第九十二章 進 軍

 八月に入って、為景派の城から軍兵が集まってきた。直江氏の与板城から百三十名余、斉藤氏の赤田城から百十名弱、長尾氏の栖吉城から二百二十名余、安田氏の安田城から百名弱、北条氏の北条城から百名弱、そして三条城の山吉氏から二百二十名弱と八百八十名が揃った。


 各城から陣代とも言うべき武将が一人ずつ七名がついてきた。他に大小旗とよばれる旗持ちが各城から四名程いて計三十名。手明とよばれる兵糧をはこぶ馬をひく兵が二十名が同伴している。


 今回の戦闘は中越地方を想定していた。兵糧は三条城・栃尾城・栖吉城に蓄えてあるので、大規模の移動を考えていない。兵種も槍兵を多くするよう要請してあった。


 集まった軍兵は教練を受けたことがない、槍や弓そして騎馬と混然とした部隊である。しかし今後の主力として育てあげてゆかねばならぬ本陣の兵でもある。


 取りあえず兵種ごとに槍隊・弓隊・騎馬隊の三班に分けた。槍の長さは各人好き勝手に持参してきている。さもあらんと予測していたので、応募兵の他に一年掛けて五百本ほど製作してきた。ちなみに長さは三間(五メートル五十弱)に統一してある。


 持参した武器ごとに人数を分けると、弓隊が九十五名、騎馬が九十名、槍隊が六百四十五名となった。槍を交換して足りない本数は、長い槍を優先して持たせる。期間は短くとも出来る限りのことはする。教練にすぐ向かわせた。


 景虎さまは各城から派遣されてきた武将とすぐ会った。ねぎらいの言葉をかけたあと、軍師殿を紹介した。そして戦の采配について、各武将の突撃など勝手な行動は許さない。手下の進む・退くや弓の応射は、すべて大将の命令どおり動くよう、きつく言い渡した。


 軍師殿と一緒に景虎さまへ伺う。栃尾城へ進軍のさい三条城まえの広場で閲兵を行うという提案だ。千五百八十一年に信長が京で馬揃えという軍事パレードを行った。これは公家から民衆まで幅広い人々を集めて力を誇示するのが目的だった。


 今回は味方の士気をたかめる閲兵だ。アラビアのロレンスが死の砂漠を横断しアカバ攻略へ進軍するさい、ラクダ隊を閲兵するイメージ。景虎さまは驚いていたが、芝居っ気があるのか黙認してくれた。


 さっそくシナリオ造り、といっても演出家でないのでシンプルそのもの。二列に並んだ軍兵の前を、景虎さまを先頭に軍師殿と武将八名が馬で行進する。目の前を通り過ぎるときに エイ! トー!と兵士が気勢をあげる。既にやっている大名もいるかもしれない。でも景虎さまの初陣だ。華やかな出発にしたい。


 八月十五日、前日までに栃尾城へむかう準備はすべて整った。未明に、大広間で景虎さまを中央に、左右に為景さまと城主の山吉さまが着座した。諸将らが並ぶ前で、高らかに景虎さまが宣言された。


「長らく越後は騒乱に苦しめられてきた。われ守護代の陣代として賊徒どもを平定するよう命令が下った。そなたら共ども力をあわせて逆賊を退治いたそうぞ。われらに正義あり、毘沙門天王の加護うくること間違いなし。いざ栃尾城へ進軍だ」


 明け方、城の前にある広場に約二千名ちかい軍兵が、二列になって勢揃いしていた。景虎さまが馬で跨がり、うしろに九名を従えて常歩で進む。うねりのような歓声が歩みと共に広がってゆく。うん、想像していた以上の盛り上がりだ。


 ルートは軍師殿が何度か下見して決めている。二列の縦列で行進する。基本的に東側を槍隊、西側に弓隊と大小旗と手明き。百名ずつ二十班に分けた。騎馬隊は、先手と中間と後詰めと大きく三つにわけた。


 僕と亜希子と子ども二人は中間あたりの班に入った。栃尾城は手狭になるので、下男夫婦が住む余裕がない。今町の自宅で留守番をするよう頼む。


 お菊はついて行くと聞かない。なにか一緒にいたい理由でもあるのだろうか。もっとも亜希子にとって主婦の兼業はキツいので、とても助かっている。


 景虎さまは信頼のおける馬廻衆十名を護衛のため特別に配置してくれた。


 看護婦は増えて六名、入門してきた三人あわせて六名の医師見習いで構成された医師団も、手明きの馬に消毒薬の瓶や医療機器を積んでいる。ここも馬廻衆が十名加わっている。


 もっとも警戒していたのは見附城から、サソリの尻尾のように細く南へ張り出している台地状の観音山だった。栃尾城へ入るために刈谷田川を渡らねばならない。この川岸ちかくまで山の裾野が広がっている。


 観音山から五百メートルほど下流を渡川箇所に決めていた。先手の班が、三段構えの槍衾をひいて防御の態勢で控える。次ぎ次ぎと到着する班の槍部隊が二列目の槍衾を布陣してゆく。


 観音山の砦に潜んでいた敵勢がときの声をあげ、矢を射かけてきたが、用意していた矢防ぎの楯でじゅうぶん阻止できた。物見の兵が十騎ほど駆け巡って気勢を挙げていたが、こちらの騎馬隊がむかうと砦に引っ込んでしまった。


 先手の騎馬隊が川をわたり辺りを警戒する。安全を確認して残りの槍隊と大小旗や手明き、そして我々家族と医師団が川を渡った。


 前もって栃尾城に出発の日を伝えてあったので、出城である神保城の城兵が南方面の敵を警戒していた。こうして進軍は戦いらしきこともなく、首尾よく栃尾城に入ることができた。


 平六がなぜ絶好の機会に攻め込まなかったことに、後ほど軍師殿から話しを聞いた。景虎さまの若さを侮り、兵の少なさを小馬鹿にして慢心しているからだろう。農繁期など気にする人物とも思えんし、思慮のたりない男としか言いようがない。ただ、今後ぶつかる敵はこんな人物と比較にならない。戦を侮ってはならぬ、と釘をさした。ただ新兵にとって実戦のいい機会だったのにと残念がっていた。


 城主の本庄 実乃は直情そうな赤ら顔をほころばせながら出迎えた。景虎さまの両手を握らんばかりの喜びようである。晴景さまに要請してから時間がかかり過ぎて、いい加減苛立っており、やってきた景虎さまの凜々しい若武者ぶりに、すっかり感銘を受けている様子だ。


 

 

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