第七十九章 乗 馬
景虎さまは今まで林泉寺で僧侶の修行を続けてきたので、当然ながら馬は乗れない。木剣による剣術や林泉寺の裏山で周回コースのランニングで足腰は鍛えてきた。
指揮官が乗馬ができぬでは大変なので三条城に移って、すぐ乗馬の練習が始まった。僕も永年の夢が叶う良い機会とばかり、一緒に鍛えてもらうことにした。
時代劇でいちばん格好が良かったのが黒澤監督の「隠し砦の三悪人」で主役をはった三船 敏郎の乗馬シーン。「スター・ウォーズ」の冒頭シーンが、藤原 釜足と千秋 実の凸凹コンビをオマージュしたことで有名な作品。
スタントなしで疾走する馬上で、両手で刀を右上に八双の構えで敵を追う。とうぜん手綱は放してあり、鞍から腰をうかせ前傾姿勢で疾駆する。馬体を膝頭から下の下肢でコントロールしているのだろう。背景の木立が飛ぶように過ぎてゆく。
一人を袈裟切りで倒し、もう一人を刀で突きたおす。三人目を追っかけて、勢い余って敵の陣屋に飛び込んでしまう。両手で手綱をひきしめ、砂塵が舞い上がるなか馬をとめる。鳥肌が立つ戦慄シーンの連続で、しばらく呆然と画面に見入っていた。それから自分も馬にのりたいと憧れてきた。
黒澤監督は「ローマの休日」を撮ったワイラー監督と親交が深かった。究極のオマージュとして「可憐な王女を主役にすえた戦国冒険譚」の企画を練る。しかしヘップバーンに匹敵するフレッシュで魅力的な女優を発掘する難題があった。
採用基準が残っている。1.容姿可憐。気品があり言動 常に凛とす。2.玲瓏な外見に反し 意志の強い激情家。3.決断が早く行動的=野性的(活発かつ敏捷)。4.内面に“健気な使命感”を秘めている。郵送公募をふくめて四千人を超えるオーディションを重ねたがメガネに叶う女性がいない。うーん、亜希子ならキッと採用されると思うよ。
そんな中、全国で網をはっていた東宝の関係者が、地方の映画館で一人の若い女性を見いだして写真を送ってくる。「素人ですが凜々しい横顔に声をかけた。話すと意志の強さを感じた」とコメントがついてあった。写真の女性は強烈な
この二十才の短大生と面接した黒澤は「この娘には『気品』と『野性味』の両方がちゃんとあるね」上原 美佐の誕生である。演技経験のない素人をここまで短期間で育てあげた監督 黒澤の手腕が光る。
「相手に正対し 真正面から グッと見据える」これは、帝王学のひとつの作法である。雪姫は こういった作法を完璧に身に付けていた。だからこそ 統治者の後継たりえたのだ。リメイク版の長澤まさみの雪姫は、チャラ姐さんが喧嘩をうる眼光にしか見えない。
唯一のエロティック・シーンは雨宿りしている三船と雪姫と凸凹コンビから始まる。雪姫は横向きで熟睡している。三船が味噌樽を調達するため出かける。残るは雪姫と好色な二人の百姓。カメラの目線が百姓の視線となって、雪姫のとびきり白くて美しい太ももを惜しげもなくアップしてゆく。
丸いお尻まで見せるのだ。何せ雪姫は短パン姿。撮影では恥ずかしくて無意識のうちに裾を引っ張り隠そうとして、NGが続いたというエピソードが残っている。
お尻を見せつけられた百姓どもはムラムラしてくる。危うし雪姫! この演出は「エロティシズム表現のお手本」と今でも称賛される。そう亜希子の太ももと比べても遜色ない。
話しが逸れた。
インストラクターは厩の主が務めてくれた。最初の日だけ補助の者がついた。山城であっても馬場をもうけてある。ましてや三条城は平城なので、馬を駆け巡らす場所はいくらでもある。
温和しそうな馬二頭を二人に宛がってくれた。馬は当然ながら在来種である。小型・中型馬で肩までの高さが一メートル二十センチに満たないのが多い。木曽馬が平均して十センチほど高い。
武田の騎馬隊は精強さで恐れられた。強さの秘密は、木曽馬のより大きい馬体とスピードの速さが要因だったかもしれない。
体質が頑健で野草だけでも育てることができる。骨や蹄が堅いので蹄鉄が発達しなかった。一番の特徴が前後の肢を片側ずつ左右交互に動かす変則した歩き方にある。
上下動が少ないので荷を載せるのに適し、傾斜地の歩行を苦にしなかった。ただスピードはサラブレッドの時速六十キロに比べると、木曽馬でも四十キロ程度だった。
まず心得として馬を怖がらない事をくどく言われた。馬は人間の感情をよむ利口な動物。乗り手の不安な気持ちはすぐ伝わる。
鼻筋をしずかに撫でたり、首筋をゆっくりマッサージする。そして手綱を曳いて、ゆっくりコースを歩く。馬に馴れたら馬にまたがる。
視線が高くなっただけで見る世界が変わってくる。まわりの光景が一変し、巨人のように感じ、一茶の「そこのけそこのけお馬が通る」の実感がわく。
騎乗姿勢の注意から入った。足を鐙にかけずに両足のつま先を真下に伸ばす。頭のてっぺんからつま先まで一直線になるよう意識する。
すると普段すわっている尻でなく、少し前に重心がいどうして骨があたる感触がある。そこが座骨で、鞍にすわるときは座骨があたるように意識する。
補助の者がたづなを握って
停止するときの手綱の引き方は、手綱を短くもって体をすこし起こすと同時に、肘を拳一個分くらい引く。肘は真後ろに引くよう注意される。
つづいて速歩にはいる。景虎さまは馬上で立ったり、座ったりする軽速歩まで進んでいる。やはり運動神経が良いだろうなあ。景虎さまと競争する意味もないので、まったり自分のペースで進める。
早く駈歩に進んで馬をあおってみたい。なにかハマる予感がする。吉法師のころの信長は、上半身が裸で半袴の腰に火打ち石などぶら下げ、馬上で柿を食ったりと変わり者だった。自由に馬を乗りまわし、桶狭間の戦いも騎馬隊の先頭を突っ走っていたのだろう。
三船 敏郎の域までは無理にしても、高倉 健の「遙かなる山の呼び声」で颯爽たる馬上すがたに少しでも近づけたい。道産子の馬にのってレースに出るシーンがあった。
走り方が競走馬に似ておらず違和感がのこった。ああ、あの走り方が本来の在来種の走法だったのだ。
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座骨で座ることについて、腰痛に悩まされた時に知ったイスがある。頭までの高さがあるイスをつかっていたが腰痛で病院通いをしていた。イスの形状がカタカナのハ字に似て馬の背に乗るように真ん中が高く、右下と左下にすこし傾斜がついている。これによってイスに座骨で座れるようになった。背骨が直立し胸がはれて脊柱が自然とSカーブを描けるようになった。このイスを使ってから腰痛に悩まされることはなくなった。オフィス・ワーカーの人にお勧めのイスである。
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