第三十六章 三条城

 中之口川を渡る橋は舟橋だった。本格的な木の橋はやはり防衛に弱点をさらす。

舟橋なら繋累しているロープを引き寄せて、舟をこちらの岸に引き揚げれば良い。

三条城は反為景派で固まっている下越の揚北衆に睨みを効かせる前進基地の拠点である。家督をついだ晴景の援護射撃となる意図が大きいのだろう。


 橋を目前にして、ある懸念材料が浮かんできた。立ち止まって暫し考えこむ。ここまで危険信号を感じたときは、そのシグナルを信じて行動してきた。今回も小さなアラームだが胸騒ぎがする。これまで古倉さんと、為景さまを説得する材料を検討してきた。為景さまの健康状態のチェックは、当然おこなうと考えていたので検討課題から外していた。


 しかし古倉さんの存在を為景さまに知らしめる事による不安が頭をよぎった。医者と分かったとき、古倉さんをどう扱うか予測がつかない。これ幸いと城に拘束される恐れを否定することができない。常在戦場のじだいだ、部下の士気を高める意味でも医者の存在は大きい。


 為景さまは史実で、あと六年は生きる。その間に健康状態をチェックする機会が何度か訪れるだろう。いま急いで会う必要はないのでは...... 古倉さんにやってもらう仕事は山積している。目処がつくまで最大限の安全策をとりたい。


 古倉さんと木陰に行って、浮かんできた疑問を話した。じっと考え込んでいたが、今回は会わないことに同意してくれた。三人は地蔵堂宿まで戻って待機する。ここから城まで一本道なので案内人はもう必要ない。女二人だけでは不安がある。


 頼りにならないような手代だが、少なくとも男に変わりはない。失礼な言い草だが、いないより増しだ。今日中に宿に戻れるか為景さまに会ってみないと分からない。手持ちの銭をぜんぶ渡す。


 きびすを返して一人で城へ向かう。半里ほどで城につくと手代が言っていた。一キロほど歩くと小高い丘が見えてきた。一帯は中州なので、土砂が堆積した地層が多い。石垣は地盤がわるいので積み上げられないのだろう。丘を削って斜面をつくり、盛り土をして高低差を稼ぐしかない。


 城の南と東は信濃川の本流がながれている。西から東にむかった流れが、ほとんど直角といっても良いほど北へ向きを変える。この地の利を活かして城を作った。東と南からの敵は川が防いでくれる。北と西の防御を考えれば良い。


 濠を掘って、その土を盛り土に流用できる。一石二鳥だ。濠の幅は十メートルほどか。まだ鉄砲が入っていないから、この幅で十分なのだろう。


 弓矢の有効射程は二十七メートル以内といわれる。堀が十メートル、その先二十メートル以内に空き地をつくれば、敵は場内からの弓矢の攻撃をまともに受ける。土塀が濠の外周を囲んで侵入を防ぎ、攻撃する側の身をまもる。平屋の建物が何棟か見える。旗や幟がへんぽんと翻っている。


 城の大きさは東西に百八十メートル、南北に二百メートルくらい。濠が信濃川に接するところは、自然とできた堤防の上端くらい残してあって、川と直接 接していない。前の世でグラウンドや競馬場があった平地は、湿地地帯がひろがり人馬が歩ける状態でない。本流は対岸との距離五百メートルほどの間を蛇行して流れている。


 北側に大手門の橋があって、通ずる道は北方二キロほど離れた城下町に続いている。中州の最北端は二つの川が幅百五十メートルまで接近して、ひょうたんの首のようにすぼまっている。まわりを川で囲まれている中州の安全性が商工業者を呼びよせ、流通の拠点として発展してきたようだ。


 北は新発田、南は長岡をとおって、それぞれ羽前、岩代、信濃の国に通ずる。西は寺泊、出雲崎をとおして越中の国と結んでいる。この地が交通の要所として、ぜひとも押さえておきたい立地条件を備えていると理解できる。


 南にある信濃川の対岸に、法華宗(陣門流)の総本山である本成寺があって、門前町として栄えている。この寺は千三百年ごろ創建したが、多数の僧兵をかかえ、大きな軍事勢力を維持してきた。為景派で終始しており、三条城の城主である山吉氏とともに、ながらく支援をつづけてきた。


 戦では兵をだし兵禄も提供してきた。為景にとって同盟者が近くに存在しており心強かった。二百メートル四方ほどの濠で四周を囲ってあり、防御も万全だった。


 これだけ為景派として貢献してきたので、今後も無視できない勢力として配慮してゆかねばなるまい。政教分離の政策を採用するさい、既得権者として抵抗勢力になると危惧される。今後の重要な課題だ。


 それでも一向宗は禁教とした政策をとってきたので、越後は一向一揆に悩まされることはなかった。隣の国、越中と加賀、そして越前は一向宗という難敵を抱えている。


 さあ、いよいよ為景さまと会う時機がやってきた。橋をわたって門番に書状をわたす。


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