば景気の好循環を期待できる。


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