第三十七章 口説く

 門番の一人が奥へ注進にいった。その間、あたりを観察する。出入り口である虎口こぐちは大手門が築かれていた。まだ戦国期のはじめなので、複雑な構造でなく、単純な一文字虎口だった。


 城の表面玄関である大手門から一気に城内へ侵入できないよう、正面に土塁が築かれている。敵はしぜんと右と左に別れざるを得ない。正面の奥も視線が遮られる。


 まもなく門番が若い武士をともなって戻ってきた。

「ご隠居さまがお会いすると申された。ご案内いたす」

と先に立った。表面の土塁を右にまがって南へすすむ。


 五十メートルほど離れて平行に土塀が走っており、その手前に兵士が居住する平屋の棟が連なっている。土塀は五メートルおきに太い木材で補強され、一段高く回廊が張り巡らせてある。いざ! 敵が攻めてきたときは、この上にあがり弓矢で応射するのだろう。


 川の堤防を利用した土塀ちかくに二の丸につながる門があり、櫓が設置されている。門をくぐると正面に本丸を守る土塀が見えた。左にまがって北向きに進む。兵舎らしき建物や倉庫らしき建物が互い違いに続いている。一直線にすすめないよう工夫されていた。土塀は先ほどと同じような構造で作られている。突き当たりの土塀を右にまがって東へむかう。


 東岸の堤防におなじような土塀が設けてあり櫓を構えてあり、兵士が二人ほど見えた。東岸の土塀近くまで進んで、やっと本丸に入る門にきた。簡単に本丸に攻め入れさせない工夫があちこちで散見できた。


 千五百五十九年の「上杉家軍役帳」が残されている。国人衆が一括りで二十六名が纏まっている。そのうち中条景泰いか荒川弥次郎まで十二名が揚北衆である。動員人数は扶持高によって三十名から二百名までバラツキがある。揚北衆の合計は千四百六十二名を数える。揚北衆は在地から移動していないので、二十年前もそう変わらないと思われる。


 一般に城攻めは守る側の三倍の人数が必要といわれる。すると三条城は最低でも五・六百名を収容できる規模があれば良い。もちろん常時この人数が詰める必要はない。敵が攻めてくる情報がはいると早鐘をうったり、早馬をかけらせて召集をかけたのだろう。三・四日持ちこたえれば、付近に点在する味方の城から後詰めに駆けつけてくれる。


 天守の入り口は喰違虎口くいちがいこぐちで、開口部を側面に設けられている。攻める側はS字の針路をとらなければならず、守る側は側面から弓矢を打つことができる。入ると遠侍とおさぶらいが置かれ、警備の武士が詰めていた。


 式台とよばれる玄関にはいり足を濯ぐ。あがると御広間とよばれる大書院があった。ここで来客の会見や重要な儀式が行われるのだろう。今回は、さらに奥にある対面所とよばれる小書院に案内された。


 正座して待っていると奥から、かくしゃくとした足取りで四十代後期の男性が入ってきた。僕の前にどっかと座るなり

「わしが為景じゃ。おもしろき話しを聞かせてくれるんだろうな」

「はっははあ、はじめてお目にかかります。永倉新一と申します」

と平伏した。


「もう隠居したじじいよ。かたくるしい挨拶は肩がこる。かしこまらずに話しをいたそう。林泉寺の和尚から、『未来をよめる男がおる。越後の行く末を左右する人物だ』と記してあった。八卦や筮竹で占うなら、最初から話しを聞くつもりはないぞ」


 そういう紹介状だったんだ。ご住職も未来から飛んできた人間とは明かしていないのだ。それなら、こちらの話しの持っていき様がある。顔つきはどうだったかって?

「信長の野望」とは微妙に違っていた。


「為景さま、いま一番こまっている問題は何でありましょうか?」

「そうじゃなあ、わしが隠居に追い込まれて息子に家督をゆずった。この原因を作った一番の元凶が、いま対峙している揚北衆の面々よ。息子は親に似合わず気がやさしい。柔和路線をとっておるから、今のところ温和しいが、きっとふたたび蠢動しゅんどうしてくる。こいつらをどうにかしないと、わしもオチオチ眠れんわ」


「そうですか、彼らは頼朝公から任命された地頭の子孫ですものね」

「変に気位がたかく名門意識がつよい。実力はないくせに、わしを成り上がり者と見下している。こっちも朝廷や将軍家にばくだいな金を上納して衣冠を授かったり、守護と同格の特権を頂いたりと箔付けに勢をだしておるが、下心がわかっているのか効き目がなくてのう。ほとほと困り果てている始末よ」

本音をこぼすとは、そうとう弱りはてているようだ。


「為景さま、この解決策があると申しましたら如何めさるる?」

「おお、どんな策があると申すのか? 是非とも教えてもらいたい」

「本質は土地の執着心に帰着いたします。一所懸命という言葉がありますように、武士は自分の領地を得るため、また守るために命をかけることを厭いません。これがあるからこそ戦場の働きをしますので、悪いことばかりでも有りません。これを良い方へ導くのが上に立つ人間の器量と才覚でございます」


「うむ、わしが『二代の主君を殺害した天下に例のない奸雄である』との陰口は聞こえてくる。わしは『戦うこと百戦におよぶ』と自負しておるぞ。この何処が悪かったのか、何が足りなかった、と申すのじゃ」


 殺気だった目で、こちらを睨みかえしてきた。



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