第二部 国主の道
第五十六章 経 過
林泉寺で転移してから丸五年が経った。西暦では今年が千五百四十一年にあたる。毎年十月八日は二人の記念日として祝ってきた。あの日が二人の出会いの日であり、新たに生き始めた日でもある。
五年間の経過報告をしよう。まず長女が生まれた。転移してきた翌年の九月二十三日が誕生日。真田 幸隆を引き入れるための信州の旅、自宅に戻ったのが十一月十三日。世に言うではないか、十月十日で子が産まれると。きちんと勘定が合う。
名前は「あかね」と名付けた。キラキラ・ネームは趣味でない。おしゃまで片えくぼが可愛い。顔の輪郭が亜希子似で、目元は僕に似てやさしい。両方いいとこ取りで世界一の美人になるぞ。
長男は三年後の五月十五日、名前は「晋作」 幕末おたくの亜希子が是非つけたいと要望が通った。一才と五ヶ月となった。高杉 晋作の写真をみると切れ長の目で、迫力ある目力が伝わってくる。目もとは亜希子に似ている。頭脳も引き継いでほしいと願っている。
真田 幸隆は翌年の六月に、身一つで林泉寺に現れた。領地は弟の矢沢 頼綱に任せた、と説明してくれた。兄弟でどのような話し合いがあったのか分からない。史実では海野平の戦で兄とともに戦って敗れたが、戦勝組の諏訪氏のあっせんで武田 信虎に、独立した小領主として仕えた。恐るべし真田一族、したたかに生き残る。兄と弟がそれぞれライバル会社に就職して保険をかけた。
一緒に三条城に同行して、為景さまのお目通りを得る。期待しておるぞ、と脅しが若干ふくまれた信頼のお言葉をいただく。為景さまの隠れ家臣として、フリーの立場で越後かくちの情勢を取得し助言する役目を仰せつかった。住まいは三条城近くの一画を拝領した。
当面の仕事は越後の散在する城の情報を集める。ざっと勘定してもらったが、城と名が付くのが六十三ある。砦など含めると、さらに増える。越後の忍者集団は
軍師として軍事的な視点から城の弱点など見極める。軒猿も訓練を受けているだろうが、プロの目で評価してもらいたい。当然ながら反為景派の城など自由に見せてくれはしない。主眼は城の縄張りで、建物の間取りなど必要ない。
越後は山城が多い。逆に平城は数がすくなく珍しい。山城は丘や小高い山を利用して造られた。立地条件を勘案し最適な場所がきまったら、頂上ふきんを本丸とし、必要な平地を削り取る。
盛り土は雨によわいので、できるだけ切り土で必要な面積を確保する。平地に降った雨水を法面に流さぬよう、法頭をたかくして奥へ水をあつめ一カ所から排水する。
尾根沿いに二の丸、そして三の丸と高さが低くなるに従って平地を造ってゆく。本丸と二の丸の間に尾根と直角に堀をきって分断する。この堀を堀切と呼んだ。深さ五から七メートルの空堀で、橋をつかって行き来する。上幅が二十から三十メートルと大型な城もある。
さらに本丸など主要な
斜面を畠にある畝のように掘って、敵が一列縦隊でしか登れない土工する。横に散開できないので、上から弓矢や鉄砲で集中的に狙い打ちが出来る。
他にも櫓台や出入り口の形状など様々な観察ポイントがある。戦のシーンを想定しつつ、効果的な攻め方や城の弱点を見極めるには専門家の目が必要だ。城ごとに報告書を提出してもらう。
晴景さまにも、上がってきた情報は伝わることになる。どう処理するか本人の器量しだい、とは一寸つめたい あしらいにも思える。未だ為景さまは後継者について、はっきり裁断していない。
晴景さまは今のところ、大きな失点をしておらず見定め難いのかもしれない。同じ情報をあたえて戦い方や処理の仕方を見たいと思ってるのか、戦国時代にそんな余裕など無いはずだが。一回の敗戦で命取りになるかもしれない。
五年前の時点で、主な国人衆で旗幟を鮮明にしていたのは次のとおりだった。
為景派は高梨 政頼(中野城)、安田 景元(安田城)、北条 光広(北条城)、長尾 景信(栖吉城)、本庄 実乃(栃尾城)、山吉 政久(三条城)の六名。
反為景派は長尾 房長(坂戸城)、大熊 朝秀(箕冠城)、柿崎 景家(柿崎城)、上条 定憲(上条城)、宇佐美 定満(琵琶島城)、平子 弥三郎(
反対派の方がはるかに多い。揚北衆の五名は全員がそっくり反対派である。反為景派で上越は大熊 朝秀。中越は柿崎 景家、宇佐美 定満、上条 定憲、長尾 房長の五名である。
上越と中越の身近な一門衆と国人衆を対象に、切り崩し工作をかけることした。
軍師とじっくり話し合う。
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