第五十章 信州の旅

 旅のルートは林泉寺ちかくの加賀街道を南下して高田宿、ここが寺泊・柏崎へ向かう北陸道の分岐点となっている。高田城は家康の六男、松平 忠輝が築城したので、まだ城はない。そのまま南下して北国街道を歩き川中島を越え、上田城がある上田宿まで。


 高田宿から上田宿の里程を聞くと約二十五里(およそ百キロ)。上田宿から真田の館まで七キロ(二里弱)と道案内人が言っている。それに林泉寺から高田宿まで一里半ほど、合計で二十八里の歩き旅になる。


 一日の行程は男十里といわれるので単純計算で片道三日を要する。一日目は、出来れば妙高山の峠をこえて野尻湖のそばにある野尻宿まで行きたい。ちょうど林泉寺から十里(四十キロ)ほどの距離だ。ただ峠が標高が六百メートルほどあるはずだ。後半に急坂があるので途中で息が上がってしまうかもしれない。


 ずっと運動不足なので体力が落ちているのが分かる。ましてや昨夜は、しばらく会えないと二人で燃え上がってしまった。はげしい運動をやり過ぎた。ちょっと腰がふらつく。体の調子をみながら宿を決めよう。


 案内人の名前は又三と名乗った。三十代前半の足腰がガッシリした体格をしている。上田の出身なので、真田の館を何度か見たことがあるとのことで安心する。こちらの衣装はいつもの雲水姿。僧のすがたは何かと安心できるし、道中も警戒されないで済む。亜希子が神棚から火打ち石をきって安全を祈ってくれた。


 明け方五時に出発した。初めは遅めのスピードで歩き始める。北陸道との辻に到着。ここに「時の鐘」をつげるお堂が建っていて、一刻ごとに時を知らせている。そのまま南下して新井宿をめざす。目のさき遠くに妙高山や大毛無山などの大きな山が峰を連ねている。十キロほどで新井宿に着く。宿場の中心に市神社があって、市が開かれていて人混みができていた。月に六回ほど開かれるとのこと。


 しばらく歩くと賀茂神社があった。ここで湧き出る水がおいしいとの評判で一服する。竹筒の水筒にみずをたっぷりと注ぐ。神社をすぎると山道に入る。これからが正念場だ。この辺りが標高二百二十メートルくらい。小出雲坂にさしかかる。ここは越後平野見納めの坂ともいわれ、これより先は平野を一望できる場所がない。


 六キロほど上ると二本木宿。本陣は安楽寺を使っていた。およそ半分の二十キロを踏破した。すこしバテてきたし、時間は早いがお握りを取りだしてパクつく。さすが又三は疲れた様子をみせない。前の世では、えちごトキメキ鉄道がはしり二本木駅は一キロ半ほど北に離れている。あまりにも線路の勾配がキツいので、駅はスィッチバック方式を使っているほど。


 一キロほど離れて松崎宿。日によって役割を分担する相宿、理由はわからない。ふつうの意味なら、他人どうしが同じ部屋を使うことだが...... ダラダラ続く坂は秋とはいえ、体力を徐々に奪ってゆく。


 四キロほどで関山宿。関山神社の門前町として発展してきた。神社にある、釈迦の足裏を刻んだという仏足石は日本で二番目に古いとか。前の世で妙高大橋あたりから地形がダイナミックになってきた。妙高山の火山活動で、えぐられた深い谷がいくつもある。街道は谷をクネクネ曲がりながら越えなければならない。白濁した川をわたる。上流に温泉でもあるのだろうか?


 毛祝坂けわいざかという急坂を越える。何か意味深長な名前を連想するのは、お守り袋が目に入ったせいか...... こんな考えが浮かぶのは、まだ体力に余裕があるのだろう。坂を下ると上原宿と関川宿。妙高高原の宿場町である。先に流れているのが関川、直江津で日本海に注ぐ。この川が越後と信濃の国ざかいでもある。


 ここに関川の関所がある。五街道に次ぐ重要な関所であった。御番所と呼ばれた役人の詮議所。義経の安宅の関を思いだしたが、間口五間、奥行き二間半の茅葺きの屋根。役人が二人、足軽が五・六人ていどが見えた。まだ武田の信濃攻略が本格化していないのか、緊張感のない取り締まりだ。徳川幕府では入り鉄砲と出おんな、の厳しい詮議が行われた。雲水姿だったので、そのまま通過できた。


 関川をわたる橋は意外とおもえるほど本格的な橋だった。欄干付きの太鼓橋、幅もゆったりとすれ違える。馬の背に荷がくくられ博労が手綱を手に渡っている。荷に対する通行料をとっているのか、よく分からない。


 野尻坂峠から妙高山や黒姫山の絶景が見渡せた。目の下に池尻川が流れているが、街道は小高いところを走っている。やっと湖畔に下りてきた。広々とした湖面が見える。やっと野尻宿だ。予定通りの行程にホッとする。徳川幕府時代は七十軒の家々が連なる宿場町として栄えた。今晩はむさ苦しい男との相宿だ。



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