第百四章 砂鉄の採掘

 翌朝から採掘が始まった。道から二メートル離して山側へ、縦横五十メートル四方の表土をめくる。熊笹が密集しており根が張っているので苦労する。警固の人数を十人として周囲の監視にあたらせる。人よりヒグマが恐ろしい。荒浜屋の手代や通詞は雑用係とした。


 浜辺までの道も伐根して土を露出する。四百袋をぜんぶ使うなら、この数だけ往復しなければならない。埋め戻さなければならないので、投げる場所も気に掛けねばならぬ。九十人が、かかりきりで作業をしたので一日で終わらせた。もともと農家の次男や三男で、畑仕事をやってきた者を重点的に選抜してきた。


 近くに川が流れているのも助かる。飲み水や水浴びが自由にできる。もっとも四月の末なので、汗をながすくらいで雪解け水は身をきるような冷たさだ。


 次の日は砂鉄の層まで掘りさげる作業に費やす。場所を選定するとき、木が少ない

ところを選んだが、五本ほど区域に含まれていた。木のまわりは除外する。平均すると九十センチほどで砂鉄の層があらわれた。


 砂鉄を掘り出す作業は、三班にわけてローテーションを組んだ。運搬する班は二人一組で四十名。警固は十名。残りが掘る班で五十名。一時間ずつ順番に交代してゆく。


 海岸に伝馬船をおいて、乗組員が本船との運搬を担った。うれしい誤算があった。予定では麻袋に砂鉄をつめて二個を木の箱にいれて、二人で担ぐ形にした。砂鉄の比重が 2.2 で重さ三十キロ、二袋で六十キロと想定していた。


 じっさいに砂鉄を詰めてみると一袋で六十キロを超える。比重が倍以上あるということだ。それだけ鉄分の含有量が多く品質のたかい砂鉄とわかる。そのぶん運搬で往復する回数が倍になった。


 層の厚さは平均して一メートル五十センチあった。苦労して、この地までやってきたのだ。積んできた麻袋四百のすべてに詰めこんだ。これだけ採掘できたので、鉄砲だけでなく農機具に回せそうだ。


 剣先スコップを見慣れてきた者にとって、使っているくわすきは能率がわるすぎる。鍬は刃を一枚から三枚に分割したら抵抗なく土に突きささると思う。鋤も先を四角から尖らして三角形にすると、もっと力を入れずに土にささってゆくと思う。


 少しでも能率をあげる道具の改良に、取り組まなければならぬことに気付かせてくれた。インフラ整備で道路や河川、用水路、排水路など土木工事を継続してやらなければならなくなる。すべて人力に頼らざるを得ない時代。


 農耕馬の活用を考えたい。仕事量の単位に馬力が使われるくらいだ。七十五キログラムの重さを一秒間に一メートル動かす力。人間に換算すると四人分と言われる。


 人海戦術のおかげで、埋め戻し作業をふくめて三日で終わることができた。今後も継続して砂鉄の採取をする必要がある。最後に、手代と通詞をともなって長の家へお礼の挨拶にゆく。手代は今後も つづけて担当して貰うので、顔をつないでおきたい。


 帰りの航路では津軽海流の横断ポイントを変えた。往路のときは青函航路のずっと西から斜行して海流を横断した。復路は沿岸反流を利用して、北海道の沿岸沿いに走る。北海道の最南端である白神岬をめざす。


 岬の手前で風待ちをする。北風になったら横断を開始して、龍飛岬をかわして津軽半島の西側にぬける。松前までゆくと、龍飛岬沖の急流に影響をうけず横断できる。だが今の時点で蠣崎氏とは接触したくない。


 通詞の処遇を決めなければならぬ。本人の希望を聞いてみた。常雇いしてくれるなら荒浜屋で働きたいと言う。これから先、アイヌ人との関わりは大きくなるばかり。しっかりした者を迎えるのは願ったりだ。


