第四十九章 お守り

 色々あった結婚式も終わり、観音寺温泉へ戻る。昨日の宴がお披露目の宴をかねて行ったようでもあるが、それはそれとして、こちらの負担で宴を催す。と云っても、次回の俸給で相殺してもらうしか手立てはない。事前に九郎殿の了解をとって用意してもらった。


 尾頭付きの鯛があって、いささかビックリした。ずいぶん張り込んだなと心配になって九郎殿にそっと聞く。驚いたことに柏崎のちかくの笠島沖は鯛の産卵場があって、日本海沿岸でも有数の鯛の名産地だそうだ。これなら鯛を素材とした名産品が考案できるかもしれない。


 九郎殿が粋な計らいというか、ぼくの気持ちを忖度してくれて、宴は短めに終わった。

「さあ花婿と花嫁は新枕にいまくらという大事な儀式がひかえておる。いちおうお開きにして、二人は別室へ案内つかまつろう。皆はこのまま続けてくれ」

と、冷やかしの声に送り出されて奥の部屋に導かれる。


 女中が持ち行灯を掲げて、暗い廊下を進む。六畳くらいのひろさか。一組の布団がひかれていた。おおう、この世界にきて、はじめての布団だ。女中が枕元の行灯に火をつけて下がっていった。


「不束な者ですが、末永くよろしくお願いします」

と両手を畳について頭をさげた。

「エヘヘ、一度言ってみたかったの」

と舌をチョロリと出した。

古倉さん、可愛すぎ!

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

と慌ててペコリと頭をさげてしまった。我ながら冴えないあいさつ。

「ウフフ、新一君かわいい」

余裕の姐さん女房、先が思いやられる。こうなればホンモノの男の力をみせるだけだ。


「先にお布団に入っていて」

九郎殿の衣装を、そこらに散らかしながら脱ぎ捨てる。布団の寝心地、さすがに木綿の感触でない。それでも久しぶりの布団のありがたさを感じる。

「ホントに男の人って」

一枚一枚畳みながら部屋のかたすみに片付けている。


「目をつむっていてね」

本心は見て貰いたいのだろうと薄目で見つめる。衣紋掛けに衣装をかけて、恥じらいながら湯文字というのか下着すがたになる。頭がクラクラしてきた。

横から布団に入ってきて、行灯の火をフーと消す。障子越しの月明かりがやさしく部屋を照らす。


「やさしくしてね」

あとは無我夢中で終わってしまった。九郎殿が言っていた巾着の意味が初めて分かった。


 つぎの朝、みなと顔を合わせるのは気恥ずかしかったが、亜希子は昨日までと変わらず対応している。九郎殿とお絹さんに改めてお礼を言う。さあ、これで残るは信濃の旅だ。とは言っても真田の本拠地など不案内だ。


 九郎殿に相談してみる。向こうが出身地の者がいないか、心当たりを探してくれることになった。亜希子の実験所につかう手頃な倉庫が見つかったとのこと。今町支店の番頭が案内する手はずが整っていた。


 風待ちもあって、自宅に着いたのは次の日だった。亜希子は船酔いをしたのか、加減がわるそうで今町支店の訪問は一日延ばす。次の日、今町支店に顔を出す。さっそく倉庫を案内して貰う。自宅と今町支店の通りから南側にむかう小路の突き当たり、支店前の通りから三軒ほど西にあった。川から離れるので、湿気を少しは防いでくれるだろう。


 医師希望の三人、面接日を決める。医者の適性など僕にはチンプンカンプン。亜希子に丸投げするしかない。信濃の旅の期間中に面接となるだろう。林泉寺の訪問も

亜希子ひとりに任せる。まだ亜希子が相手をしている方が良い。用心にお菊を同行させる。


 案内人は舟の荷物を上げ下ろしする人夫から見つかった。直接の領民でなく、隣り村に住んでいた。真田の館をよく知っているとのこと。一日百文、食事と宿泊費はこちら持ちで了解してくれた。


 旅の支度をしていると、亜希子がお守りの袋を出してきた。

「ご無事に帰ってこれるよう彌彦神社で買い求めたのよ」

「そう、有難う。 お守りなら亜希子のお守りも欲しいなあ」

「えっ! どういう意味?」


「亜希子の毛が欲しいの」

「髪の毛? これで良いなら、いくらでもあげるけど...... 」

「うん、毛は毛でも髪の毛でなく、うーん、何というのかアンダー・ヘア」

「アンダー? きゃあ、エッチ、ドスケベ、変態!」

罵詈雑言のかぎりをつくす。うーん、その迫力にケションとなる。


「『機動戦士ガンダム』であったでしょう。主人公のアムロが、セイラにお守りでせがむシーン覚えてない? セイラはウンって承諾したけど、渡す前にアムロが撃墜されて死んでしまう」

「あら、そんなシーンあったっけ? アムロ死んじゃったのは覚えているけど。そうか...... 」


「太平洋戦争で召集された兵隊さんは、妻や恋人、母親からの毛をお守りで身につけて行ったらしいよ。女性は睾丸、ちょっと生々しいけどタマがないから、タマ=弾に当たりませんようにと、神頼みみたいな心境だったよう。何か必死さを感じるね」


ここで博徒がゲン担ぎに女性の陰毛を懐にいれてサイコロを振った話を持ち出すことはない。

「うーん、わかった。恥ずかしいけど新一君が無事に帰ってくるなら、そうも言っていられない。その代わり約束よ。中はぜったい改めないでね」

しばらく奥に消えていたが、赤い顔をして戻ってきて素っ気なく渡してくれた。

やったあ、ゲット!


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