第五十四章 松代街道

 その晩は館で歓待の宴を設けてくれた。軍師として政権の中枢を担うことになる人物と、意見交換をして意思の疎通を図っておくことは必須の行動である。前の世では謙信のカリスマ性で家臣を引っ張ってきたが、政権の基盤は脆弱なものだった。


「どこの大名も頭を悩ましていると思いますが、とくに越後は一門衆や国人衆の力がつよく国主の命令や指揮に従わぬ傾向が多い。これを何とかせねば天下取りなど夢で終わってしまいます」


「そうであろうなあ。先祖伝来の土地を守る、これが武士の寄って立つ基盤でござる。国主が土地を守ってくれるから、大名が出す戦の命令に従う。お礼と奉公の意識は抜きがたい感情でござる。一朝一夕で変わるとも思えん。某も一時は離れることがあっても、必ずこの地に戻ってくるとの思いは強い」


「この意識をかえるには、別な地に移封するしかないと存じます。言葉は悪いでござるが、前より広い領地をあたえる餌で釣るしかないでありましょう。さらに一点、家臣を城下町に移住させて領地と直接の関係を切り離します」


「そうか情と利を天秤で選ばせるのじゃなあ。それは厳しい選択になるのう。城下町に住まわせると、土地にたいする感情も希薄になる。考えたものよなあ」


「貫高制にして、極端な表現をすると銭で支払います。この前提で検地を実施します。土地の面積を確定し収穫する産物の石高を算定いたします。これによって、領内の実情が把握できます」


「検地となると百姓どもが騒ぎたてるぞ」

「腹づもりでは四公六民の税率で、夫役や賦役は課さない。耕作に専念してもらいます」


「たしかに戦争に駆り出したり、道路の普請など百姓をこき使っておるからのう。目に見えない税金がせいかつを苦しめているやもしれぬ」

「隠し田を発見しても融通を効かすしかないでしょう」


「百姓を兵に徴用しないとなると戦にならぬだろう?」

「銭でやとう常備軍を主体といたします」

「銭の兵は士気が低くて烏合の衆になりかねんぞ」


「その為に日常的に訓練をくりかえす所存。指揮官の作戦通り、一糸みだれぬ集団の戦闘をおこないます。兵士の質をあげ、武器の改良によって、無敵の軍隊を作り上げるつもりでございます」


「よく考えておるのう」

「間もなく、これまでの戦を一変させる新兵器が登場いたします。鉄砲という兵器で、これまでの弓矢・槍・刀と交代するほどの威力がございます。海の戦も変わりますぞ。真田殿、あたらしい戦術を考えなければならぬ時期が目の前に来ております」

「うむ、田舎にいては時代に遅れてしまうのう」


「話しは尽きませぬが、来春のお越しを楽しみにお待ちしております」

「わしも改めて勉強のし直しをせねばならぬのう。では、また会う機会を楽しみに」

 

 帰り道は別ルートを取る。犀川と千曲川の渡しが気になる。行軍が大雨で足止めをされては合戦に支障をきたす。松代道をあるいて確認したい。この道は渡しが一カ所しかなく、雨が降っても止まることは少なかった。別名が「雨降り街道」と言われた所以である。


 矢代宿を出て、千曲川を渡らずに右岸を川沿いに北上する。ますます川中島合戦の激戦地の近くを歩くことになる。 歩いて間もなく、間の宿である雨宮宿を通過。

山裾を回りこむように進む。薬師山の裾野が千曲川と接近してくる。千曲川はおおきく蛇行して北へ流れを変える。道は山裾近くを歩く。


 右に妻女山がみえてきた。川中島合戦で一番の激戦が第四次であるが、謙信が決着をつけるべき敵の奥深く、この山に布陣した。信玄の本陣は東三キロほどの海津城と言われる。海津城は松代城に名を変えた。


 前の世ではこの辺りは長芋の産地で名高く全国一の生産高を誇る。千曲川の水害のたびに肥沃な土壌がもたらしたと聞くと、もの悲しい気持ちになる。まるでナイルの氾濫でさかえたエジプトを思いだす。


 海津城をこえて鳥打峠、標高が四百メートルほどあるので、善光寺平を一望できる。遠くに善光寺の町並みが霞んで見えた。緩い下り坂をくだって平地を進む。関崎峠と名前の山の中腹をあゆむ。千曲川の水害をふせぐために高所に道を作ったのだろう。峠をくだったら川田宿。


 さらに進む。途中に長方形の石に刻んだ道標、右は松代・左は保科道とある。千曲川に注ぐ支流の保科川。上流の景色をみると晩秋の気配が近づいてきている。六キロ弱で福島宿。ここから江戸の近道である大笹街道の分岐点であり、末期には千曲川通船が許可されたので宿場町として栄えた。


 宿を出てすこし下流に進むと「布野の渡し」 謙信も第四次川中島合戦では、この渡しを通って妻女山へ向かった。川幅がひろく水深は浅い。これなら滅多に川止めにならぬだろう。


 左岸の堤防沿いに北上する。渡しから四キロ弱で長沼宿。近くに長沼城といっても土塁と板塀に囲まれた館といってもいい造りだ。本丸など本格的な城の構築はまだ先の時代。


 さらに四キロほど北上すると神代宿、ここまでは千曲川や犀川の扇状地として平地を歩いてきたが、これからは山道に入る。高低差が二百五十メートルほどある急坂にかかる。つづら折りの山道を登る。


 ここが最後の難所だ。白坂峠を越えると平出の追分だ。後ろを振り返って平野の眺望を楽しみながら登ってゆく。


 ふー、やっと分岐点に辿り着いた。あとは下り坂をおりて野尻宿だ。真田 幸隆の勧誘に目処がたち、帰心 矢の如しの心境で頑張れた。明日やっと自宅に戻れる。

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