第七十八章 たわむれ
客間は予想どおりというか景虎さまの専用部屋になってしまった。部屋数が減ったこともあり寝間は川の字でなく、こども二人を挟んで両側に寝ている。亜希子がわに
晋作、こちら側にあかねが寝る形におさまった。
あかねは五才、晋作は二才となった。やはり女の子はおしゃまで愛くるしい。わが子が生まれる前は鼻水をたらした子どもが汚く見えた。今となっては何とも思わない只の水に過ぎなくなった。
大勢で食べるときは菜箸がないと困る。他人の箸がさわった食べ物を口にできない。だれもが自分の箸をつっこむ鍋料理が苦手だった。それが我が子が「はい、アーンして」と、おぼつかない手つきで差し出す、箸にはさんだ食べ物を抵抗なく口を開けるようになった。
「ねぇ おとうさん」
「なに?」
「わたしが生まれた日、どう思った?」
「嬉しかったけど、お説教中にその話題を出すのはズルいでしょう?」
「おとうさん、だいふきっ」
「ん!突然どうした? お父さんもあかりのこと、だーいふきだよ」
「ちがう! 台ふき取って!はやーく」
近くで大きな犬がでて、それを見て泣いた話しをお菊がした。
「そう、ワンワン見て泣いたんだ?」
「うん!泣けた!」
あかりが手紙をくれた。
「あ× おとうさんへ、おとうさんおしごとおつかれさまでした これからもがんばって しごとをおわらせようね。」
「あ」と「お」を間違えたかわいい書き出しから始まって、仕事への労りに目頭が熱くなったが、締めくくりで教師からの目線になった。
あかりの日記帳の一節。
「きのう、おとうさんといっしょに、おんなあそびをした。おとうさんは、おんなあそびがじょうずです」
たしか自分がママ役になって、ママゴトをしたはずが......
亜希子へも書いてくれた。
「おかあさんへ、こどもをそだてるのはむずかしいけれど、がんばってね」
息子の世話でたいへんなとき、亜希子がポロリと涙をこぼした。
亜希子も疲れたときは省エネ育児をしている。読み聞かせでつっかかる、おもちゃの使い方を間違える、業を煮やしたあかりが、全部お手本を見せてくれる。そう、お上手ね、と感じ入ったように聞いている。
虫に興味をもってきた息子、ありさん♪と歌いながら踏み潰している。それも、かわいいって言いながらやっている。
用途のわからない「ん?」を覚えた息子、何を見ても「ん?」「ん?」をくり返している。僕のかおを見上げて 「ん?」 可愛いすぎる。
張り替えたばかりの障子、息子が真剣な眼差しで、スポスポと指を突っ込んでいた。
亜希子によれば、子どもの寝相が悪いのは「成長ホルモン」に関わっており、熟睡するとホルモンが分泌される。体の表面がとても暑く感ずるので少しでも涼しくなりたくて転がったり布団を蹴っ飛ばすそうだ。そう言えば近ごろ自分の寝相が良くなったのは成長が止まったせいか。
亜希子が笑う。三人の寝相がソックリ。左をむいて左足を持ちあげるように曲げる。枕に顔をつっこんで同じほうこうに横向きで寝ている姿をみると親子だなと感じるという。
そんなこんなで私生活も大変だが、これも過ぎ去ってしまえば、一生の宝の思い出になる。ふたりで協力して子育てに励んでいる。
居間が八畳、つづいて六畳の客間があって、納戸をはさんで寝間がある。出来るだけ家庭的な雰囲気を味わってもらおうと、夜食は一緒に食べている。好物はめったに料理をしないが亜希子の手料理である。味がちがうと舌がわかるのか、口にするとニコニコする。
食事が終わるころ見計らって軍師殿がやってくる。客間に移って三人で座り込む。話題はさまざま多岐にわたる。地球儀はすっかり客間の主になっている。年をへて色がすこし褪せてきている。コーティングされていないので仕方がない。
地球儀をまわしながら、今の時代の世界史を思いだしながら、国の歴史を語る。アメリカの独立戦争は千七百七十五年から千七百八十三年までだ。当時は東海岸の十三州だけが白人の居住地で、残りの大半はアメリカ・インディアンが支配していた。二百万人以上いた人口が、三十万人ほどに減ってしまった。
パクス・パシフィカを標榜しているが、はたして領土あらそいで百年戦争が起きないだろうか? 日本統一で平和な社会ができても新たな争いが、とめどもなく続くことにならないか悩んでいる。十八年後の桶狭間の戦いまで、考える時間は十分ある。
軍師殿が持参する日本地図をながめながら戦略を練るのが恒例のきまり。地球儀と日本全土の地図によって、景虎さまがタカの目で全体を俯瞰できるようになったことが大きい。あとは歴史のながれを通して、幕府の成り立ちと大名の立ち位置をもっと理解してゆくこと。
最後に日本を統一して平和な社会をつくることを、三人の共通の目標であると共有できることだ。一年間かけて信念として不動のものとし、信条として他に語れる発信力を身につけさせたい。
しかし来年、十三才の少年が戦の最前線に立つのだ。なにか神風特攻隊を思いだして、生まれ合わせた運命といいながら不憫になる。後ろからしっかりと軍師が助言し、戦に手慣れた者たちが脇を固めるだろう。
徐々に戦場の立ち居ふるまいを学び、戦のかけひきを覚え、戦の軍配をふるう。
来年の出陣とはっきり言い渡され覚悟が決まったのか、目つきが定まってきた。口元がキリリとしまり、物腰に落ち着きが感じられるようになってきた。
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