第百三十二章 行政官

「つぎに景虎さまから当面の戦略について説明いたします」

「先ず内政をしっかり固めることに専念する。未だわれに敵対する勢力が残っておるやもしれぬ。敵対しないまでも独立独歩をあゆむ国人衆は大勢おる。まず我らが足元をしっかり固めることが第一である。その推進力が執政会議である。与えられた所管業務をきちんと こなしてくれ」


「その後の戦略は永倉先生から説明いたす」


「大まかな戦略について説明いたします。さしあたり越後から中央へ出てゆく足がかりは信濃国しかござらぬ。越中国は、その先に一向宗が支配する加賀国という難敵が控えております」


「一向宗は承知のとおり、百姓を意のままに操る本願寺が後ろにおります。教団を敵にまわすと百姓一揆で対抗してくる。死んだら浄土へゆけると煽るから、百姓どもは死を厭わぬ。雲霞のごとく数で圧倒的する百姓に対抗するのは、今の越後の力では無理でござる」


「ただ越中は城主たちの力が拮抗し、群雄割拠の国である。平野もひろく米の生産力が高く、じつに魅力的な土地である。一向宗に対抗できる策を見つけたら、この地を勢力下に治めることが出来る。すなわち天下にむけて大きな一歩が踏み出せる。皆も一向宗対策の良い知恵を考えてほしい」


「越中が難しいとなると、やはり信濃を目ざすしか道はなさそうじゃのう」

 直江 大臣がうなずく。


「ただ目標の信濃国であるが、ここは一向宗いじょうの難敵が、われらの隙をうかがっております。申すまでもなく武田家でござる。当主の信玄は名うての軍略家で政略家でございます。大勝ちをねらわず着実に勢力を広げる、まことに嫌らしい戦術を取っております。今は真田どのと、どう戦ったら勝ちが得られるか検討しておるところでござる」


「信玄にも弱みがあると申すのか」

「手慣れた戦さをするといっても、未だ二十四才という若さでございます。若さゆえの未熟さを突けないか、二人で検討したしております」

「ふーむ、それは面白い。いつ頃、戦端を開けそうなのじゃ?」


「早ければ二年後に雌雄を決する戦さに臨むやもしれませぬ。どうか、それまで着実に国力を高めるべく全力をあげていただきたい」


「揚北衆と約束した川の工事も手をつけねばならんのう」


「はい、揚北衆への懐柔策ならびに直轄領の拡大を目的とした胎内川の改修工事が動き出しております。大規模な工事で、莫大な資金の投入が予測されます」


「専門知識をもつ真田どのが責任者となって実施いたします。これは新政権の最初となる目玉の事業でござる。何としてでも成功させねばなりませぬ。全員の一致団結した協力がなければ成功はおぼつきませぬ」


「さきほど決めた大臣との兼ね合いは如何するのじゃ」


「この事業には農林水産業、大蔵省、国土交通省の三つの省が関わっております。軍師殿の指揮のもと、それぞれの部門で出来うるかぎりの応援をお願い致したい。この事業に携わることで、さまざまな技量が身につき、こんごの担当部門で役立ってくれるはずです」


「大臣は決まったが、その下で働く部下は、春日山城に揃っておるのか?」

 本庄 大臣が不安そうに聞いてきた。


「大臣は決まりましたが手足となる実行部隊、すなわち行政官は手薄である現実を認めざるを得ませぬ。総務大臣にお願いして、春日山城で行政を担当している人員の掌握に努めている所でござる」


「大臣の職務を理解して、こなしてゆける人物が、どれほどいるのかのう」


「現有人員の適性をみて、業務ごとに割り振りいたします。悲観的な予測でありますが、大きな期待を持たぬ方がよろしいかと存ずる。確実なのは大蔵省のみ、守護上杉氏が抱える能吏の確保ができるとしか言えません」


「城にかかわる日常雑多な業務をしょりする役人はおるだろうが、先生が望む国を運営する業務となると、精通している者は数が限られるであろうな」


「では如何すれば良いのか。誠に申し訳ございませぬが、それぞれの家臣の中から有能な人材を選んで担当させるしか、当面をしのぐ手立てはございませぬ。家臣たちを春日山城の麓に移す目的は、この狙いもあります」


「現地の治安は如何いたすのじゃ」

 斉藤 大臣が問い返す。


「そのため常備軍の整備拡大に鋭意 力を注いでおります。謀反や反乱があれば、常備軍が出動し鎮圧に当たります。将来の構想として、留守となる城は、必要最小限の将兵が常駐する仕組みに変わてゆきます。各城は平地に降りて、地域における行政の拠点として活用するようになりましょう」


「いずれにしても古今からつたわる箴言のとおり、何処の地においても有用な人物が眠っておる、こちらが見つけられないだけだ、との信念で人を探すしかないのう。わしも心がけるが、みなも広く網をはり目配りするよう心がけてくれ」

 景虎さまが訓示した。


「不足しておる大臣の登用は今後いかように進めるつもりじゃ」


「この執政会議が最高唯一の議決機関であります。越後国の現状から将来の方針まで総てが分かる会合であります。その意味で安易に大臣を登用できない理由がございます。景虎さまに絶対なる忠誠をちかい、敵からのうらぎり工作に紛動されない人物を選ばなくてはなりませぬ」


「離れた席で、モクモクと筆をすべらせておる者がおるが......」


「今回の会議から記録をしっかり記録いたします。今後の政策決定において、会議の議題そして議論の経過をしることは、大いに役立つものと信じます。足跡をしっかり残すことで将来の指針ともなりましょう」


「議事録をつくり総務大臣とそれがしが署名捺印してまいります。そのことで書類の改竄かいざんを防止できます。大臣がいつでも閲覧できる仕組みにしたいと考えております」


「それは大事なことだ。人間の記憶などあやふやのものじゃ」


「最後になりますが、城下町に居住する政策については、何度も繰りかえしてお話ししましたので、ここで改めて申しませぬ。町の縄張りにつきましては、ほんらい国土交通大臣の所管とも言えます。これは大きな政治的な意図がございますので、総務大臣の管轄として宜しいでしょうか?」


「そうじゃのう、国人衆まで呼ぶとなると配置や場所でひと悶着ありそうじゃ」


「では直江 総務大臣と二人で決めさせていただきます。基本的な考えとしては、春日山城へむかう表参道を中心に両側に屋敷町を配置いたします。その外側に町屋や商家ならびに職人がすむ町並みを割り当てようと考えております」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る