 手代にそれとなく人柄を聞くと、性格が素直で向上心もある。きちんと躾けて修行すれば良い商売人になれると思う、との返事だった。自分も陰日向なく働いている姿に好感をもっていた。


 柏崎に戻ったのは五月の末だった。白神岬で五日ほど風待ちをしたのが痛かった。それでも二 ケ月で帰れたのだ。砂鉄は取りあえず空いている倉に手分けして運び込んだ。解団式らしきものを浜辺でおこなう。


「皆の奮闘のおかげで予想以上の成果をあげることができた。怪我もなく無事に戻れたのが何よりもうれしい。船に乗るのは初めての者もいたと思う。六十日ちかくも船で生活し訓練をうけてきた。今では立派な船乗りに成れるかもしれん。希望者は斡旋してやっても良いぞ」


 あちこちから笑い声がおき、嫌だと手をふっている。


「ともかく砂鉄が手に入ったことで、新しい武器が作れるようになった。これで戦さの遣り方がガラッと変わることになる。その一翼を担ったと大いに誇りをもって貰いたい。長期間のがんばりに感謝し、今後の奮闘を期待している。」


 潮焼けしていちだんと逞しくなった百人は、縦列を組んだ栃尾城へ行軍していった。


 船が戻ったと聞いて、浜辺に出向えに来ていた九郎殿。満面の笑顔で手をガッシリ握りあった。手代と弥平と一緒に店へむかう。

「上首尾だったようじゃのう」

「お陰さまで、思っていた以上の量が取得できました。これで鉄砲を自前で生産できます。越後の兵もさらに精兵として名を轟かせますよ」 

「長旅で疲れたじゃろう。まず風呂に入って汗を流せ。こんやは安着祝いだ」


 店について改めて弥平を紹介する。

「この者は通詞として十三湊で雇いました弥平と申します。ふた親を亡くし、独り者です。今後、蝦夷地は大きく発展します。アイヌ語がしゃべれて、商売の仕組みにくわしい者は絶好の人材になります。きっと九郎殿のお手先として働いてくれる人物です」

「先生が推薦してくれる者なら安心して採用できるというものじゃ。うちの店は仕事に厳しいぞ。暖簾わけできるほど励めよ」

「雇っていただき、ありがとうごぜえます。一生懸命しごとに励みやす」


 久しぶりの風呂に浸かって、体中にたまった澱がながれでる心地だ。新鮮な魚貝類がならぶ膳に生き返る思いがする。テンプラはまだ教えていなかったか。そうか、お浜さんにオデンを紹介したとき、テンプラの反応が今ひとつだったので、そのままになっている。新しいメニューとして伝授いたそう。


「九郎殿、綿製品の生産は如何がですか?」 

「高機で織る綿布が軌道にのって、今じゃ越後の名産となってきておる。綿花の栽培地を増やそうと躍起になっておるところじゃ。乄粕の引き合いも増えてのう、漁師たちの良い稼ぎになっておるぞ」


「じつは今回の旅で気付くことが多ございました。まず北国船、あまりに船足が遅そすぎます。一番の原因は帆がムシロのせいと考えます。これを木綿に変えると、劇的に改善できると思うんです。たぶん三倍くらい速さがちがうでしょう。つよい木綿糸を使って編み方を工夫する必要があります」


「甲板の貼り方も変えなきゃなりませんね。甲板の両側をキチッと固定甲板にして、海水が浸入しない構造にする。真ん中部分だけを開閉できる仕組みにして、荷物の搬入と搬出をする。航海中は閉めきって大波がきても、甲板を洗うだけで船内に浸水させない」


「舵は港を浚渫できないので、今のところ可動式も致し方がないでしょうね。ともかく最優先は、綿布の改良に意を注ぎます」


「砂鉄を思いの外おおく採取できたので、道具の改良に回せると思います。鍬や鋤の改善と、馬を使った土起しと運搬に手をつけたい。九郎殿、やることは次々と出てまいりますぞ」


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