第百三十章 勧 誘

 次ぎは栖吉城主の長尾 景信さまに寄った。景虎さまの亡き母、虎御前の弟であり何度も会っているので、旧知の仲で忌憚なく話し合える。


「姉上に景虎の晴れ姿をひとめ見せたかったものじゃ。お披露目のあと林泉寺の墓で線香を手向け、ねんごろに弔ってまいった。皆のまえでスクッと仁王立ちのすがた、嬉しゅうて涙でかすんで見えたわ」

「母上の肖像画をお守り袋にいれ肌身離さずお持ちでございます。あの席でも母へ届けとばかり声を張りあげたものと察しております」


「若くして国主となり茨の道を歩むのかと不憫さもあるが、先ずはめでたいことと喜ばねばならんのう。お主らもしっかり手助けしてやってくれ。この通り頼むぞ」

と両手を突かれた。


「勿体なきお言葉、われらの力の及ぶかぎり景虎さまを全力で尽くす覚悟でございます。さて本日はお願いの筋がございまして罷り出ました」

「ほう、わしにか? どのようなことじゃ」

「景虎さまより、ぜひ執政の一員となっていただき、天下の道筋を誤りなく支援して欲しいとの お言葉でございます」


「わし如きの者が執政の席に加わるなど恐れ多いことである...... そうは言っても、お主らにすべてを丸投げするのも気が進まぬ。うーむ。景虎さまから たっての願いとあらば、微力ながらお引き受けいたそう」

「ご承諾いただき感謝のことばもございませぬ。さすれば執政の皆さまにお願いしておる儀がございます。ただいま春日山城の麓に家臣がすむ城下町を計画しております」


「なるほど、家臣たちを城下町に集めるのは、いろいろな思惑があろうな」

「はっ、将来はすべての家臣を住まわせたいのですが、おいそれと進まぬことは承知しております。『隗より始めよ』で執政の方から範をしめして頂ければとお願いする次第です」


「それには城が他の勢力から攻撃されないとの保証が必要じゃな」

「家臣同士の諍いで暴力による自力解決を認めない、あくまで法に基づいて裁決する仕組みを作り上げなければならぬと思っています。領内法とか分国法など名前はどうあれ、早急に整備する必要があろうかと考えております」


「法による支配か...... 実力行使で我を通すという遣り方を変えるというのじゃなあ」

「はっ、領内法を整備することは元よりですが、裁判の仕組みも考え直したいと思っております」



 最後に赤田城主の斉藤 朝信どのを訪ねる。隠居した父の定信どのも同席するようお願いした。

「斉藤さまの強力な助っ人により、景虎さまも国主と就任できました。さらに塩硝の生産や銅の精錬、ケシの栽培など、斉藤さまのご協力無しでは不可能な作業でございました。このうち銅の精錬は春日山城ちかくで一元で管理しなければならぬと思っております。順次、移転して参りますのでご了解ねがいます」


「なんの、当家が少しでもお役に立ったなら、本望でござる」

「朝信さま、じつは貴殿の力量を見込んで、景虎さま直々の要望がござる。ぜひ執政の一員となって政権の運営を担っていただきたい」


「それがしのような若輩者が務まるものでございましょうか。まだ右も左もわからぬ世間知らずでござる。他のかたの足をひっぱりはせぬかとの気持ちが先立ちまする」

「この懸念は分からぬでもござらんが、われらの要望をキチンと把握し、その後の管理も遺漏なく行きとどいた処置をなさってお出でだ。浮ついたところがなく、しっかりと地に足がついた考えを持っておらるる。もっと自分に自信をもった方がよろしいぞ」


「過分なるお褒めをいただき面はゆい次第でござる」

「景虎さまは未だ十五才という若さで当主として、越後の全責任を負う立場になられた。就任する執政はほとんどが三十代半ばと、いわば大兄の者ばかりじゃ。年頃がちかいお主は、たがいに本音を言いあえる間柄を構築して欲しいとの思いがある」


「景虎さまは主君でござる。友達づき合いをせよ、など恐れ多くて拙者には無理というもの」

「まあ、言葉の綾でござる。グチをこぼしたい事もあろう、そうした折りは黙って聞いていてくれる人が傍にいるだけで気が晴れるというものじゃ。そなたが、それを溜め込んで胸の内に留めて置いてくれるだけで結構じゃ」


 だまって聞いていた父の定信が口を開いた。

「執政に入るとなると、朝信は春日山城に詰めることになるのかな?」

「はい、執政の皆さまは主だった家臣とともに、あたらしく建設する城下町に居住していただく予定にしております」

「うむ、赤田城は留守居役ていどが常駐いたすのか。そうなると、わしが一時的に復帰して見所がある若手を抜擢して育成せねばならんのう」

「悠々自適の暮らしから復帰とはまことに心苦しい限りでござりますが、これも景虎さまの夢の実現する一助とご賢察たまわりますよう伏してお願い奉る次第でござる」



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