第百五十八章 助 力
「武田は如何ほどの軍勢で攻めてくると思考されましょうか」
「そうじゃなあ、少なくとも七千人いじょうは集めてくるだろう」
「しからば村上家が動員できる数はどれ位でありましょうか」
「五千人といったところじゃ」
「信玄の本陣をねらう別働隊が六百名として、四千四百名が武田の前衛を押さえきらねばなりませんね。この本隊がしっかり武田に圧力をかけてこそ、別働隊が遊軍となって機をみて本陣へ突入できます」
「たしかに数からみると劣勢に立たされておる」
「本隊が崩されますと、別働隊が隙をついて本陣へ突っこむ余裕がもてるか怪しくなります」
「真田殿の策とはどのようなものでござるか」
「今までの戦さは個人の功名を当てにした戦法でございます。城主たちはそれぞれが良かれと思う武器をそろえ参陣し、戦場では良き獲物をもとめて駆けめぐる戦いでした。こんごは兵種ごとに集まった勢揃えが激突する戦法に変わってまいるでありましょう。弓、鉄砲、槍、騎兵と兵種ごとに集団を編成いたします。大将が指図する采配に全軍が一糸みだれず従います。かような戦さをいたすべく意識改革に挑んでおります」
「図らずも、それがしが考え出した策と一致したわけか。わが村上家の存亡がかかった戦さになる。家臣や豪族どもの意向など
「越後は未だ各地の城主たちが連れてくる兵たちの武器はバラバラで、指揮命令も大ざっぱな指図しか出来ませぬ。しかし今回の策が成功いたすなら、批判や文句を封じこめる偉業となりましょう。大きく意識が変わってくれると期待しております」
「それでは尚更、信玄の
「百の議論は一つの事実に負けまする。論より証拠、でございます」
「集めた兵種毎の固まりをどのように配列いたすのじゃ?」
「基本的に村上さまが考案した陣立と変わりございませぬ。最前列に旗持が逆ハの字に展開いたす。弓隊と鉄砲隊が二列目に、三列目に長柄槍隊と持ち槍隊そして歩兵が並びます。左右に騎兵をおいて待機いたしまする」
「戦闘はいかなる様で進めるお積もりか」
「戦さが始まりますと、最前列の旗持が左右にひらきます。前面の視界が開けたところで、鉄砲と弓矢を発射いたす。相手の陣形が乱れたところで、槍隊と歩兵が突撃し押しこんでまいる。正面でせめぎ合いをしている間に、左右に散開した旗持と騎兵が敵の背後にまわって包囲いたす」
「そうか、考えの行き着くところ誰しも同じということじゃなあ。いちばん早く考えついて実行した者が、しばし戦さの主導権をとり続けられるわけか」
「この策の肝は、如何に敵の前衛部隊を引きつけ封じこめるかに、事の成否がかかっております。別働隊に六百名が取られますと、数からして本隊がいささか苦しい。本隊を援護するため我らの手をふたつに分けます」
「千名は村上さまと共に行動し本隊の一翼を担って、武田の前衛部隊と凌ぎを削ります。残り三千名は松代から地蔵峠を山越えして真田郷に入ります。弟の矢沢は信玄の父である信虎時代から武田家に従っておりましたが、この機会に旗幟を鮮明にいたすと覚悟を決めてござる」
「背後から奇襲をかける戦法か、これは面白い戦さができるのう。信玄のビックリ眼を見たいものじゃ。しかし頃合いをうまく合わせんとならぬな」
「参陣いたす千名はいっしょに行動いたすので支障は起こらんでしょう。問題は真田郷から南下する三千名の方でございますな。信玄は前山城を前進基地に拡張しており、次なる戦いもこの城から進軍いたすでありましょう。細作を放って行軍を監視し、戦機を伺うしかございませぬ」
「伝令をあまり使いすぎると武田に察知されかねないな。そちらの軒猿や細作を活用して隠密裏に動かさねばなるまい。ただ志賀城の戦さで、武田への反感や嫌悪感が一気に地元民に広まっておる。住民達はこちらを応援してくれているぞ」
「狼煙の活用など伝達方法を工夫して遺漏なきよう努めます」
「長尾軍が千曲川をわたり後背から攻め込んで下されば、よもや討ちもらすなどございませぬぞ。これで味方の大勝利まちがいなしじゃ」
「わしが手ほどきした騎馬隊を率いて本陣に突入いたす覚悟を決めておる。必ずや信玄の素っ首をわが手で
「御大将みずから斬り込むとは、部下も勇気百倍でございましょう」
「ふふふ、村上殿もその覚悟で戦さに臨まれておる。ここはどちらが首級を取るか、競り合うのも一興でござるな」
「ほほう、ふたりの総大将が、ひとりの大将首の分捕り合戦をするとは、これも楽しみでござる」
「大将お二人が今から戯れ言をいえるとは余裕がある証拠、ただし相手は信玄いささかの油断も禁物でござる」
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