第九十五章 鎮 圧

 騎馬隊を助けようと敵軍がてんでバラバラと駆け寄ってきた。平六と覚しき大将が錯乱したのか、先頭に立って喚きながら槍を振りまわして走っている。勇気があるのは認める。統率がとれた動きでなく、数を頼んで殺到してくる。


 敵の騎馬をあらかた倒したところで、騎馬隊を左右におおきく散開させた。正面が開け、殺到してくる平六軍と正対した。長柄槍隊は一段目と三段目が位置を交替しながら前進を続ける。相手との距離は百メートルもない。


 倒れた馬や死骸を乗りこえながら前進してゆく。ここで弓隊が斉射をはじめた。山なりに矢がつぎつぎと放たれてゆく。固まって突進してくる敵は、新兵にとって手頃な標的だ。無駄矢がなくバタバタと射倒す。敵は恐怖を感ずるひまもなく、うしろから押し出されるように前へ進むようにしか見えない。


 いちばん懸念したのが敵の弓隊だった。槍の間合いに入るまでの時間は、一方的に矢の標的にされる。弓矢隊は盾などで身を防げるが、長柄槍隊は両手で槍をあつかうので盾は持てない。


 ちなみに木の盾の寸法は、高さ一メートル五十センチ、幅が五十センチ、厚さが三センチほど。二枚の板をならべて、裏に複数の横木を打ち付けてある。盾を自立させるため可動式の足をつけた。足を斜めに開いて地面につけ盾が倒れるのを防ぐ。野外戦では盾を担ぐ盾持ちが必要だった。


 今回の戦は騎馬が先に突入したので、敵は味方を撃つ恐れがあり弓隊を使えない。騎馬隊が散じた時点で、弓の斉射が可能だったが、的確に指示する指揮官がいないのか散発的に飛んでくるだけだった。


 味方の長槍隊は太鼓の音にあわせて歩調をそろえ前進している。最初の陣形で左右に縦列で布陣していた長槍隊は、歩調を速めて先行したので鶴翼の陣に似てきた。槍の間合いに近づいてくる。


 相手の槍は持槍もちやりとよばれ普通に使われるタイプだった。長さは見たところ二間半(四メートル五十強)で、長さで比較すると、こちらが九十センチほど長い。こちらが先に間合いに入った。槍奉行の命令がくだる。陣太鼓がドーンと鳴った。


 振り上げていた長柄槍をスナップを利かせて一斉に叩く。槍がしなって遠心力が加わり打撃がいっそう強くなる。陣太鼓の調子にあわせて、三度、四度と叩きつける。五度目になると脳しんとうを起こしてフラついたり、武器をおとす者が現れた。


 槍は突く武器との先入観にこりかたまった者たちにとって、叩くとは衝撃的な使い方だった。一角を崩すと、そこからこじ開けてゆく。二段目がすぐ突きをいれて倒した。三段目が隣りの兵を薙ぎはらう。


 ここが勝負どころと本陣の前に控えていた持槍隊を投入した。敵を切り裂く穴が広がって、錐を揉むように敵陣へ食いこんでゆく。敵陣の真ん中辺りにおおきな穴があいた。


 景虎さまが合図をだした。ホラ貝が「ぼ~ぼぅぼ~ぼぅぼ~~♪」と鳴り響く。すると城の方角から同じような音が返ってきた。まもなく鬨の声があがり、大手門から城内の兵士が突撃してくるのが遠望できた。城内の兵は策なれりと、闘志を燃やして突っ込んでゆく。


 平六は後詰めの兵を五百人ほど残してきた。それまで城から内応があると信じて、余裕しゃくしゃくで戦ってきた。奸計に引っかかったと遅まきながら気づき、兵たちが浮き足だってしまった。戦いの勢いが違う。すっかり形勢は逆転してしまった。


 左右に散開していた騎兵もひづめを轟かして敵陣へ突入する。狙う目標は平六とその取り巻きだ。一直線に平六を狙う。あわてて旗本衆がまわりを固める。騎馬隊が通り過ぎたあとに誰も立っている者はいなかった。一年前に晴景の軍勢を鎧袖一触した平六だったが、今回は自分たちがお返しを食らった。


「平六 討ち取ったり!」 大きな叫びに、周りからドッと歓声が沸いた。


 もともと烏合の衆であった軍勢、大将が倒されて戦意をすっかり失った。周囲をすっかり囲まれて逃げ場がない。死に兵になる度胸や義理もない。


 一人が武器をすてて両手をあげると、降参する者が続出した。こちらも今後の国力を考えたら、あたら人の命をうばう必要がない。降伏を受け入れた。朝には、三千五百余名で出陣した兵が、夕べには四百二十名が白骨となった。


 こちらの損害は死者は八名、乱戦に巻きこまれて亡くなった。負傷者は二十四名、すぐ傷口を消毒して圧迫して止血する。さいわい縫合しなければならない程の重傷者はいなかった。


 文句ない大勝利で、みごと初陣を飾った。全員で勝ち鬨をなんども繰りかえした。


 ただちに武装を解除し、帰順を問いただす。全員が長尾家に服従し、命令に従うむねを誓約した。長男いがいの者たちに志願兵を募った。三百四十名が応じた。他は捕虜として留め置く。まだ敵の城を落としていない。解放して城へ入られても困る。


 景虎さまは蔵王堂城に歓呼の声にむかえられて入城した。城主の為重さまが喜色満面の笑みで出迎えてきた。


「おお、いい面構えだ。立派な武将になること間違いなしじゃ。わしの兄者を追い越すやもしれんのう」

「この度の戦では、謀に乗っていただき大勝利できました。これも叔父上が了解していただけた賜でござりまする。ありがたく感謝の言葉もござりませぬ」

と 頭をさげた。


「いやいや、力あらば我らが退治すべきところ。そなたの兄者に何度も嘆願したが、手を打ってくれなんだ。口惜しゅう思いをして参ったぞ。今日は積年の思いが晴れた心地じゃ。今夜は皆の者へ大いに馳走いたそう」


 夕方から城のあちこちに別れて勝利の宴が催された。大広間に景虎さまが上座に、両隣りを為重さまと軍師殿が席についた。各城から派遣されてきた武将たちも加わっている。自分は末座で目立たぬよう座った。


 平六の挑発に、長い間がまんしてきた鬱憤をはらすよう皆よく呑み食べている。戦の経過をふりかえって、自慢話や失敗談など声高にしゃべりまくっている。今夜は無礼講だ。


 上座をみると景虎さまが盃をあけている。まだ未成年なんだが、元服したから大人扱いされるのは当然のことか。このような席で目くじらを立てても仕方がない。初陣で采配をふるう責任と緊張感は想像できる。今宵はストレスを解放する良い機会だ。



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