第十三章 先行投資

「為景さまとの接触は林泉寺のご住職をとおして進めたいと思います」

「うむ、それが良かろう。」


「荒浜屋さん、二つほどぜひ手配して欲しいことがあります」と切りだした。

「これは先行投資といえるもので、結果がでるのに数年、あるいは十年と長い期間が必要です。これが無いと天下取りに大きな支障をきたすでありましょう。どうか長い目で果実が実るのをお待ちねがいたい」

「そうか桃栗三年、柿八年ということわざがあるのう。そこは商売、じっくり腰を落ち着けて果報を寝て待つか。 それで...... 」


「まず鉄砲という武器です。南蛮から種子島という薩摩の南にある島に伝わります。

これは日本の戦を根本からかえる武器です。そうきゅうに技術を手にいれて、大量に

製造しなければ戦には勝てません」


「そんな遠くの島まで、どんな方法で行けるのじゃ?」

「幸いなことに堺の商人が製造方法を取得して帰ってきます。堺が鉄砲製造の大拠点となります。そこの鉄砲鍛冶に職人を潜り込ませたいんです」


「七年後に鉄砲が伝来します。その一年後には堺で鉄砲の製造が始まります。その前から修行につかせて、一人前の職人として認められなければ、すぐ鉄砲製作の担当になるのは難かしいでしょう。気の利いた職人二・三人を見つけていただきたい」

「柏崎の鍛冶職人なら鍛冶町があって、刀や槍などの武器から農具まで造っておる」


「ちょっと伺いますが柏崎から一里半ほど東南に、軽井川とよばれる地区がございますね。奈良時代から鎌倉時代まで約四百年にわたって、ここで大規模なたたら製鉄を行っていました。私が十二才のころ父といっしょに、製鉄所跡地の発掘調査を手伝ったことがあります。なぜか軽井川は破棄されて、安芸の毛利家へ移住していったようです。しかし、これだけの大規模な製鉄が営まれてきた以上、地元に残った職人も多かったと思っていました」


「その子孫かどうかは分からぬが、古くから鍛冶屋をやってきた話しは聞いておる」

「では見所のありそうな職人を探して、堺の鍛冶年寄りである芝辻 清右衛門に弟子入りさせてください。来年中に送りこめれば十分です」


「次に硝石が必要になります」

「硝石とな?」

「鉄砲にかならず必要となる産物です。本当は越中から美濃にぬける街道にある

五箇山村が望ましいんですが、さすがに他国の領土なので無理です。越中が領国に

なってからでは時期的に遅くなりすぎます。肝は養蚕農家ですので越後の蚕を飼っている農家を探して欲しいんです」


 そういえば中越大震災で罹災した山古志村の村長がのちに国会議員になった。地域復興の一環として国営越後丘陵公園のなかに「越の里山館」をオープンにこぎつけた。 その目玉として山古志村の古民家を移築して、カイコの飼育展示をしているニュースを思いだした。


「豪雪地帯の農家は二次産業としてカイコを飼って収入の足しにしていますよね。

山あいに入って、あまり人目に付かない村落が、秘密をまもれて場所としてピッタリなんです。候補地の一つとして山古志村を上げておきます。これも取りかかってから五年経たないと硝石が出来上がらないので気の長い話しになります。候補地がみつかったら製法を、お教えします」


「どちらも忍耐がひつような話しですな」

「両方とも長尾家ですべて買い上げます。投資費用の何百倍いや何千倍もの利が手にすることができます。この二つの技術はさらに裾野が広い分野です。海の戦にも使われるようになるでしょう。硝石は火薬として、戦のみならず金や鉄を掘るさい労力を大幅に削減してくれます。ぜったいに取得しなければならない技術です」


「もっと手早く利をうむ手段は他にもありますよ。博多から明へ粗銅のかたまりが輸出されています。じつは粗銅のなかに銀が含まれております。明は銅と銀を分離する技術をもっていて、不当に丸儲けをしております。この技術が日本に伝わるのは五十年いじょうも先ですから、先手必勝で取り組めば勝ち抜けますよ。出資金は蔵田 五郎左衛門が負担し、銀を分離するのは荒浜屋さんの手で行う。業務提携の先駆けになるかも...... 」


「うーむ、聞けば聞くほど恐ろしい話しが次々と出てくるお人だ」

「木綿の生産が本格化すると肥料の問題が生まれます。イワシやニシンなどの干鰯ほしかを大量に使用しないと品質の良い木綿ができません。生産性を上げるには

干鰯ではなく乄粕しめかすが必至となります」


「自前の北前船というのか千石船を建造し、交易に活用せねばなりません。北の蝦夷地に進出して、石炭という燃える石を採掘します。鉄より硬いはがねを作るに欠かせないものです。ここにはニシンやサケなど魚介類が豊富なので、越後の特産品として全国に販売できます」


「ゆくゆくは海軍も自国で建造しなければなりません。金はいくらでも必要になります。さいわい越後は鉱物資源が豊富な国です。まだ発見されていない金山や、原油という資源も眠っています。豪雪という不利な条件がありますが、開発のしがいがある土地です」


 だいぶ酔いがまわってきたようだ。口が止まらない。荒浜屋も呆然として聞いているだけ。口をはさむ間も無く、思いの丈すべてを喋ってしまった。どのくらいの物が実現できるか分からない。知識があっても、具体的なやり方はまったく不明。構想でおわる事業もあるだろう。


 僕は酔いがまわると眠くなる習性がある。あくびをかみ殺して相手を見ている。

「おい、大丈夫か? 酒によわい体質なのか? 越後人と付き合えないぞ。しっかりしろ」

 言葉遣いが荒くなってきた。荒浜屋も酔っ払ってきてるようだ。


「それでは、俺も駆け引きなくお主に申し入れする。顧問料は年間で五十貫。お主の

話しをきくと俺もかなりの物入りになりそうだ。しばらく持ち出しがかさむだろう。

それはいい。俺は覚悟を決めた。お主の夢に賭けてみようとな」


「それはかたじけない。ありがたく頂戴いたす」


 あとで換算すると一貫が十五万円として七百五十万円だった。


 

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