第十四章 備前長船

 自分だけご馳走になってしまって、連れてきた彦兵衛の様子をたずねると、そこは気配りがきく商人、台所の片隅で食べさせてくれていた。酔いもまわってダウン寸前になる。思っていることを吐き出したせいか、頭がまわらず睡魔におそわれてくる。


 まだ話し足りないような荒浜屋だったが、首がうなだれ俯いた僕に配慮してくれた。宴会は無言でお開きになった。客間に案内され、畳に横たわる。荒浜屋にも敷き布団や掛け布団がない。上に着物を二枚重ねにしてくれただけだ。ウーン惰弱の僕にとって、木綿が最大の問題だ。横になるや一気に眠りに落ちた。


 次の朝は二日酔いで頭がガンガンする。桶にはった冷たい水に顔をひたす。石鹸などの洗剤はない。体はお風呂でぬか袋で洗っていたと読んでいた。真っ黒な実と木の皮がそばに置いてある。試しに水をつけて手のひらでゴシゴシとこすると、ヌルヌルした沢山の泡が出てきた。


 これが石鹸の代わりに使われているのか...... 石鹸やシャンプーの製法がわかれば、少しは生活が楽になる。とくに女性の身では切実な悩みになるだろうなあ。


 そばに湯飲みと細い木の枝がおいてある。枝の先が何かで叩いたのか、平べったく潰れ細かく割れている。もしかすると歯ブラシの代わり? 先ほどの木の実といっしょに荒浜屋に聞いてみよう。洗顔と歯磨きは時代に関わらず、欠かせぬ生活習慣だ。


 朝食は箱膳で質素といえる一汁一菜だった。味噌汁と漬物がついているだけ。ただおひつにご飯がいっぱい入っている。この時代は主食の米をたらふく食べるのが、なによりのご馳走だ。


 江戸時代では一日五合も食べていたとある。カロリーのほとんどを米から摂取していたことになる。食事内容を改良して、もっとバランスの良い食べ物に変えてゆかねば。


 昨晩の契約、五十貫は四半期にいちど十二貫五百匁を自宅へ届けてくれることになった。五十キログラム 弱の重さになるので、荒浜屋の持ち船である小型のテント船に積んでくる。九メーターほどの長さで櫓を漕いで荷を運ぶ。今日の帰りはこの船で直江津まで送ってくれることになった。とうぜんながら敦賀や小浜など主要航路にはもっと大きなハガセ船が使われる。


 北前船はこの当時ハガセ船と呼ばれていて、六枚の櫂船で船首がとがり、船底が平らで堅牢だった。ムシロ帆は搬送スピードが低く、おもな動力は櫂ぐ形となる。船首が尖っているので波のあらい日本海に向き、平らな船底は河口への進入が容易だ。そのかわり積載量は多くない。質より量で、数でこなすようだ。主要港のあいだにある各地の浦々や浜を結ぶのがテント船だった。 


 三ケ月ごとに荒浜屋が顔をだして、取り組んでいる課題の進捗状況を報告にくる必要があった。荒浜屋は商人の身で忙しい、不在も多いだろう。こちらは基本的に、どこへも出歩かない。向こうからこちらに出向いてきた方がお互いの都合がいい。とうぜん急な相談や、こちらの良い知恵が見つかったなど、やり取りが必要なときはその限りでない。


 食事のあと、古倉さんのお土産を買い求めなければと柏崎の町をぶらつく。

千四百八十八年に禅僧かつ歌人である万里集九ばんりしゅうくが柏崎を訪れている。東国を旅した紀行文「梅花無尽蔵」のなかで「市場之面三千余、其他深巷凡五六千戸」と町の繁栄ぶりを記している。一軒に五人が住んでいるとして、二万五千人から三万人が住んでいた勘定になる。日本海航路の重要な拠点として、古くから栄えてきたことがわかる。


 その当時から半世紀ちかく経っている。何が良いのか、装身具など好みがあるので

センスが良くない僕では無理だ。やはり若い女性だから甘いお菓子が無難だろう。柏崎の名物といったら笹だんご、ふるさと納税のお礼の品にもなっている。名前のとおり、笹の葉でくるんだ草だんごである。最中は江戸時代の吉原ではじめて作られたとか、エロい場所だ。遊郭が客に出したのか、客が罪滅ぼしの意味でお土産に買って帰ったのか......


 千四百九十四年には守護の上杉氏が、柏崎の代官ともいえる国人・毛利重広に対して制札を発給している。柏崎に出入りする物品に税を課した。青苧・くろがね(鉄)・布こ(麻織物)・みわた(身綿)が、一駄あたり二十文ともっとも税率を高く課税している。この身綿が木綿を意味するなら、すでに越後で木綿が栽培されていたことになる。たぶん身綿は真綿を指しているのだろう。


 真綿はくず繭を引き延ばして作った綿にしたもの。真綿で首をしめる、という成句がある。じわじわと痛みつける意味で使われる。やはり木綿は三河地方から取り寄せねばならないのか。そうなると顔の広い蔵田 五郎左衛門を使うしかないようだ。林泉寺に戻ったら、さっそく長尾 為景とのつなぎを住職に頼もう。


 くろがね(鉄)の名があることは、古代から中世の一大製鉄コンビナートである軽井川製鉄が、伝統産業として継続されてきたことを意味する。もっとも砂鉄を原料とする たたら製鉄で、考えている大砲の材質としては強度が不足する。どうしても鉄鉱石を掘らねばならない。鉄鉱石が手に入れば、あとはお手の物。実習やバイト先で経験しているので、何とか加工できると思う。


 荒浜屋にもどると奥座敷へ案内される。 

「お主の身の安全が心配で、これを用意した。僧の身にはふさわしくないが、いつも

傍において襲撃に備えてほしいのだ。なにせお主は大枚をはたいた打ち出の小槌こづちじゃ。万が一のことがあったら、泣いても泣ききれぬ。よいか、じゅうぶん注意して抜かるなよ」


 と大刀と小刀の一揃いを目の前に差しだした。剣道部の主将として真剣を見学したことはある。しかし腰に差して戦うとのイメージがわかない。

「良いか、敵は身近にいるのが一番あやうい。お主もあちこち動き回っていると、必ずだれかが気付く。敵と認識すれば抹殺も辞さない者も現れる。素手で身は守れぬ。

大事な体だ。命を粗末にするなよ」


 大刀を手にとって、そっと刀身を抜く。この時代は古刀しかない。複数の鉄と炭素量が違う鉄をつかったため地肌が変化に富んでいる。初めから柔らかい鉄と硬い鉄が

混ざっているので、柔軟性があって折れにくく、かつ刃こぼれもしない。


 刀身をかえして刃先に目を凝らす。いかにも切れ味が凄そうなのは素人目も伝わってくる。

「刀の見極めなどできませんが、引き込まれそうな迫力を感じます」


「ふふふ、備前物で長船派の二代目 左近将監長光さこんしょうげんながみつの打ち物よ。滅多に手に入らぬぞ。常にお主と共にあって、守り刀になってくれようぞ」

「有りがたく頂戴いたします。必ずや期待に背かない働きをいたします」

「ううむ」と唇をかたく結んでうなずいた。

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