第百四十四章 黒田秀忠の乱

 九月の下旬、軍師殿から早馬の書状が届いた。書状を開くと「軒猿の頭領から不穏きわまる情報を得た。委細は景虎さまへ報告してある。懸念していた黒田 秀忠が収穫した大量の米を買いあさって黒滝城へ運びいれているようだ。兵士たちが続々と入城している。わしは胎内川の工事が佳境に入っておる。戦さには行けそうにない」


 うーん、軍師殿から軒猿の引き継ぎで、秀忠が遺恨をもつ経緯を聞いていた。軒猿が要注意人物として監視下においている旨も承知している。何故いまとの思いが湧いてくる。成算があっての謀反なのだろうか。追随者が現れるのか。家督相続して守護代に就任したが、この若造が、との思いは なかなか消えがたいようだ。


 すぐ本丸へ登る。今月の定例に開かれる執政会議はすでに終わっていた。今日はだれが詰めているのか。緊急の招集がかかったようで、常備軍の指揮官たちが登城してくる。兵士たちは武器や防具の点検など戦さの準備に取りかかっているはずだ。


 執務室に入ると景虎さまと直江 総務大臣が書状をひろげて打ち合わせをしていた。

「おお、先生か。真田から連絡が行ったのじゃな」

「はい、委細は景虎さまへ報告してある、だけで詳細は分かりませぬ」


「軒猿が兵を城によびよせ、兵禄米を城に搬入しているのを目で確認しておる。間違いなく謀反を企てておるじゃろう。真田は現場から離れられないようだ。国内の反乱を鎮圧するだけだ。軍師がいなくとも我らの手でじゅうぶんじゃ」

「勝ち目のない戦さに挑む、としか思えませんが...... 」


「所詮、井の中の蛙なんじゃろう。己の領地は守護代であろうと指図をうけない。それと身内が多く殺されている、その意趣返しもあるのじゃろう。平六とおなじで世の流れを読めぬ奴らじゃ」

と直江大臣が吐き捨てるように言った。


「呼びかけに応ずる者がいるのでしょうか」

「黒滝城には黒田 秀忠と弟の金津 秀資が入城しておる。黒田一族といえば、出雲崎から山あいへ入った山頂に荒城という城がある。その城主である黒田 秀政がいるが、いま動静を調べておる」


「三人の大臣へすぐ早馬を立ててある。連判状に名を連ねた城主にも急使を派遣した。黒滝城は彌彦神社の近くでござる。平六の乱で参陣した七つの城から応援して頂ければ三千名ちかくの軍勢となりましょう」

「揚北衆の三人が恩義をかんじて出兵の打診がくるかもしれませんね」

「何時でも出陣できるよう準備だけ懈怠なく進めてくれ」


「軍師どのが父の言いつけで、越後のおもな城の縄張り図を長期間にわたって調べておった。軒猿を案内人として山々を駆けめぐって作成したものだ。こっそり調べたので詳細までつかめぬ。どうしたら城を落とせるか、その視点で観察しておる。さいわいにも黒滝城と荒城の図面がある。出陣のまえにジックリ検討できて、大いに参考になるぞ」


「とうめん秀忠に対して如何なる手立てをいたしましょうか」

「まず詰問状を送りつける。不審な行動があるので、釈明するなら武装を解除して春日山城へ参れ、と記す。その返答いかんで対処の仕方を考えると致そう」


 予測どおり詰問状に木で鼻をくくるような返答で、景虎さまの命令に従わない姿勢を鮮明にした。追っ付け、荒城の城主 黒田 秀政が反旗を翻したことも判明した。


 荒城は別名 荒山城や新山城ともよばれ、柏崎と寺泊のほぼ中間あたりにある港町、出雲崎から近い。港からほぼ南方へ一キロ半ほど離れた山城で、標高は百三十メートルと小高い丘の上にある。東西に九百メートルほどの尾根の中間に本丸が建ち、北東に三百メートル、南東に五百メートルの尾根が張りだして、変形した十文字の形をした山である。


 軍師殿がつくった荒城の絵図面をみると、山頂を本丸にして東へ四百メートル、南東へ三百メートル尾根沿いに曲輪や空堀を連続して造作している。平仮名の「つ」の字を反転した形といえばイメージし易い。


 軍師殿の論評によると、防御は東方向と南東方向の緩やかな尾根づたいに攻め上がる攻撃しか想定していないようだ。たしかに道路があるので行軍は楽だ。西方向の尾根伝いから攻めると、空堀が一箇所だけで、すぐ本丸の背中に出られる。空堀の深さは五間9mくらい。そして本丸の崖面の高さは六間11mほど。


 海岸ちかくの道路から外れて尾根に取りつく。藪をこぐが、戦闘に比べたら屁のカッパだ。尾根伝いに登ると、キツい勾配もなく西のコブにたどり着く。あとは山頂をつなぐ平坦な尾根を進むと本丸の背面に正対する。


 陽動作戦で東と南東から主力を攻め上げて敵の注意を引きつけ、隠密裏に西の尾根から一隊で一気に本丸へ攻撃する方法を提案していた。崖面をのぼる一番かんたんな方法はハシゴしかない。


 攻城戦ではすでに継橋つぎはしが実用化されていた。高さを延長できるハシゴだ。軒猿が先行して縄梯子を垂らす方法もある。造園用の三脚のように二本の柱を使い、踏ざんは竹にして縄で縛りつけても良い。


 さっそく討伐軍が編成された。常備軍は九百五十名に増えている。晴景が平六の乱に送ってくれた上越郡に在郷する兵士六百名を招集した。


 今回は城攻めが主体になると予想されるので長柄槍隊は持ち槍に武器を変更している。さらに弓矢隊の割合も増やした。また平地での会戦が想定しがたいので、医療チームを小荷駄隊といっしょに同行させた。


柏崎をめざして街道を北上する。道のとちゅうに柿崎城がある。すでに連絡済みだったので城主 柿崎 景家が軍勢二百二十名と共に合流した。


 後年、七手組大将の一人として名をはせ、先手組三百騎の大将として重用された。三十二才 気鋭バリバリの闘志あふれる猛将で、当主の面前で手柄をたてようと勇んでいる。 


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